自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな

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第4章・気づきのはじまり

第54話・魂を賭して、君の隣に

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森に静けさが戻ってから、2日が経った。
サイファルトの体調もようやく安定し、今日から本格的に動けるようになったと、ゼフリスが報告に来てくれた。

その知らせを聞いて、セレスティアはすぐに彼のもとを訪れた。

王宮の裏手にある静かな中庭。
木陰に設けられた石のベンチに、サイファルトは腰掛けていた。

彼女の姿を見ると、サイファルトはゆっくりと立ち上がる。

「ファル、大丈夫なの?」

パタパタと駆け寄るセレスティアに、サイファルトは短くうなずいた。

「もう問題ない。心配をかけたな」

セレスティアは、彼の顔をじっと見つめた。
少しだけ痩せた気がする。
それでも、金色の瞳はいつものようにまっすぐで、彼の強さをそのまま映しているようだった。

「この前のこと……わたしの魔力が暴走したの、やっぱり“精霊の力”だったの?」

そう尋ねると、サイファルトはしばらく黙ったあと、静かに口を開いた。

「……ああ。ティアの中にある精霊の力が、急激に膨れ上がった。それに、精霊界から引き寄せられた不安定な魔力も加わっていた」

彼の声音は穏やかで、けれどどこか深刻だった。
セレスティアは、目を伏せて小さくつぶやく。

「でも……わたし、自分で何が起こったのか、ぜんぜん分からなかった」

「それでいい」

即座に返ってきたその言葉に、セレスティアは顔を上げた。

「力に“気づく”ことが、まずは第一歩だ。ティアの中には、妖精と精霊、ふたつの力がある。これまでは妖精の側面が強かったが、成長に伴って、精霊としての力も現れてきている」

「……これからも、こういうこと、起こるの?」

サイファルトはほんのわずか視線を逸らした。
そのしぐさだけで、セレスティアは答えを察してしまう。

「可能性はある。だが、恐れる必要はない。精霊の力は扱いを誤れば危険だが、理解し、向き合えば――世界を癒し守る力にもなり得る」

彼はセレスティアの前にしゃがみ、目線を合わせて言葉を続けた。

「その力を制御できるようになるまで、俺がそばにいる。……絶対に、ティアをひとりにはしない」

その言葉に、セレスティアは胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
彼がいるだけで、どれほど心強いか、彼女は何度も知っていた。

「……わたし、がんばる。ちゃんと、自分の力を知る。ファルを、また苦しめたくないから」

サイファルトは何も言わず、彼女の頭にそっと手を置いた。

その温かさが、彼の誓いのすべてを物語っていた。


ー数日後。
妖精王宮の謁見の間に、久しく揃うことのなかった家族が集っていた。

精霊王ルヴァイン。
その両脇には、セレスティアの兄である長男イリウスと次男ノクス。
正面には妖精女王である母。
その横に長女・次女。
そして、少し離れて控えるサイファルト。
セレスティアはその中央に立ち、少し緊張した面持ちで視線を父へ向けていた。

「セレスティア。おまえの中に眠る“精霊の力”は、いよいよその片鱗を現し始めている。今後は妖精としての資質だけでなく、精霊としての力を制御する必要がある。しばらく、精霊界で修練を積むべきだ」

静かに、けれど揺るぎない声音で語る父に、セレスティアは小さく頷いた。
数日前の魔力暴走。
そして、サイファルトが倒れた姿。
あれが偶然では済まされないと、彼女自身も理解していた。

「なぜ妖精の森ではいけない。俺が側にいる。力を暴走させたとしても、抑える術はある」

隣にいたサイファルトが問いかける。
その表情には焦りはないが、声の奥にある苛立ちと憂慮は隠しきれない。

だが、精霊王は首を横に振った。

「お前では“力”に干渉できぬ。精霊の力は自然そのもの、肉体で押さえつけられるものではない。精霊界は、そうした“理”を制御するために存在する世界。そこでは精霊としての在り方を学べる」

セレスティアは言葉もなく、俯いた。
サイファルトの視線が、そっと彼女を捉える。

「だからこそ、精霊界へ連れて行く。あちらならば、精霊としての力を安全に導くことができる」

サイファルトは、ふと目を伏せる。
精霊界――精霊しか入れない、閉ざされた領域。
そこに彼は、入ることができない。

(……側にいられない)

サイファルトの心がひどくざわめいた。
番が、側から離れる――それは竜人族にとって、魂を裂かれるに等しい行為だ。

番である彼女を、見守ることすらできなくなる。
その焦燥は、理屈を超えた本能にすら似ていた。

その葛藤を察したように、精霊王が口を開いた。

「……サイファルト。ただひとつ、手段はある」

「……手段?」

「魂を抜き、魂の存在としてのみ、精霊界へ送る。それならば、おまえもセレスティアの側にいられる」

場が静まり返る。

「ただし、代償は重い。魂を抜かれた実体は無防備となり、外敵がいれば一撃で命を奪われる。魂が長く戻らなければ、後遺症が残ることもある。……そして、二度と戻れぬ可能性も、否定できない」

セレスティアが顔を上げた。

「そんな……!」

「魂のみによる渡航は、精霊の加護を受けぬ外種族にとって、禁忌とされてきた。だが、“番”であれば……」

そこで視線を向けられたのは、サイファルト。
精霊王は、すでにその決断を見透かしていたのだろう。

「……行く。どんな代償を払ってでも、俺はセレスティアの隣にいる」

淡々と、だが揺るぎなく告げたその言葉に、精霊王の瞳が静かに細められる。

「やはり、恐ろしい男だ……。だがその覚悟、確かに見届けた」

彼が頷くと、背後に控えていた二人の青年――精霊界で高位の役職を持つセレスティアの兄たちが一歩進み出た。

「この二人が、その儀式を執り行う」

「……」

一瞬の沈黙ののち、サイファルトは瞳を上げた。その金の眼差しには、一切の迷いがない。

「わかった。どんな代償を払おうとセレスティアの側にいる。それが、番である俺の選択だ」

まっすぐな言葉に、セレスティアの胸が締めつけられる。

(わたしのせいで……)

だが同時に、あたたかなものが胸の奥に灯った。
番という関係を超えて、彼がそう言ってくれたことが、どれほど心強いか。

――そして、こうして二人は、試練の扉の前に立ったのだった。
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