蝶の羽ばたきと魔王さま!

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貴方が幸せならそれだけで私も幸せなのよ

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悪因悪果、善因善果、悪しき事や善き事とは皆巡り巡ってそれを為した者へと戻って来るものである。

ならば人一人の人生を自らの行いで大きく変えてしまった私を待ち受けている結末とは一体どのようなものなのだろうか。


傍らで穏やかに笑む彼を見ながら私はそんなことをとりとめもなく考えていた。





王立ブルーメ学園はゼーゲン・クロイツ王国が誇る名門の教育機関である。

その興りは神魔大戦後に諸国を平らげゼーゲン・クロイツ王国の王位に着いた勇者が発した全国民の識字率を向上せよという通達からだったと言われている。

国民の識字率向上こそがやがて国そのものを富ますことに繋がるだろうと彼の勇者は公言したそうだ。

日本では初等教育で文字の読み書きを身につけられるために字が読めるだけで何をそこまでと思われるかもしれないが実は識字と言うのは中々に馬鹿に出来ない代物だったりする。

それを勇者の勅命に対して半信半疑の顔を浮かべていた当時の人々は後々それを痛感することとなる。

それまで一定の支配者階級にしか行われなかった識字教育が身分の上下や性差の有無なく行われることで幅広い層の人々に学問が身に付くこととなり、その結果として学問と言う武器を得た人々は多種多様な職業へと着くことが可能になった。

それにより学問を体得した人々が雪崩れ込んだ諸産業は目まぐるしいまでの発展を見せていく。

ただ読み書きが出来るようになっただけで何故そんなことがと疑問に思う方もいるかもしれないが、字が読めることはそれだけで結構なアドヴァンテージを発揮するものなのだ。

例えば農業と言う視点から見てみよう。

ただ畑を耕して農作物を植えるという行為にしてもただ土を掘り返して種を蒔いただけでは良い野菜を得ることは出来ない。

そこには肥料の有無や各野菜に多い害虫だとか掛かりやすい病気に天候不順の際に行うべき処置だとかの問題が出てくるもの

その際にそれらの問題の解決法が書かれた書物があったとしても字の読み書きが出来なければ書物を読み解くことが出来ずそれらを解決することは出来ない。

字が読めなければどんなに有難いことが書かれた書物もただの紙切れの束でしかないのだ。

しかし読み書きすることさえ出来れば紙切れは幾らでも価値のあるものへと変貌を遂げる。

他にも物価の比較であったり病の対処法だとか例を挙げればきりがないが、識字率の向上は文化水準を上げるなど様々な所で恩恵をもたらし国民そのものの質自体を大きく変え勇者の言った通りに識字率の向上は国を富ませることに繋がった。

しかしどんなに識字率の向上による恩恵を謳ってもそれを学ぶ機会や場所がなければお話にならない。

そこであらゆる人々に知識を等しく修める機会と場所を提供すべく勇者は王立の教育機関を設けさせた。

それが王立ブルーメ学園の始まりだった。

そんな学園の特色をもし挙げるとしたら、それは王立ブルーメ学園においては身分の貴賤は問われないということだ。

学問とはあらゆる人々に等しく門戸を開くべきものであるとして貴族も平民も分け隔てなく同じ《学生》として扱われる。

同じ学舎で共に学ぶ学生の身ならばそこに身分の是非は関係ないと言うのが王立ブルーメ学園の理念で、そんな学園には多くの人々が国内外問わず集まってくる。

さてそんな王立ブルーメ学園は主に騎士科、魔術科、技巧技師科、総合生活科の四つの学科でもって構成されている。

騎士科は文字通り何れ国に奉職することを目指す学生や学園の卒業後に領地経営を行う貴族の子弟たる学生らが騎士としての必須学問を学ぶ為の学科である。

魔術科はそのものずばりで魔術を学問として学ぶ為の学科で此処では一学問として体系化された魔術を学ぶことになる。

ちなみに私はこの魔術科に在籍している。

技巧技師科は元々魔術科から発生した学科で私が元居た世界の電気の代わりに魔力を動力にして動く機械を開発したり、そうした機械を開発する研究者を育成する為に設けられた学科だ。

