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第4話 マチケン
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奥村は毎日のようにテレビ局に顔を出していた。人気番組のスタッフたちに顔を覚えてもらうという狙いもあったが、なにより、その目的は町田だった。来る日も来る日も町田を尾行し、そのプライベートを根掘り葉掘り研究し続けた。さらに奥村は、町田の事務所にも顔を出すようにした。番組出演で稼いだギャラをマチケンへの差し入れに費やし、どんどん懐に入っていった。その行為が実を結び、ある日、町田から飲み会に誘われ、共に居酒屋へと向かうことになった。
飲み会の席は奥村が用意することになった。奥村は気心が知れた居酒屋を選びたかった。そのため、自らが働いている【銀杏】に向かうことになった。大将はどんな顔をするだろうか?まさか一端のモノマネ芸人である自分がマチケンほどの大物を伴ってやってきたら驚くに違いない。そんな想像を膨らませながら奥村と町田は、TV局の出口で待つハイヤーに乗り込んだ。
「タケちゃん、最近調子いいじゃない」差し入れのおかげだろうか。町田は奥村のことを‘‘タケちゃん’’と呼ぶようになっていた。親しみを込めて呼んでくれるのは嬉しい限りだ。ギャラを費やし、バカ高い菓子折りや酒を持ち込んだ甲斐があったというものだ。
「いやぁ、これもマチケンさんのおかげでした。モノマネをさせてもらってから客の反応が良くて」やや恐縮気味に応えた。
「そうか、タケちゃんは俺の真似をしてるんだったな。どれ、一つやってみ」町田からの思わぬリクエストにたじろいでしまったが、【銀杏】へと向かうハイヤーの中で揺られながら、奥村はマチケンの真骨頂である甘噛みで笑わせる瞬間を真似てみた。すると町田は「俺そんなか?似ているようで似ていないな」町田の反応にシュンとしてしまう奥村。すぐさま町田は「嘘だよ、嘘。うまいもんじゃないか」と屈託のない笑顔で奥村をほめたたえた。
そんなことをしている間に、ハイヤーは居酒屋【銀杏】へと到着した。「ここか?」町田が窓の外を覗いた。
「えぇ…実はここ、僕がバイトしている居酒屋なんです。店内はごちゃごちゃしてるんですが、めちゃくちゃ大将も気前が良いですし、酒も上手いんです」
「大将気前イイの?じゃあ、今日はただ酒が飲めるってわけだ!ハハハハハッ」出た。これがマチケンの芸の一つである大ぶりなボケである。このボケはマチケンにしかできないのではないか。周囲が失笑している中で立ちすくむマチケンの姿が面白くて、逆に受けるという、なんとも高難度な芸なのだ。これもマチケンのキャラクター性があってこそ発揮できる笑いなのだ。自分には到底できないなと考えている間に、町田はすたすたと居酒屋の方に歩を進めていた。
ガラガラ……【銀杏】の引き戸を引くと、いつもと変わらない風景が広がっていた。最近では、‘‘本業’’が上手くいっているため、バイトに顔を出せていない。
「いらっしゃい!おお、タケちゃんか!久しぶりだな。なんだ、もうテレビ出れなくなったか?」大将お得意の冗談で和ませられた奥村は、傍らにいる町田を紹介した。
「今日は客として来たんすよ。マチケンさんです」
「あのマチケン?タケちゃんも随分と出世したもんだな。マチケンと酒飲めるほどになったのか!」大将が町田に握手を求めた。
「こいつがいつも世話になってます」まるで肉親であるかのように奥村を気づかう大将に町田は言った。「うまい酒、入ってます?」
店の奥の座敷でひたすら酒を飲み続けた町田はすでに出来上がっていた。【黒霧島】のボトルを飲み干した町田の舌は回っておらず、普段にも増して甘噛みが多くなった。
「タケちゃん、これだけは言わしてくれ」
「何スカ?」
「俺はお前が俺の後継者になると思ってる!」酔っ払いのたわごとだということはわかっているものの、長年、地の底に埋もれていた苦労人である奥村にとっては、これ以上ない言葉だった。
「ありがとうございます」
「そのためにな、重要なことはたった一つだけだ。なんだと思う?」
