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第七章:恋を知る夜、愛に包まれる朝
第115話・小さな村で迎える二日目の夜
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朝の街を抜けると、広場の一角に乗合馬車の停留所が見えてきた。
数台の馬車が並び、旅人や行商人たちが荷を積み込みながら出発の時を待っている。
「……あそこが、馬車乗り場」
初めて目にする光景に、ルナフィエラの声はわずかに震えていた。
(こんなにたくさんの人……私、大丈夫かな……)
その不安を見抜いたのは、隣を歩いていたフィンだった。
彼は彼女の手を握り、屈託のない笑顔で言う。
「心配いらないよ! 僕がずっと隣にいるから!」
「……ありがとう、フィン」
彼の笑顔に、緊張がほんの少し和らぐ。
ユリウスは乗車前に、座席に小さな魔符を貼りつけていた。
それは結界の簡易版で、外からの干渉を和らげる効果がある。
「これで道中は安心だ。……見える必要のないものは、遮っておく」
ヴィクトルは荷物を確認し、扉を開けてルナフィエラに手を差し伸べる。
「お足元にお気をつけください。……必ずお守りします、ルナ様」
低い声に、自然と胸が満ちていった。
シグは人混みを無言で払いのけるように進み、後方を睨みながら一言。
「……俺たちがついてる。気にするな」
やがて出発の合図が鳴り、馬車は石畳をゆっくりと走り出した。
馬車は揺れに揺れながら、一日かけて街道を進んだ。
石畳はやがて土の道へと変わり、畑や森が視界に広がっていく。
そして、夕暮れの光の中、小さな村の屋根が見えてきた。
「……着いたんだ」
窓辺から顔をのぞかせたルナフィエラが、胸の奥でほっと息をつく。
街ほどの賑わいはない。
けれど、畑を耕す人の姿や、煙突から立ち上る煙は温かい生活の気配を伝えてくる。
「こぢんまりしてるけど、いい雰囲気だね!」
フィンが嬉しそうに声を上げると、シグが腕を組んで周囲を一瞥する。
「……このくらい静かな方が安全だ」
ユリウスは馬車を降りると、宿の位置を確認しながら仲間に告げた。
「宿は一軒しかないようだ。早めに入って休んだ方がいい」
ヴィクトルがルナフィエラに手を差し伸べ、慎重に馬車から降ろす。
「足元にお気をつけください。……お疲れでしょう」
差し出された手の温もりに触れ、彼女は小さく微笑んだ。
村の宿は木造の二階建て。
大きくはないが、旅人を受け入れるための温かさを感じさせる。
灯りが漏れる玄関をくぐれば、煮込みの香りがふわりと迎えてくれた。
「……なんだか落ち着く匂い」
ルナフィエラの頬が自然と緩む。
受付でユリウスが交渉し、今夜の部屋を確保する。
ルナフィエラは振り返り、フィンやシグ、ヴィクトルの顔を順に見ながら胸を弾ませた。
(……みんなと一緒に旅してるんだ……まだ夢みたい)
こうして二日目の夜は、小さな村で穏やかに幕を開けるのだった。
宿に荷を下ろしたあと、一行は一階の食堂へ向かった。
素朴な木のテーブルに並べられたのは、野菜の煮込みスープと焼きたてのパン、香草で焼かれた肉。
街の華やかさはないが、温かい湯気と素朴な味に、ルナフィエラの胸は自然と和んでいった。
「……おいしい」
思わずこぼした言葉に、隣のフィンが嬉しそうに頷く。
「だよね! こういうの、旅してるって感じがして好きだなぁ」
「栄養も十分です。明日の道中も安心ですね」
ヴィクトルが落ち着いた声で付け加え、ユリウスも静かに頷いた。
食事を終えると、それぞれの部屋へと分かれる。
この夜、ルナフィエラが入ったのはシグとフィンの部屋だった。
「今日はこっちだよ、ルナ!」
フィンが元気に手を引き、苦笑しながらも従う。
「うん……よろしくね」
微笑んで隣に入ると、フィンは子供のように嬉しそうに抱きついてきた。
「ルナ、大好き! ……んっ」
頬に、額に、唇に――立て続けにキスを落としてくる。
「ちょっ……フィ、フィン……!」
顔を真っ赤にして身を捩るが、彼は止まらない。
「えへへ……止められないんだ。ルナ、可愛すぎて……」
「っ……」
無邪気で真っ直ぐな甘やかしに、ルナフィエラはどうしようもなく胸をくすぐられる。
けれど――
「……いい加減にしろ」
低い声が飛ぶ。
部屋の隅に座っていたシグが、呆れたように睨みつけていた。
「これじゃルナが休めねぇだろ。番人の役目忘れるな」
「えー……だって、まだ……」
抗議しようとするフィンの頭を、シグはごつんと軽く小突く。
「ほどほどにしとけ。ルナが困ってる」
視線を向けられたルナフィエラは、思わず頬を押さえて小さく笑った。
「……フィン、ありがとう。もう、十分伝わったから」
「……わかったよ」
名残惜しそうに唇を尖らせながらも、フィンはようやく落ち着き、ルナフィエラを優しく抱きしめるだけに切り替える。
「じゃあ、おやすみのキスは最後に一回だけね」
そう囁いて、彼は唇を重ねた。
今度は、素直で柔らかな一度きりの口づけ。
ルナフィエラは胸の奥が甘く満ちるのを感じながら、静かに目を閉じた。