総合生活科は私達の日常生活に根差した学問を学ぶ為の学科だ。

医学、農学、植物学、家政学、経済学、社会学などをこの学科では学ぶことが出来る。

学生達はこの学園に入学するや先ず四つの学科のいずれに在籍するかを最初に選択すことになる。

(と此処まではゲームの学園とあまり変わりはないみたいね。)

「学生手帳を読んでいるのか、ベル。」

片手に食事を載せた二人分のプレートを持ったグラナートが私の座っていたテーブルに向かい合うように座ると微かに首を傾げた。

「確かめたいことがあって、ちょっと校則とかを読み返そうと思ったのよ。」

この学園について復習していたとは言えず手帳を仕舞い顔を上げると鼻先をなんだか食欲を刺激する良い匂いが掠めた。

途端やけに勇ましい腹の虫が鳴り響き思わず私は貴族の淑女らしからぬことだとあまりの無作法な己が腹に恥ずかしさで顔を真っ赤にしているとグラナートは小さく噴き出した。

「予習も良いが貴女に今必要なのは食事のようだな。」

くつくつと堪えきれないと言うように肩を震わしグラナートは朝食にしようかと私に笑みを浮かべた。

ほかほかと湯気を立てる厚切りベーコンとジャガイモのシチューにスプーンを差し込めば、ホロリとジャガイモは崩れて口に入れれば柔かなベーコンの塩味と濃くのある味わいが舌に広がった。

(あら、このベーコンなかなか癖のある味わいだわ。)

肉質自体は蛋白なのに脂身は独特のコクがあり後を引く美味さ

(はて、何処かで食べた気もするけれど。)

既視感を覚えつつ首を傾げながらシチューの次に口にしたのは飴色の照りも美しいローストチキンと一緒に挟まれたトマトとキャベツの歯触りが良いサンドイッチで異なる食感が絶妙に合わさって控え目にいってもそれは美味だった。

デザートはヨーグルトらしく上には鮮やかな木苺のソースが並々と注がれている。

「街の食堂と言っても通じるぐらいに此処の学食ってこんなに充実しているのね。」

「ああ、貴女がそう喜んでくれるのなら食材をわざわざ捕って来た甲斐があったと言うものだな。」

(私の耳がおかしくなったのかしら、なにか今聞き逃せない言葉があったような?)

「待ってグラナート、食材を捕って来たってどういうこと?」

手にしたフォークでグラナートはベーコンとローストチキンにサラダを指し示して《魔物》だよと艶やかに微笑んだ。

「ベーコンはワイバーン、ローストチキンはコカトリス、サラダにはマンドレイクが使われているな。」

私は思いっきり噎せた。

(――――ワイバーンって、あのワイバーンッ!?)

「ベルも食べたことがあったはずだが。」

「あー。あったわね、そんなことも。」

そう言えば幼少のみぎり父が飛んできたと言って蝙蝠に竜を足したような見た目の上位種の魔物ワイバーンを射落としたことがあったと思い出し道理で覚えがあるはずだと遠い目をした。

そうそうあの時は母と領地の女衆が今日はご馳走よとウェルダンに上手に焼けましたと言わんばかりにワイバーンの特製スペアリブとそしてシチューを作っていたっけか。

(忘れ掛けていたけれど此処って異世界だものね、でもそれを胃袋から実感したくはなかったかなあ!!)

