【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

文字の大きさ
99 / 184
第六章:流れる鼓動、重なる願い

第97話・世界にひとつの愛のかたち

しおりを挟む
ルナフィエラの柔らかな髪に、微かな香りが混じる。
抱き寄せた身体は小さくて、儚くて──それでも確かに、温かかった。

(……この温もりを、どうして……遠ざけようとしていたのだろう)

己の愚かさを噛み締めながら、ヴィクトルはゆっくりと腕を緩めた。
驚いたように顔を上げたルナフィエラと、視線が重なる。

その目に、怯えと戸惑いが微かに残っていた。
ヴィクトルは静かに息を吐き、そして──低く、真っ直ぐに語り出した。

「……ルナ様。
貴女を傷つけてしまったのは、私の弱さのせいです」

彼女の瞳が、揺れる。

「主従という立場にすがって、想いを隠し、見ないふりをして……
その結果、ルナ様を不安にさせてしまった。
それが、どれほど愚かなことだったか──ようやく、気づきました」

ルナフィエラが、小さく首を横に振ろうとするのを、ヴィクトルはそっと制した。
真剣なまなざしのまま、続ける。

「……私は、ルナ様を“主人”として以上に、“貴女自身”として、大切に思っています」

ルナフィエラの瞳が大きく見開かれる。
しかし、それは困惑でも拒絶でもなく──ただ、驚きと静かな涙の滲む目だった。

「貴女が笑っていられるなら、それだけでいいと思っていた。
誰の隣に立っていても……私は見守ることができれば、それでいいと……」

言葉が詰まる。
だが、ここで終わらせては意味がない。

「──けれど、それは本心ではありませんでした。
私は……貴女の隣にいたい。誰かの影としてではなく、ひとりの男として」

ルナフィエラの肩が、小さく震えた。

「……愛しています。ルナ様。
主ではなく、“貴女自身”に……
貴女を見つけたあの日から…
私は、ルナ様を愛おしく想っていました」

月明かりの下で、静かに告げられた真実。
それは、誰よりも真摯で、誰よりも深い想いだった。

「私の言葉が遅すぎたこと、すべてを曖昧にしてしまったこと……許されないかもしれません。
けれど、それでも……今はもう、偽ることはしません」

ふるふると震えたルナフィエラの唇から、小さな声がこぼれる。

「……私のこと…嫌いになったと思ってた……何か……してしまったのかなって……」

「違います。私は……誰よりもルナ様を、愛おしく想っている」

優しい声に、ようやくルナフィエラの頬を、涙が伝う。
それをそっと拭ったヴィクトルの指先も、僅かに震えていた。

「……もう、離れたりしません。
たとえ選ばれなくとも……ずっと、貴女のそばにいます」

それは、願いと誓いと、覚悟を込めた告白だった。

ルナフィエラは──
その胸の奥に、ずっとあった氷のような不安が、ようやく溶けていくのを感じていた。

ただ「そばにいる」と、彼が言ってくれたこと。
それだけで、こんなにも救われるのだと──今、改めて思い出していた。

「……嫌われたんじゃ、なかったんだ……」

ぽつりと、ルナフィエラがつぶやく。
それは涙混じりの安堵だった。

「私は……ルナ様のことを、嫌いになることはできません」

ヴィクトルの声は、穏やかで、けれど揺るぎなかった。
その断言に、ルナフィエラは胸がいっぱいになる。
でも──それと同時に、別の葛藤が心に浮かんできた。

「……でもね、ヴィクトル……」

小さく、震える声で。

「でも……誰かひとりを選ぶなんて、今の私にはできなくて…」

視線を落とすルナフィエラの横顔に、ヴィクトルは柔らかく微笑んだ。
そして、静かに言葉を重ねる。

「ええ。それでいいのです、ルナ様」

「……え?」

驚いて顔を向けるルナフィエラに、ヴィクトルは穏やかに言った。

「無理に答えを出す必要はありません。
このまま……私たち5人で一緒に過ごしませんか?」

ルナフィエラの目が、また驚きに揺れる。

「“誰かひとりを選ばなければいけない“という決まりは、どこにもありません。
ルナ様が悩み、苦しむ姿を見るのが、私たちにとっては何よりも辛いのです」

「私も……ユリウスも、シグも、フィンも、皆それを受け入れています。
ルナ様が……私たち全員と共に過ごしてくれるなら、それが何よりの幸せです」

ルナフィエラの目が大きく見開かれた。

「……でも、それって……本当に、いいの……?」

戸惑いと、過去の記憶が交錯する。

「……お父様とお母様も、おじ様たちも……
想い合ってるのは、いつも“1人ずつ”だった……
そういう関係って、1人だけに向けるものだと思ってたけど……」

俯いたままのルナフィエラの言葉を、ヴィクトルは否定しなかった。
ただ、静かに事実を重ねる。

「それもひとつの形です。
ヴァンパイアの社会では、確かに一夫一婦が一般的でした。
けれど……他の種族では、一夫多妻や一妻多夫という在り方も存在します」

「……世界には、いろいろな愛の形がある。
そして、ここ──古城には、私たち5人しかいません」

ヴィクトルの瞳はまっすぐにルナフィエラを見つめていた。

「だからもし、ルナ様が……私たち4人を受け入れてくださるのなら──
それもまた、正しい“愛の形”だと、私は信じています」

ルナフィエラの目に、また新たな涙が浮かぶ。
それは悲しみではない。
誰にも押しつけられず、自分で“選ぶ自由”を与えられたことへの、感情のあふれだった。

「……うん…ありがとう、ヴィクトル」

その声には、少しだけ、光が宿っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

召喚先は、誰も居ない森でした

みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて── 次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず── その先で、茉白が見たモノは── 最初はシリアス展開が続きます。 ❋他視点のお話もあります ❋独自設定有り ❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

処理中です...