シグの無言の気配と、フィンのあたたかな抱擁に包まれて――二日目の夜は、静かに更けていった。
数台の馬車が並び、旅人や行商人たちが荷を積み込みながら出発の時を待っている。
「……あそこが、馬車乗り場」
初めて目にする光景に、ルナフィエラの声はわずかに震えていた。
(こんなにたくさんの人……私、大丈夫かな……)
その不安を見抜いたのは、隣を歩いていたフィンだった。
彼は彼女の手を握り、屈託のない笑顔で言う。
「心配いらないよ! 僕がずっと隣にいるから!」
「……ありがとう、フィン」
彼の笑顔に、緊張がほんの少し和らぐ。
ユリウスは乗車前に、座席に小さな魔符を貼りつけていた。
それは結界の簡易版で、外からの干渉を和らげる効果がある。
「これで道中は安心だ。……見える必要のないものは、遮っておく」
ヴィクトルは荷物を確認し、扉を開けてルナフィエラに手を差し伸べる。
「お足元にお気をつけください。……必ずお守りします、ルナ様」
低い声に、自然と胸が満ちていった。
シグは人混みを無言で払いのけるように進み、後方を睨みながら一言。
「……俺たちがついてる。気にするな」
やがて出発の合図が鳴り、馬車は石畳をゆっくりと走り出した。
馬車は揺れに揺れながら、一日かけて街道を進んだ。
石畳はやがて土の道へと変わり、畑や森が視界に広がっていく。
そして、夕暮れの光の中、小さな村の屋根が見えてきた。
「……着いたんだ」
窓辺から顔をのぞかせたルナフィエラが、胸の奥でほっと息をつく。
街ほどの賑わいはない。
けれど、畑を耕す人の姿や、煙突から立ち上る煙は温かい生活の気配を伝えてくる。
「こぢんまりしてるけど、いい雰囲気だね!」
フィンが嬉しそうに声を上げると、シグが腕を組んで周囲を一瞥する。
「……このくらい静かな方が安全だ」
ユリウスは馬車を降りると、宿の位置を確認しながら仲間に告げた。
「宿は一軒しかないようだ。早めに入って休んだ方がいい」
ヴィクトルがルナフィエラに手を差し伸べ、慎重に馬車から降ろす。
「足元にお気をつけください。……お疲れでしょう」
差し出された手の温もりに触れ、彼女は小さく微笑んだ。
村の宿は木造の二階建て。
大きくはないが、旅人を受け入れるための温かさを感じさせる。
灯りが漏れる玄関をくぐれば、煮込みの香りがふわりと迎えてくれた。
「……なんだか落ち着く匂い」
ルナフィエラの頬が自然と緩む。
受付でユリウスが交渉し、今夜の部屋を確保する。
ルナフィエラは振り返り、フィンやシグ、ヴィクトルの顔を順に見ながら胸を弾ませた。
(……みんなと一緒に旅してるんだ……まだ夢みたい)
こうして二日目の夜は、小さな村で穏やかに幕を開けるのだった。
宿に荷を下ろしたあと、一行は一階の食堂へ向かった。
素朴な木のテーブルに並べられたのは、野菜の煮込みスープと焼きたてのパン、香草で焼かれた肉。
街の華やかさはないが、温かい湯気と素朴な味に、ルナフィエラの胸は自然と和んでいった。
「……おいしい」
思わずこぼした言葉に、隣のフィンが嬉しそうに頷く。
「だよね! こういうの、旅してるって感じがして好きだなぁ」
「栄養も十分です。明日の道中も安心ですね」
ヴィクトルが落ち着いた声で付け加え、ユリウスも静かに頷いた。
食事を終えると、それぞれの部屋へと分かれる。
この夜、ルナフィエラが入ったのはシグとフィンの部屋だった。
「今日はこっちだよ、ルナ!」
フィンが元気に手を引き、苦笑しながらも従う。
「うん……よろしくね」
微笑んで隣に入ると、フィンは子供のように嬉しそうに抱きついてきた。
「ルナ、大好き! ……んっ」
頬に、額に、唇に――立て続けにキスを落としてくる。
「ちょっ……フィ、フィン……!」
顔を真っ赤にして身を捩るが、彼は止まらない。
「えへへ……止められないんだ。ルナ、可愛すぎて……」
「っ……」
無邪気で真っ直ぐな甘やかしに、ルナフィエラはどうしようもなく胸をくすぐられる。
けれど――
「……いい加減にしろ」
低い声が飛ぶ。
部屋の隅に座っていたシグが、呆れたように睨みつけていた。
「これじゃルナが休めねぇだろ。番人の役目忘れるな」
「えー……だって、まだ……」
抗議しようとするフィンの頭を、シグはごつんと軽く小突く。
「ほどほどにしとけ。ルナが困ってる」
視線を向けられたルナフィエラは、思わず頬を押さえて小さく笑った。
「……フィン、ありがとう。もう、十分伝わったから」
「……わかったよ」
名残惜しそうに唇を尖らせながらも、フィンはようやく落ち着き、ルナフィエラを優しく抱きしめるだけに切り替える。
「じゃあ、おやすみのキスは最後に一回だけね」
そう囁いて、彼は唇を重ねた。
今度は、素直で柔らかな一度きりの口づけ。
ルナフィエラは胸の奥が甘く満ちるのを感じながら、静かに目を閉じた。
シグの無言の気配と、フィンのあたたかな抱擁に包まれて――二日目の夜は、静かに更けていった。
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