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第四章
番外編④
しおりを挟むその日のヴェルデリオンの朝は早かった。
ヴェルデリオンはまだ真っ暗なうちに起き出すと顔を洗い身支度を整えて、愛用しているエプロンとバンダナを身につけた。
ヴェルデリオンは鏡で自分の姿を確認して「よし」と一言言うと厨房に降りて行った。
ここはエルダーミストの樹の近くにあるヴェルデリオンの屋敷だ。
ヴェルデリオンはこの屋敷の他に、コレクション収蔵用兼作業用の工房のある屋敷と、ドラゴンの姿のまま思う存分ゴロゴロできる広い屋敷の計3つの屋敷を森の中に持っていた。
今日は月に一度ヴェルデリオンがミスティックで屋台の出店を出す日であった。
ヴェルデリオンは手際よく材料と道具を並べると早速作業に取り掛かった。
ヴェルデリオンが屋台で出しているのはパウンドケーキとクッキー、そして薬草茶であった。
ミスティックの市場で一番の人気店であり、行列ができるほどでいつもお昼前には売り切れていた。
「今日もみんな喜んでくれるといいな」と思いながらパウンドケーキとクッキーを焼いていく。
焼き上がったパウンドケーキとクッキーは、各村の子どもたちに絵を描いてもらった袋に入れて行く。
単純作業ならゴーレムを召喚して手伝ってもらってもいいのだが、ヴェルデリオンは楽しんでやっていたので全て1人でやっていた。
長久の時を生きるヴェルデリオンは時間も体力も有り余っていた。
この程度の労を惜しむことはなかった。
ヴェルデリオンは袋詰めが終わると薬草茶の茶葉と、ティーセットも用意した。
パウンドケーキとクッキーを買って帰る人がほとんどだから、屋台でお茶をしていく人の数はそれほどでもなかった。
それでもお茶を楽しみにしている常連客がいるのでヴェルデリオンは、薬草茶を出すのをやめるつもりはなかった。
広いテーブルの上に準備が出揃ったのを確認すると、ヴェルデリオンは満足そうな笑みを浮かべた。
それらの物品を魔法の鞄に入れるとヴェルデリオンは屋敷を出発した。
ヴェルデリオンが市場に到着した時には、東の空が少しずつ明るくなり始めていた。
そんな早い時間だが市場ではすでに準備を始めている店がいくつかあった。
ヴェルデリオンの屋台の出店の名前は『みどりの木陰』と言う名前である。
出店の位置は市場では外れにあり、決していい場所ではなかったが、これは『みどりの木陰』に長い行列ができるためで、他の店の邪魔にならないように移動させられたのである。
出店に行くといつも1番乗りのワーラットの子どもの兄妹がすでに来ていて、看板を出してくれていた。
ヴェルデリオンに気づくと「ヴェルデリオーン!」と言って駆け寄ってきた。
妹が「ヴェルデリオン看板出しておいたよ」と言うのでヴェルデリオンは「今日もありがとう」と言って頭を撫でてあげる。
兄が「川でヴェルデリオンが好きそうなきれいな石をたくさん拾ってきたんだ。形もかわいいからきっと気にいるよ」と言った。
ミスティックの市場では基本的に物々交換である。
『みどりの木陰』ではヴェルデリオンが好きそうなかわいいもの、変わった形のものと交換してもらえた。
ヴェルデリオンは「それは楽しみだね」と言うと「商品を並べるのを手伝ってくれるかい?」と聞いた。
2人は手を挙げて「はーい!」と言うと丁寧に商品を並べ始めた。
夜が明けると同時に市場は始まる。
すでにそこかしこでお客を呼び込む声が聞こえた。
『みどりの木陰』もすでに行列が出来ていてヴェルデリオンは「そろそろ並ぶのを止めないと行けないかな?」と考えていた。
「今日は買えて良かったよ。先月は間に合わなかったから買えなかったんだ」とお客のオークがうれしそうに言った。
ヴェルデリオンは笑顔で「確かお土産にするんだよね?」と聞くとオークも笑顔で「子どもたちが大好きなんだよ」と返した。
次に常連客のワーウルフの男性がきた。
「薬草茶を頼む。今日は身体が温まるのがいいな」と注文した。
ヴェルデリオンは「ちょっと待ってね」と言うと薬草茶の準備した。
薬草茶はアイナとウタの3人で採りに行くことが多い。
美味しいお茶の淹れ方も一緒に研究している。
ワーウルフの男性は市場の初日から来ている常連客だ。
初日にせっかく並んでくれたのに、直前で売り切れてしまいガッカリさせてしまった。
そのお詫びに薬草茶をサービスしたらとても気に入ってくれて、以来毎回薬草茶を飲みに来てくれるようになった。
「今日も美味しかったよ」と言うとワーウルフの男性は去っていった。
「やっと買えたよ」と笑顔で言ってきたのはゲッターだった。
アイナと2人で市場をまわっているようだ。
「すでに3回買い逃していてね。今日は買えて良かったよ」とゲッターが言うと「人気があるのがわかっているのに、市場の外れにあるからと言っていつも後回しにするゲッター様が悪いのですよ」とアイナに突っ込まれていた。
ゲッターはパウンドケーキとクッキーを注文すると「薬草茶も飲みたいな」と言った。
「あいよ」とヴェルデリオンは返事をすると2人に薬草茶を淹れる。
ゲッターは薬草茶を飲みながらヴェルデリオンの様子を見た。
笑顔で接客するヴェルデリオンはとても生き生きとしてうれしそうだ。
しかしヴェルデリオンからするとこの時間も本当に一瞬のことでしかない。
ヴェルデリオンと共に生きていけるのはこの森にはエルダーミストの樹しかいないのだ。
そう思ったゲッターはつい「ヴェルデリオン」と声をかけてしまった。
ヴェルデリオンは「何?」と笑顔で振り向いた。
声をかけたのはいいがゲッターは何と言っていいのかわからなくなって「エルダーミストの樹がある限りこの市場はずっと続くから、だからヴェルデリオンも市場に出店を出し続けてくれないか?」としどろもどろな様子で頼んだ。
ヴェルデリオンはポカンとしてしまったが、ゲッターが気を使ってくれたのに気づいてうれしくなった。
ヴェルデリオンは照れ隠しに「デート中なんだからぼくに気を使ってないでアイナを気にしてあげなよ」と言うと2人が揃ってお茶を吹いたので笑ってしまった。
「この楽しくて幸せな日常を守るのがぼくの役目だから」とヴェルデリオンが言うとゲッターも「奇遇だな。私も同じ役目を背負っているんだ」と笑顔で答えた。
2人はうれしそうにハイタッチを交わしたのであった。
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