「重要なこと?さあ…どういうことですか」
「お笑いをやっていくうえで最も大切なことは、誰か一人を笑わせることを意識することだ」
「誰か一人?」
「そうだ。人間なんてものはみんなに気に入られようとしても絶対に無理なんだ。絶対にお前を嫌う者も、よく思わない者も出てくる。だったら、ほんの一握り、いや本当に笑わせたい人に笑ってもらえる芸を身に着けるべし…」
「そうやって、町田さんはここまで来たんですか?」そう奥村は尋ねたが、返事が帰ってくることはなかった。町田はすでに畳の上に寝転がり、すやすやと夢の中だったのだ。
奥村は泥酔した町田を自宅に送り届けるため、大将にタクシーを呼んでもらった。梃子でも動かない町田を抱きかかえタクシーに乗せ、自らも乗り込んだ後、奥村は町田の自宅住所を伝えた。ストーキングしていたことが役に立ったなと考えると、思わず笑みがこぼれた。自宅へと向かう道中、大いびきをかく町田を横目に奥村は、ずっとさっきの言葉を頭の中で反芻していた。
「誰か一人を笑わせる」たった一人を笑わせることを意識するだけで、本当にお笑い界のトップになれるのだろうか。はなはだ疑問である。あのマチケンが言うのだから、おそらくは事実なのだろう。しかしながら、底辺芸人の奥村にとっては未だ信じ切ることができない言葉でもあった。
そうこうしているうちに、目的地へと到着した。オートロック付きの高層マンション。ここに町田は住んでいる。
部屋に向かうためには、入り口でカードキーを通さなければならないようだ。
「町田さん…起きてくださいよ…家に着きましたよ」町田のスーツのポケットを手探りで探してみると、カードキーらしきものがあった。
「これか?」奥村はドラマでよく見るリッチな登場人物がやるように、カードキーをスッと機械に通した。
「ドアが開きます」
「マジか」奥村は町田に肩を貸しながら、カードキーに記された部屋があるであろう34階へと向かった。
「部屋番号は‘‘343’’か…あった」343号室の前で町田を壁にもたれかけさせた。「チャランッ!」町田のポケットから何かが落ちた。奥村は床に落ちた丸い小さな球体を手に取る。パチンコ玉だ。
「どこから落ちてきた?マチケンさんのポケット…この人、大御所になってもパチンコ屋に行ってるのか」思わず口に出てしまった言葉をまずいと思った。奥村は町田の表情を伺った。良かった。まだ眠っているようだ。こんなことを聞かれてしまったら、せっかく築いてきた信頼関係が揺らいでしまう。それにしても、金持ちになったからと言って、根っからのギャンブル癖というのは抜けないものなのだな。そんなことを思いながら、奥村はカードキーをドアノブの上に差し込んだ。
ドアが開くと、そこには町田の‘‘漢の城’’が広がっていた。玄関を抜けた最初の部屋は、だだっ広いリビングだ。軽く30畳ぐらいはありそうだ。町田は独身のため、ここに一人で住んでいる。壁には100インチはあるであろう大型テレビに、世界中でロケをしてきたことを証明する様々な仏像やお守りのようなものがわんさか掛けてあり、しまいには町田の最大の趣味である酒(とりわけ日本酒)の瓶がズラッと壁伝いに並べられていた。どれも高そうなものばかりだ。
奥村は町田をリビングの中心に据えられたL字型のソファの上に寝かせた。
「さあ家に着きましたよ。カギはここに置いておきますね」奥村はカギをソファ前のローテーブルの上に置き、この家から立ち去ろうとした。しかし、奥村のモノマネ芸人としての血が騒ぎ始める。待てよ。こんなチャンスは二度とない。今なら大御所芸人マチケンの部屋や私物を見放題じゃないか。もしかしたら、何個か私物をいただいてもわからないかもしれない。これは次の舞台で役に立つぞ、と。
奥村はまず自らのスマホをポケットから取り出し、リビングの写真を撮った。あらゆる家具や酒、DVDのコレクション、壁にかけられたお守りなどを細部まで漏らすことなく写真に収めた。ハッキリ言って決して趣味が良いとは言えず、世界中の宗教的なものが飾られた部屋は、今にも神様同士が喧嘩を始めそうな状況だった。しかし成功している人間がこのような部屋に住んでいるのであれば、あながち間違ったレイアウトではないのかもしれない。