「うちの科は冒険者ギルドから授業の一貫で魔物の討伐クエストを受注することがあり時折食材に流用出来る魔物などを食堂に卸している。」

(冒険者ギルドからクエストを受注する学科って一体なんなのかしら。)

噎せて痛めた喉を水で湿らせつつそういえばと口を開いた。

「確かグラナートは騎士科だったわね。」

確認すれば今年で卒業だがと苦笑を溢すグラナートに道理でと私は納得する。

騎士科ならば冒険者ギルドからクエストを受注してもおかしくはないとこの世界の常識に当て嵌めて、それからグラナートはもう最終学年になるのかと一抹の寂しさに襲われる。

王立ブルーメ学園の修学期間は三年。

最終学年であるグラナートは卒業後の進路を決める時期に既に来ている。

「グラナートはやっぱり卒業後は騎士団に?」

騎士科に所属する多くの学生は卒業後王家が擁する騎士団に入ることが半ば慣例化しており、騎士団もそうした学生達の受け皿として機能している。

また騎士団は騎士科の学生と事あるごとに合同演習を行っているのだが、それは将来有望な生徒をいち早く見つけて卒業後スカウトする為だと噂されている。

「そう言った打診がなかった訳ではないが。」

グラナートは否定することなく頷いたがそれらを断ったのだと彼は言外に告げる。

「私は宮仕えには向かない性質だと自覚している。」

苦く笑みを浮かべてグラナートは何よりも私が軍属になっては差し障りがあると陰りを覗かせた。

グラナートはゼーゲン・クロイツ王国の王アイゼン・ユーヴェレン・フォン・クローネと前王妃キルシュブリューテ・ロート・フォン・クローネとの間に王位継承権第一位の嫡子として生を得た。

しかし魔性の者を意味する赤眼だったことで彼から王太子として歩むはずだった明るい未来は奪われることになる。

ゼーゲン・クロイツ王国は神魔大戦で魔族を討ち滅ぼした勇者によって建国された国。

そして現王家はその勇者に連なる血筋であり、そのことこそが王族の証明であるとさえ言われている。

そこに討ち滅ぼしたはずの魔族の証を持った子供が生まれたならばどうなるか。

それは察するに余りあることだった。

王家の忌み子として生まれた子供は、誰にも知られることなく闇へと葬りさられた。

その二年後赤眼の子供を産んだ前王妃は病でこの世を去り、当時はまだ妾妃の一人だったリーリエ王妃が正妃の座に着くや同年サフィーア王子が生まれたことで王位継承権第一位の嫡子はサフィーア王子だと公的に宣言されることになる。

闇に葬られた筈の赤眼の子供が表舞台に現れるのはその十六年後のことである。

名をグラナート・ユーヴェレン・フォン・シュバルツと変え自らを亡き者とした王家の人間を、そしてこの国そのものに復讐を遂げるため国家簒奪を企みサフィーア王子の前に自ら立ちはだかるのだ。

その際に彼は王家の力を削ぐには軍事力を下げることが肝心だとして、騎士団を掌握すべく学園在籍時から騎士団に所属していた筈だったが―――。

(この感じだとグラナートが騎士団に所属する予定はないみたいね。)

そもそも今の彼が国家簒奪を起こすとは思えないとコカトリスサンドを口にしながら様子を窺った。

朱色の瞳に翳りこそ見えはするが、彼が今までそうした企みを抱いた素振りを見せたことはなかった。

「グラナートはこの国について、どう思う?」

気がつけばそんなことを口にしていた。

目を見開いたグラナートに慌てるも彼は先程自分が告げた軍属になると差し障りがあるといった言葉で疑問を持たれたのかと、大して気にすることなく彼女の疑問に答える。

私は国に奉職する騎士には向かない。

「何故なら私には騎士として必須のものが欠けている。」

「グラナートに欠けているものが?」

「騎士として必要なものは一体なんだと思う、ベル?」

それは仕えるべき王家への忠誠と何よりも国に対する愛なのだと彼は目を眇た。

「私にはそれらが決定的に欠けている。」

―――私は王家も、この国も憎くてたまらないのだから。

「そんな私が軍属になれば要らぬ火種を生むことになろう。」

そうして微かに伏せられた瞳に胸の奥が酷く軋んだ。

(分かっていたことだけど彼の口から聞くと些か身につまされるものがあるわね。)

