転生したら魅了スキルが強すぎて人生ハードモードだった件

蟒蛇シロウ

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第1章「幼少期~小学生の日々」

第7話「目覚めるスキル ~魅了する雄飛~」

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 それからの俺は特に大きな変化も無く、保育園での生活を送っていた。家では父さんと母さんに可愛がられながら楽しく過ごし、保育園では主に華怜と過ごすことが多かった。
 俺が5歳の年長組になる年には、1つ上の華怜は小学校に通う。
「じゃあお姉さんは先に学校に通うから、せいぜい最後の保育園生活を満喫しなさいよね。 あ、そうそう! なにかあったら、この電話番号にいつでも連絡しなさい?」
 彼女はそう言って、俺に電話番号の書かれた紙きれを渡す。
「いいの? ありがとう!」
 俺は彼女にお礼を言う。すると華怜は少しだけ恥ずかしそうに言った。
「べ、別にいいのよ! じゃあね、雄飛」
「ああ、来年同じ学校に入学するから待っててくれ」
「うん、待ってる」
 そう言って華怜は手を振って去っていく。俺はその後ろ姿をずっと眺めていた。
 俺は彼女に言われた通り、最後の保育園生活を楽しむつもりだった。だけど、この辺りから俺の体に異変が起こり始めるのだった。

 発端は俺が6歳になる1週間前の日の事だ。
 母さんと一緒に買い物をしていると、ふとトイレに行きたくなった俺は母さんにそのことを伝えてスーパーの中にあるトイレに向かうことにした。
「う~ん、1人で行かせるのは心配だしママも行くよ」
 結局心配性な母さんと一緒にトイレのある場所へと向かう。
「じゃあ雄飛ちゃん、先に終わったらここで待ってね? 1人で店の中歩き回っちゃダメだよ? それから変な人に話しかけられても、着いて行っちゃダメだからね!」
「わかってるよ! もう6歳なんだから1人でトイレくらい行けるって!」
 そう言って俺と母さんは、それぞれ男子用トイレと女子用トイレに向かうのだった。
 母さんは心配性だなぁ、なんて思いながらも俺はトイレを手早く済ませて外に出た。どうやら俺の方が早かったらしいので、言われた通りに母さんを待つことにした。

 その時だった。
「こんにちは、僕。可愛いね」
 突然、背後から声をかけられる。振り向くとそこには知らないおばさんが立っていた。その人の年齢は40代くらいだろうか? 少し釣り目の細身の女性だった。
「あ、こ、こんにちは……」
 俺は少し警戒しながら、ペコリと頭を下げる。
「僕、1人? お父さんかお母さんは?」
 彼女は少し微笑みながら、そう聞いてくる。俺は辺りを見渡したが母さんの姿はない。どうやらまだ来ていないようだ。
 母さんはお出かけ中にトイレに入ると、いつも長めに鏡の前に立って髪や肌の確認をする。

「えっと……ママを待ってるんです」
 俺がそう言うと、おばさんは俺に近づいてくる。そして俺の目の前に立つと、ジロジロと俺のことを見て言った。
「ママが戻ってくるまで私が一緒にいてあげるわ。ね、そうしましょ?」
「えっ……いや、あの……」
 俺はそのおばさんの雰囲気に違和感を感じていた。このおばさん、なんだか怖い……。そんな俺の様子を見て彼女は言った。
「怖がらなくていいわ。そうだ、ちょっと外の公園でお話ししない? すぐ近くだから。私、とっても美味しいお菓子とジュースを持ってるのよ。ママを待っている間お話してくれたら、僕にあげる」
 おばさんはそう言って俺に手を差し伸べた。笑っているけど、酷く不気味だ。俺はその手を握れなかった。
「ママのこと……もうちょっと待ってる……」
 俺がそう言うとおばさんはムッとした表情になったが、すぐに笑顔に戻って言った。
「あら、遠慮なんかしなくていいのよ? ねぇ?」

