【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第十章:星霜の果て、巡り逢う

第178話・この日も世界は、彼女の味方だった

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昼休みが終わり、午後の実技授業へ向かう途中。

ルナはフィンと並んで廊下を歩いていた。
そのとき、前方にいた女子生徒数人が、進路を塞ぐように立ち止まる。

「……ちょっといいかしら?」

間を置かず、フィンが一歩前に出た。

「あ~……はいはい。何の用?」

露骨に面倒そうな声。
ルナは思わず、フィンの袖をそっとつまむ。

女子たちはその様子を見て、ルナを値踏みするように見下ろした。

「最近……ノワルデイン様と随分親しいようね?」

(あ…ヴィクトルのこと……)

答える間もなく、フィンが即座に口を挟む。

「親しいんじゃなくて、“特別”なんだよ。残念だけど」

一瞬で、女子たちの表情が強張った。
フィンはまるで気にも留めず、にこりと笑う。

(……フィン、それは、火に油では……)

そう思った、次の瞬間──
女子のひとりがルナの手首に触れようとする。

「ちょっと話が──」

その“触れようとした”刹那。
はっきりと、空気が変わった。

フィンが横に跳ねるように距離を取り、同時に、背後から影がすっと割り込む。

「……触るな」

低く、よく通る声。

ルナが息を呑んで見上げると、
そこには──いつからいたのか分からないシグが立っていた。

女子たちがびくっと肩を震わせる。

(……シグ)

シグの視線は、氷の刃のように鋭い。
怒りの矛先は彼女たち自身ではなく──

“ルナに触れそうになったこと”そのものが許せないという目だ。
女子たちは青ざめ、思わず後ずさる。

「ち、違っ──私たち、ただ……!」

「言い訳はいらない」

静かに、しかし断ち切るように告げる。

「……二度と、ルナの進路を塞ぐな」

そのまま、ルナの肩へそっと手を添える。

「……大丈夫か?」

声だけは、驚くほど優しい。
ルナは小さく頷く。

「だ、大丈夫……シグが、助けてくれたから……」

その言葉を聞いた瞬間、シグの目にわずかな安堵が灯る。

フィンが肩を竦めた。

「……ほんとシグ、いつもタイミング完璧だよね」

シグはフィンを睨む。

「……お前が煽るからだ」

「煽ってないよ? ただ事実を教えてあげただけ~」

「……」

ルナは苦笑を漏らすしかなかった。

そしてシグは当然のようにルナの手を取り、実技授業が行われる訓練場へと歩き出す。

「ルナ。……俺がついている」

短いけれど、揺るがない言葉。
それだけで、胸の奥に残っていた不安が、すっと消える気がした。


そして、午後の座学。
ルナはノートに向かいながら、思わず眉を寄せていた。

(……難しい……)

魔法史の授業は独特の言い回しが多く、初学者にはなかなか手強い。
小さく息を吐いた、そのとき。

「ほら、これを読んでおくといい」

背後から静かな声。

振り返ると、そこには──
ユリウスが、なぜか当然のような顔で立っていた。

(え……なんで、授業中……?)

ルナが問いかけるより早く、ユリウスは薄い冊子を机の上に置く。

表紙には――
“魔法史初級・要点整理(特別配布用)”

(特別……配布……?)

先生が「えっ」と不自然に声を漏らしたが、ユリウスは穏やかに微笑んだまま無視する。

「君には、これくらいの負担で十分だと思ってね」

ルナは戸惑いながら小声で問う。

「……ユリウス。これ……どこから……?」

「講義を統括している教授にお願いして作ってもらった。
昨夜、少しだけね」

(少しだけ……?)

でも、おそらくその教授は一睡もしていない。
先生が必死に視線でユリウスに“やめてくれ”と訴えているが、ユリウスは意に介さない。

さらに追い打ちをかけるように、ユリウスはルナの机にずいと近づき、さらりと言い放つ。

「今後、魔法史の試験範囲と補助資料は、私にも事前共有するように先生方へ通達してある」

教室がざわっと揺れる。

先生は「え、通達……え……?」となって固まる。

フィンが横で苦笑いする。

「……ユリウス、完全にやってるね。権力全開」

ユリウスは肩をすくめる。

「当たり前だ。……ルナが苦労する必要は、ひとつもないからね」

声は低く、穏やかで、甘い。

(……ユリウスらしい……)

胸の奥がじんわり温かくなる。
ユリウスはルナの表情を見て、やわらかく微笑んだ。

「それに……ルナ」

すっと手を伸ばし、ルナの髪に触れない距離で指先を止める。

「困ったときは、まず僕に言うんだよ。
君の“不安”は、全部取り除く」

その言葉には、冗談も誇張も一切ない。
静かで、確かな“庇護”。

フィンがぼそっと呟く。

「これが……権力の正しい使い方……(いや、正しくはないけど)」

遠くで見ていたシグが腕を組み、短く言った。

「……甘やかしの化身だな」

ユリウスは軽く笑みを返し、「ルナ、授業後にまた来るよ」とだけ告げて去っていった。

先生はその背中を見送りながら小さく肩を落とす。

「……あの方がいると、授業の意味が……」

フィンがにこにこしながら言う。

「先生、諦めた方が早いですよ~。彼は、ルナのためなら何だってするし」

(……ほんとに、みんな……)

胸の奥が甘く満ちていく。

ルナの学園生活は、ただ優しいだけではない。
けれど、そのすべての甘さは──

前世で失われた時間を、ひとつずつ埋めていくような、確かな温度を持っていた。
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