自らの手を見詰めながら自嘲的な笑みを浮かべ、グラナートはしかしと言葉を切る。

「しかし同時に感謝の念を私はこの国には抱いているんだよ、ベルンシュタイン。」





この国は私から全てを奪い去り地獄の業火でこの身を焼き捨てそれまでの私という一人の人間を殺した。

私は憎しみの血を飲み怨みという乳母によって育まれ直されたと言っても過言ではないのだ。

しかしそんな私でもこの国には感謝していることがある。

私が彼女にベルンシュタインと出会うことが出来たのはこの国の愚行あってこそ。

だからこそ私は彼女がこの国にあることを望む限りは滅ばさずにいてやろうかと思う程度にはこの国に感謝しているのだ。

(とは言え騎士団に入るなぞ御免被る、例え見せ掛けの忠誠だとしても王族に、あの愚弟にそんなものを渡す義理はない。)

不思議そうに首を傾げる彼女に貴女が知る必要のないことだと肩を竦めて見せた。





(なんだろう、グラナートの笑みに圧があるような気がする。)

―――――――そして何故だろうか。

グラナートから死んでもアイツの臣下にはならんと言う謎の気迫を感じるのだが。

(アイツって一体誰のことかしらねぇ。)

彼から滲み出すどす黒い空気に私はそっと目を泳がせた。

ちなみに同時刻学園のとある一角ではサーフィアがぶへっくしょいという王子らしからぬ豪快なくしゃみをしていたが運良く誰にも見られずに済んだそうである。

「待って、それじゃあグラナートも卒業後は私達の故郷ノルデン・ランツェに戻って来るのよね!」

思わず食いぎみに聞けば彼はやはり戻ってはいけなかったかと困惑するがそんなことはないのだと気色ばんで席を立つ。

「御父様も御母様も、グラナートが帰って来たらきっと喜ぶわッ!!」

御父様なんてすっかりグラナートは騎士団に行くとばかり考えて「国王を殺しちゃ不味いもんなぁ、あんなんでも国の舵取りは出来てるし本当に残念だけど残念だけど今回ばかりは見逃すかぁ、代わりに騎士団の団長を始末すれば良いよな、よぅしお義父さん義息子の為だから少し頑張っちゃうぞ」と槍を研ぎながら年甲斐もなくはりきりながら呟いていたぐらいだったから

「これで家宰のシュタールの胃と頭髪が守られるわッ!!」

私達の脳裏に悪どい笑みを浮かべながら槍を構えている父とめっきり頭髪に不自由し始めた家宰のあまりにも眩しい後ろ姿が通り過ぎた。

グラナートが思い留まってくれて本当に良かったと彼の手を掴み喜び露に告げればアハート卿とグラナートは乾いた笑みを浮かべて黄昏れた。

「あの人は相変わらず変わらないんだな。」

「身内に凄まじく甘い分、一度外敵と見なした相手には一切の情け容赦がない性格は変わらないわ。」

例えそれが王族であろうとも関係なくあの人はその態度を変えたりはしないだろう。

あの人アハート・ユーヴェレン・フォン・シュバルツにとってこの世界の人間は三種類に分けられる。

身内か、余所者か、それとも刃を向け合う外敵か、その三つのいずれかに。

「そう言う性分なのよ、それに我が領地の人間に良く見られる気質だわ。」

我が故郷ノルデン・ランツェはゼーゲン・クロイツ王国の北方守護を担う土地だ。

その始まりは騎馬を率いる少数民族であったと言われている

騎馬を用いた戦いに慣れた彼等は勇者によってゼーゲン・クロイツ王国が興るより以前から領地の国境を山脈を挟んで接し合う軍事国家アルビオンと争い続けたという歴史がある。

戦争など絵物語や歴史の授業の中でしか知らない者が増えた現代でも唯一国防の担い手としてその代替わりごとに国境侵犯を繰り返すアルビオンと戦い続けた土地。

そう言うとなんだか物々しいが実際は放牧の山羊に羊が長閑に草を食んで名産でもある馬が山野を駆け巡る田舎である。

時たま山から魔物が降りてきたりするだけの良くある田舎だ

ちなみにどれぐらい田舎かと言うと出歩けば領主だろうと羊の毛狩りを手伝わされ、見回りに行けば気さくに蕪やら人参やらのお裾分けを貰えるぐらいに人と人の間が極端に狭く、そして余所者が来たら先ず怪しい勧誘だと疑う程度の田舎具合である