続いて奥村は町田の書斎と思われる部屋へと足を踏み入れた。リビングにも増して、こちらはより一層不気味且つカオス的な光景の広がる部屋であった。電気は机上に置かれた読書灯のような小さなものだけで、6畳ほどの部屋にはあまりにも小さすぎる。床にはレンタルショップで借りてきたであろうDVDが散乱している。よく見てみると、そのほとんどがアダルトビデオだった。
町田は恐らく日本で最も有名なお笑い芸人の一人であるが、なぜか女が寄ってこないことでも有名だった。噂によると、私生活におけるだらしなさが原因ではないかとされている。奥村は床に転がったアダルトビデオの合間を抜き足差し足で歩きながら、知り合いのディレクターから聞いた話を思い出していた。そんなことはどうでもいい。何か、モノマネ芸のプラスになるようなものを見つけなければ。奥村は書斎の端の方に位置する机の上をチェックした。ネタ帳、老眼鏡、タブレット、日本酒の空き瓶、それを注いだとされるバカラと思しきグラスらと共に、一冊のノートを見つけた。中を開いてみる。「なぜ俺はこんなにも君を想うのだろうか?」という文字と共に、花の模写が記されたページが目に飛び込んできた。思わず笑いそうになってしまったが、これはどうやら町田の日記帳のようだ。
毎日のように仕事に明け暮れる町田が現場でどのように感じたか、共演者についてどう思うか、そして、思いを寄せている女性への気持ちが赤裸々に綴られている。これはしてやったりだ。しかしこれを持ち帰ってしまったら、さすがの町田でも気が付くだろう。奥村はページごとにひたすら写真を撮った。パシャ!パシャ!パシャ!書斎の扉を閉め、さてお暇するかとリビングに向かうと、ソファの上で町田が目を覚ましていた。
「おお、タケちゃん。つい酔っぱらっちまったよ。タケちゃんが家まで送ってくれたのか?」
「……はい!大変でしたよ。町田さんを抱きかかえてここまで来るのは…」
「しかし、よく家が分かったな…」ビクッとした。まさか自分がマチケンさんをストーキングしてたからですとも言えない。何と答えたら良いか。そう思っているとマチケンが口を開いた。
「まっ、みんな知ってるだろ?俺の家なんて。ネットに出てるしな」まだ眠気眼の町田はしっかり頭が回っていないらしい。深く詮索されずに済んで奥村はホッとした。ひとまず、町田の酔いがさめる前に一刻も早く、ここから退散した方が良さそうだ。
「それじゃあ、失礼させていただきます」
「おぉ…」再び町田はウトウトし始め、ソファに頭を預けた。奥村もソソクサと玄関に向かい、町田の部屋の外へと逃げるように歩を進めた。
飲み会の席は奥村が用意することになった。奥村は気心が知れた居酒屋を選びたかった。そのため、自らが働いている【銀杏】に向かうことになった。大将はどんな顔をするだろうか?まさか一端のモノマネ芸人である自分がマチケンほどの大物を伴ってやってきたら驚くに違いない。そんな想像を膨らませながら奥村と町田は、TV局の出口で待つハイヤーに乗り込んだ。
「タケちゃん、最近調子いいじゃない」差し入れのおかげだろうか。町田は奥村のことを‘‘タケちゃん’’と呼ぶようになっていた。親しみを込めて呼んでくれるのは嬉しい限りだ。ギャラを費やし、バカ高い菓子折りや酒を持ち込んだ甲斐があったというものだ。
「いやぁ、これもマチケンさんのおかげでした。モノマネをさせてもらってから客の反応が良くて」やや恐縮気味に応えた。
「そうか、タケちゃんは俺の真似をしてるんだったな。どれ、一つやってみ」町田からの思わぬリクエストにたじろいでしまったが、【銀杏】へと向かうハイヤーの中で揺られながら、奥村はマチケンの真骨頂である甘噛みで笑わせる瞬間を真似てみた。すると町田は「俺そんなか?似ているようで似ていないな」町田の反応にシュンとしてしまう奥村。すぐさま町田は「嘘だよ、嘘。うまいもんじゃないか」と屈託のない笑顔で奥村をほめたたえた。
そんなことをしている間に、ハイヤーは居酒屋【銀杏】へと到着した。「ここか?」町田が窓の外を覗いた。