 次の瞬間、彼女は強引に俺の手を掴もうとする。俺は咄嗟に手を引っ込めて避けようとした。だけど、間に合わず俺の手は掴まれてしまった。
「わっ! ちょ、離して……!」
 俺は慌てて彼女から離れようとしたけど遅かった。おばさんは俺を抱きかかえると騒げないように、口元をハンカチで押さえつけてきた。
「静かにしてね? さ、一緒に行きましょう?」
 おばさんはそう言って俺を強引に何処かへと連れていこうとする。俺は必死に抵抗するが力が強くて振り解けない。

「今日から僕くんは私の子供、私のモノよ!」
 おばさんは俺に向かってそう言った。俺はとつぜんの恐怖で泣きそうになったが、絶対に思い通りになるもんか! そう思ってなんとか抵抗する。
 こんな時に限って、人通りがない。……そうだ、このトイレがある方は裏口の方に近くて、ほとんどの客は利用しない。曜日と時間帯によっては、ほとんど人が通らなくなることだってある。このおばさんはそれを狙っていたんだ。
「あぁ、可愛い可愛い! その無垢な顔をくしゃくしゃに歪めて、泣き叫ぶ姿が早く見たいわぁ!」
 おばさんは興奮しながら言う。俺は必死に抵抗するけど力が強くて振り解けない。

「さぁ、私に着いてきなさい」
 そう言って彼女は俺を抱きかかえながら、裏口の方へと歩き出した。
「ん~! んん~!」
 俺は口を塞がれたまま声にならない声で叫ぶ。嫌だ! 誰か助けて……! 俺は涙を流しながら必死で助けを呼ぼうとしたが、声にならない唸り声が漏れるだけだ。母さん……父さん! 誰か! そう思って心の中で叫んだその時だった。

「雄飛ちゃんっ!! このぉっ!! 私の雄飛ちゃんにっ!!」
 その言葉と共に、おばさんの手から俺を引き剥がして、そのまま彼女に体当たりを食らわせたのは母さんだった。おばさんは突き飛ばされ、床に倒れる。
「痛いわねぇっ! このクソ女ァ!」
 おばさんは怒りに満ちた表情を浮かべて母さんを睨みつける。だが母さんは間髪入れずに、おばさんを床に押さえつける。
「許さないっ! 私の子供を怖がらせて泣かせて! 絶対に許さないっ!」
 いつものちょっと天然でおっとりした母さんからは、想像も付かない鬼のような形相だ。

「は、放せっ! このっ! このぉっ!」
 おばさんは母さんを振り払おうと暴れるが、その力があまりにも強いようで動けないみたいだ。さすがに大きな音と声を聞きつけて、複数の店員と警備員がやって来た。
「だ、大丈夫ですか? いったい何が!?」
 警備員はそう言いながら飛び込んできたが、おばさんが口汚く母さんを罵っているのを見て、ある程度の状況を理解したようだ。母さんの代わりに、警備員と男性の店員数人がかりでおばさんを取り押さえる。

「雄飛ちゃんっ!!」
 母さんはすぐに俺の元に駆け寄ってきた。
「マ、ママ……」
「ごめんね! 怖かったよね! 目を離してごめん! もう大丈夫だからね!」
 母さんは俺が無事だった安心感からか、涙を流して俺を抱きしめる。
 俺はそんな母さんに
「大丈夫だよ。ママ、助けてくれてありがとう」
と言って抱きしめ返した。
「う、うぅ……よ、良かったぁ……」
 母さんは安堵しきった表情を浮かべていた。あんなに本気で怒っている母さんも、こんなに泣いている母さんも、見るのは初めてだった。

 その後、警備員が呼んだ警察がやってきて、おばさんは警察に連れて行かれた。どうやらあのおばさんは、俺を一目見て突発的に誘拐したい衝動に駆られたのだそうだ。

 その日は、俺と母さんを心配して、父さんもすぐに仕事を切り上げて帰って来てくれた。そして俺たちを強く抱きしめた。
「雄飛、怖かったよな。ごめんな、そんな時に近くにいてやれなくて……。舞歌、雄飛を……俺たちの子を守ってくれてありがとう」
 父さんはそう言って俺と母さんの頭を撫でた。俺は両親に愛されていたんだな、と実感し涙が止まらなかった。
「ママ……パパ……ありがとう……」
 そう言って抱きつく俺を、母さんは優しく抱きしめ返してくれる。そんな俺たちを父さんがさらに強く抱き寄せたのだった。