なお我が領地での交通手段は主に馬だ。

徒歩で隣町に行こうとすれば余裕で三日を越えてくるし下手をすると途中で野生動物に出会したりして大変危険なので必ず馬に乗っていく必要がある。

魔物がさ迷う山野を遊び場として駆け巡る馬は多少の野生動物では怯えない強心臓の持ち主なので騎士の方々には大変重宝されていると聞いている。

あとは特色を挙げるとしたならば普段なら外敵を阻んでくれる山が冬となると深い雪と厚い氷に覆われて領地全体を外界から隔絶した極寒の大地へと化えることだろうか。

(助け合わないと乗り越えられない厳しい自然環境を持つからか人と人の結び付きが強いお国柄なのよね。)

ふと故郷の田舎具合に想いを馳せているとグラナートは私に握りしめられた手を掴み貴女もいずれ帰って来るのだろうと確かめるように訊ねた。

「ならば私は貴女が何時でも安心して戻って来れるよう、あの土地を守ろう。」

私の忠誠は貴女と貴女が愛するあの場所に全て捧げよう。

「貴女に拾われ、紡ぎ直されたこの命なのだから。」

そう言って笑った彼に大袈裟ねと苦笑を溢した。

けれど彼の言葉通りに私がグラナートの本来の在り様を変えたというのならば、それはそれで良かったと思うのだ。

本来のグラナート・ユーヴェレン・フォン・シュバルツが辿るはずだった道はあまりにも怨嗟や慟哭に満ちたものだった。

道のその果てで策謀を巡らしていた彼を待っていたのは血を分けた兄弟に殺されるという結末。

彼が真に抱いた望みは国や王家への復讐などではなく、誰か一人でも構わない自分を心から愛して欲しかったというあまりにも小さな望みだったということに、漸く彼が気づいたのは己と敵対する異母弟を心から案じる一人の少女の姿だった。

けれども気づいた時には全てが遅すぎた。

彼がそうと気づいたのは異母弟が握る剣にその身を貫かれたまさにその時だったのだから。

―――――どうして彼に真の望みに気づかせたりしたのだろう

それがどんなに残酷なことだったか気づいたものはいなかったのだ。

(気づきさえしなければ、彼は再び突き付けられた孤独の中で一人死んでいくことはなかったのに。)

「ベルンシュタイン、何故貴方が泣くんだ?」

頬に伝う滴を指で掬う彼の仕草で漸く私は自分が泣いていたこと気づく。

「さあ、どうしてかしら。悲しいことなんてまだなにも起こっていないというのに。」

ぎこちなく笑えば朱色の瞳を曇らせてグラナートはくしゃりと顔を歪ませた。

私にとって物語の存在だったグラナート・ユーヴェレン・シュバルツというキャラクターのの孤独は第三者のものだった。

けれど今こうして私を案じるグラナートはかけがえのない家族であり何よりも大切にしたい人で、だからこそ彼が物語のグラナート・ユーヴェレン・フォン・シュバルツのように冷たい孤独の中に突き落とされたらと思うだけで胸が苦しくなる。

(私が彼の未来を変えたというのならばそれで私は構わない。)

何時か未来を変えた報いがあったとしても、私はきっとなにも悔いはないと胸を張ることが出来る。

彼の未来を変えたことが本当に良かったかだなんてまだ私には分からないけれど――――――

「ねぇ、グラナート貴方は今幸せ?」

でもこれだけは言えるよ、グラナート。

「ああ、勿論だ。貴女が居る、ただそれだけでこれ以上の幸せはありはしないさ。」

(貴方が幸せなら私はそれだけで幸せだと。)

その幸せを守るためならば私は何者にでも臆することなく立ち向かって行けると言うことだけは。
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