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1章 紅葉の都スメラギ

6話 決着と姫の正体

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 レイは斬られる直前に上級魔法〈影人シャドー〉を使用し発動していたのだ。

 〈影人シャドー〉とは魔力で自身の分身体を作りだす魔法。

 身体にも傷一つなく、落ち着いた様子でレイは〝姫〟とコクエイに問いかけた。

「確かに言ってたよな。俺と『敵対することはない』と」

「そんなこと誰が言ったの? わたしは言ってないけど。コクエイが言っただけでしょ!」

「――ということは、だ。本気を出していいんだな?」

「いいよ。わたしを楽しましてよ!」

 レイは素早い剣戟を軽々と拳で捌き続ける――まるで未来がすべて見えているかのように。

 だが、そんなこと気にせずひたすら剣戟を繰り返す〝姫〟だが気づいてしまったのだ。

 剣戟を捌いていると同時にレイが密かに魔法の詠唱を行っていたことを――だが、〝姫〟が気づいた時にはすでに遅く詠唱が完了したレイは〝姫〟の太刀を弾き後ろに飛び間合いを取るのだった。

「さて、人間に耐えることができるかな? すべてを燃やし尽くせ! 〈終炎渦エンドレス・フレア〉」

 そして、レイが上級魔法〈終炎渦エンドレス・フレア〉を発動すると〝姫〟の足元には魔法陣が現れ、それと同時に漆黒の劫火が渦を巻くように包み込む。

 魂すらも燃やし尽くすほどの劫火。並みの人間どころか、過去に勇者すらも逃れることができず致命傷を負わせた火属性魔法だ。

 レイは確信した――勝った、と。

「よし! これで、戦闘も終わったし、そろそろフランに帰るか」

「な、なに、帰ろうとしてるの? ……まだ……わたしは倒れて……ないけど」

「そんなにボロボロではもう戦えないだろ」

「舐めないでよ、魔王‼ はあぁぁあああ!〈神合一律しんごういちりつ〉‼」

 先程までとは比較にならないほどの殺気。そして、瞳の色が黒から蒼へと変化し〝姫〟が構えている太刀も暗紫色へと変化する。闇夜に煌めく名刀。見ているだけでも不気味に感じる。

 だがレイにはあの太刀に見覚えがあった。

(あれは……まさか! だけど、あの太刀はあの子にあげたはずだしな)

「この太刀に見覚えでもあるのかい? これは〝名刀シラサギ〟。わたしにとって大切な方に頂いた物だよ」

「……やっぱり……お前は……」

「そろそろ、お喋りも飽きてきたし、第二ラウンドといこうか! 〝レイ・アザトース〟‼」

「そっちがそこまで本気なら、俺もそれなりに答えないとな」

 そう答えたレイの身体に闇の魔力が覆い始める。

 それを目にしたコクエイは〝姫〟に自分が感じた嫌な予感を伝えたのだ。

「〝姫〟これ以上はさすがに危険で御座います。レイ殿は〝魔王〟として君臨していた当時よりも力をつけておられます」

「それが? なに?」

「いや、なのでこれ以上は!」

「わたしが負ける、と?」

「……いえ、すみません。〝姫〟どうか御無事で」

 コクエイはその場から姿を消した。この場にいるのは二人。両者の凄まじい覇気がぶつかり続ける。

「我、深淵二眠ル邪神ナリ。コノ世ノスベテヲ破壊シ尽クシ力、ココ二解放セン。さあ、始めようか! 人間! 目覚めよ! 根源たる我――《邪神アザトース》‼」

 レイは闇の魔力を身体に覆い、《邪神アザトース》へと姿を変えるのだった。

 その姿はさほど人間とは変わらないが魔力量は増大、そして漆黒のオーラをまとい目は紅く輝く。

 そして〝姫〟の精神状態をも狂わせようとする負の感情。

 それでもなんとか耐え凌いでいる〝姫〟はレイに勢いよく斬りかかるが、魔力で作られた障壁ですべてを弾かれるのだった。

 だが、〝姫〟は諦めない。

 後ろに回り込んでは斬りつけ、飛翔し頭上から斬りつけるもまったく歯が立たない。

 レイは笑みを浮かべはするが、何もしてこないのだ――攻撃も魔法の詠唱すらも。

 それにどんな意図があるかは分からないが〝姫〟の勝算は無に等しい。

 なぜなら、もう全力を出し切っている状態で攻撃はかすりもしないからだ。

 そのまま姫は無心にレイを斬り続けるが――その時、レイが口を開いた。

「ソロソロ、我ハ飽キタ。終ワリニシヨウ。諦メルノダ。〝エリカ〟ヨ」

「――え。今、なんて?」

「〝エリカ〟と言ったんだ」

 レイは通常の青年の姿へと変え、もう一度名を呼んだ――〝エリカ〟と。

 〝エリカ〟――これは過去にレイがある少女につけた名前だったのだ。
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