 俺はこの件を華怜に電話で教えるべきか迷ったものの、普通の誘拐未遂だと思い、次に会った時に伝えればいいと判断してしまった。
 あのおばさんの「突発的に誘拐したい衝動に駆られた」という動機が気がかりだったが……。
 俺はあの元有名モデル、西木舞歌の息子でその外見の遺伝子を色濃く受け継いでいる。だから自分で言うのもなんだけど、かなり容姿は整っている。あのおばさんが俺を一目見て誘拐したいと思っても決しておかしなことではない、と思う。
 華怜は、俺の転生者としての先輩であり、大事な友人だ。だからこそ余計な心配をかけたくない。俺はそう自分に言い聞かせて自分を納得させた。
 だけど……その判断が正しかったかどうか、すぐにわかるのだった。
 

 俺の6歳の誕生日。俺は両親と一緒に、ショッピングモールにやって来ていた。
「雄飛ちゃん、これどう? 似合う?」
 母さんはそう言ってピンク色のワンピースを体に当てて俺に聞いてくる。……可愛い。美人だけど笑顔が愛らしい母さんにピッタリの、女性らしい服装だ。
「うん! すごく似合ってて可愛いよ!」
 俺がそう言うと母さんは嬉しそうに笑い、そのまま俺に抱きついてくる。
「もう、ママ! お店の中だし恥ずかしいよ!」
 俺がそう言っても母さんは「うふふ、ごめんね~」となかなか離してくれない。
 若い女性店員さんが「あらあら、とっても仲良し親子さんですね!」なんて言いながら、俺たちの様子を微笑ましそうに見ていた。

 しばらくしてやっと離してくれると、今度は俺の服を選んでくれることになり、2人で子供用の服が売っているお店へ向かう。
 父さんはというと、今夜作る料理のための食材の買い出しをしてくれている。父さんがプロの料理人である俺の家庭では、ゆっくり買い物ができる休みの日には食材の目利きができる父さんが食品の買い物をを担当する。
 母さんと俺はあまりこだわらずに買い物かごに入れるけど、父さんは違う。食材の鮮度や質を細かくチェックし、同じ価格であってもより良い物を選んで買ってくれる。
 さすがはテレビでも人気の料理人といったところだ。

 子供用の服を見ていると、いくつかの視線が気になった。お店の前でチラチラとこちらを窺う影が3つほどあった。そちらに視線を向けると若い女性が2人と中年の女性が1人、こちらを怪しまれないように窺っている。
「どうしたの? 雄飛ちゃん」
 母さんがそう聞いてくるけど、俺は
「ううん。なんでもないよ」
と言ってそのまま服選びに戻る。
 まぁ、母さんは元人気モデルだし、今でも引退を惜しむ声が多い。なにより最後の方にタレント活動をするまでは、女性向けのファッション雑誌が主戦場で、グラビアモデルやアイドルでは無かったから、男性ファンよりも女性ファンの方が元々多い。
 だからこのショッピングモールに来ている人の中には、母さんを見たことのある人がいてもまったく不思議ではない。きっと彼女たちはそういうファンの人たちだろう。人が多いところに行くと、たまにこういうことはあったから、俺も母さんもあまり気にしなくなっていた。
 ただ、今日の人たちは何というか……少し様子がおかしかった。

「雄飛ちゃん、これなんか似合うんじゃない? 可愛いと思うな♪」
 母さんが手に取ったのは、可愛らしいふんわりとしたデザインの服だ。よく見るとフード付きで、そのフードがクマの耳をしている。……俺も今年で6歳だ。さすがに子供っぽすぎる気が……。
「うん、確かに可愛いね! でも少し子供っぽくない? 僕もう、6歳だよ?」
 俺がそう言うと母さんは少し残念そうな表情を浮かべる。
「え~! 雄飛ちゃん、まだまだ可愛いもん! 似合うと思うけどな~」
 母さんはそう言ってその服を俺の体に当てて、鏡の前に立つ。……まぁ、否定はしないけど。でもさすがにこれで来年小学校に通うのは恥ずかしいし……。

「あ、これなんてどうかな? ちょっと大人っぽくて雄飛ちゃんに似合いそう♪」
 今度は少し男の子っぽい服を選んでくれる母さん。うん、やっぱり元モデルなだけあって、ファッションセンスは抜群だ。
「うわぁ! それ、いいなぁ!」
 俺がそう答えると母さんは嬉しそうに笑う。一通り服を買い終えた後、俺たちは父さんが待っている食料品売り場へと向かうことにした。

 そして食料品売り場へ向かう途中……母さんが急に立ち止まった。
「ママ?」
 俺が不思議に思い、手を繋いでいる母さんを見上げる。母さんは俺に向かって微笑むと、ゆっくりと振り返った。
「うちの子に何か用ですか?」
 静かに相手を刺激しないように、だけど毅然とした口調でそう問いかける母さん。その視線の先にはさっき俺が見ていた女性3人組が居た。
「い、いいえ。ちょっと可愛い子供がいるから、ついつい近くで見たくなっただけなのよ。怖がらせる気はなかったの、ごめんなさい!」
 さっきまでボーッとしていたような中年の女性が、我に返ったように頭を下げる。
「あ、あれ? わ、私いったい……。すみません、こんなストーカーみたいなことして……」
 もう1人の若い女性も同じように、自分自身に戸惑うように謝罪する。
 母さんはそれでも厳しい顔を崩そうとしない。3人目が未だに何も言わないからだ。

「ほら、あなたも謝った方がいいですよ?」
 若い女性がもう1人の若い女性に謝るように言う。口調やお互いに対する距離感からして、この3人は顔見知りではないようだ。……すると、3人目の女性は息を荒くしながら言う。
「い、一回だけ! 一回だけでいいから、息子さんと写真を撮らせてくれませんか? そうしたらもう2度と近づかないから! お願いします!」
 その女性はそう言って頭を下げる。母さんはそんな女性に対して言った。
「えっと、息子を褒めてもらえるのは嬉しいんですが、お断りします」
 母さんがそう言うと、中年の女性が慌てたように言った。
「そ、そこをなんとかお願いできませんか?」
 なぜ、そうも必死になるのかと思う程、その若い女性は昂っていた。母さんは頑として、許可しなかった。見兼ねた中年の女性が肩を強く掴むと、3人目の女性は目を泳がせた。

「……あ、あれ? ご、ごめんなさい! 自分でもどうしてこんなお願いをしたのかはわからなくて!」
 先ほどまでと人が変わったように取り乱す女性。その様子に俺も、母さんも理解が追いつかない。
 中年の女性が頭を下げると、他の2人も同じようにお辞儀をする。そしてそのまま別々にショッピングモールを出て行った。俺たちはその様子を呆然と眺めているしかなかった。
 母さん目当てだと思っていた3人の女性は、俺目当てだった? そんなこと今まではなかった。すれちがった人に可愛いと褒められることはあったけど、まるでファンのように付きまとわれることなんてなかった。

 以前俺を誘拐しようとしたおばさんが言っていた「突発的に誘拐したい衝動に駆られた」という言葉を思い出す。
 とても嫌な予感がした。あの件と今回の件は、関係ないと頭で否定しても、どうしても結びつけてしまう。
 母さんも同じだったようで、俺の手を強く握りしめる。
「大丈夫だよ、雄飛ちゃん。絶対にパパとママが守るから」
 そう言って笑う母さんの目には、決意の光が見えた気がした。

 俺は不安な気持ちを胸に抱きながら母さんと手を繋いで食料品売り場へと向かった。食材をほとんど選び終えた父さんに、母さんは先ほどの件を伝える。
「わかった。俺が必ず2人を守るから、安心してくれ」
 父さんはそう言うと、力強くうなずく。そして俺に向かって言った。
「雄飛、お前は俺が絶対に守るからな。何があっても、どんな時でも」
 父さんはそう言って俺の頭を撫でてくれた。
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