「えぇ…実はここ、僕がバイトしている居酒屋なんです。店内はごちゃごちゃしてるんですが、めちゃくちゃ大将も気前が良いですし、酒も上手いんです」
「大将気前イイの?じゃあ、今日はただ酒が飲めるってわけだ!ハハハハハッ」出た。これがマチケンの芸の一つである大ぶりなボケである。このボケはマチケンにしかできないのではないか。周囲が失笑している中で立ちすくむマチケンの姿が面白くて、逆に受けるという、なんとも高難度な芸なのだ。これもマチケンのキャラクター性があってこそ発揮できる笑いなのだ。自分には到底できないなと考えている間に、町田はすたすたと居酒屋の方に歩を進めていた。
ガラガラ……【銀杏】の引き戸を引くと、いつもと変わらない風景が広がっていた。最近では、‘‘本業’’が上手くいっているため、バイトに顔を出せていない。
「いらっしゃい!おお、タケちゃんか!久しぶりだな。なんだ、もうテレビ出れなくなったか?」大将お得意の冗談で和ませられた奥村は、傍らにいる町田を紹介した。
「今日は客として来たんすよ。マチケンさんです」
「あのマチケン?タケちゃんも随分と出世したもんだな。マチケンと酒飲めるほどになったのか!」大将が町田に握手を求めた。
「こいつがいつも世話になってます」まるで肉親であるかのように奥村を気づかう大将に町田は言った。「うまい酒、入ってます?」
店の奥の座敷でひたすら酒を飲み続けた町田はすでに出来上がっていた。【黒霧島】のボトルを飲み干した町田の舌は回っておらず、普段にも増して甘噛みが多くなった。
「タケちゃん、これだけは言わしてくれ」
「何スカ?」
「俺はお前が俺の後継者になると思ってる!」酔っ払いのたわごとだということはわかっているものの、長年、地の底に埋もれていた苦労人である奥村にとっては、これ以上ない言葉だった。
「ありがとうございます」
「そのためにな、重要なことはたった一つだけだ。なんだと思う?」
「重要なこと?さあ…どういうことですか」
「お笑いをやっていくうえで最も大切なことは、誰か一人を笑わせることを意識することだ」
「誰か一人?」
「そうだ。人間なんてものはみんなに気に入られようとしても絶対に無理なんだ。絶対にお前を嫌う者も、よく思わない者も出てくる。だったら、ほんの一握り、いや本当に笑わせたい人に笑ってもらえる芸を身に着けるべし…」
「そうやって、町田さんはここまで来たんですか?」そう奥村は尋ねたが、返事が帰ってくることはなかった。町田はすでに畳の上に寝転がり、すやすやと夢の中だったのだ。
奥村は泥酔した町田を自宅に送り届けるため、大将にタクシーを呼んでもらった。梃子でも動かない町田を抱きかかえタクシーに乗せ、自らも乗り込んだ後、奥村は町田の自宅住所を伝えた。ストーキングしていたことが役に立ったなと考えると、思わず笑みがこぼれた。自宅へと向かう道中、大いびきをかく町田を横目に奥村は、ずっとさっきの言葉を頭の中で反芻していた。
「誰か一人を笑わせる」たった一人を笑わせることを意識するだけで、本当にお笑い界のトップになれるのだろうか。はなはだ疑問である。あのマチケンが言うのだから、おそらくは事実なのだろう。しかしながら、底辺芸人の奥村にとっては未だ信じ切ることができない言葉でもあった。
そうこうしているうちに、目的地へと到着した。オートロック付きの高層マンション。ここに町田は住んでいる。
部屋に向かうためには、入り口でカードキーを通さなければならないようだ。
「町田さん…起きてくださいよ…家に着きましたよ」町田のスーツのポケットを手探りで探してみると、カードキーらしきものがあった。
「これか?」奥村はドラマでよく見るリッチな登場人物がやるように、カードキーをスッと機械に通した。
「ドアが開きます」
「マジか」奥村は町田に肩を貸しながら、カードキーに記された部屋があるであろう34階へと向かった。
「部屋番号は‘‘343’’か…あった」343号室の前で町田を壁にもたれかけさせた。「チャランッ!」町田のポケットから何かが落ちた。奥村は床に落ちた丸い小さな球体を手に取る。パチンコ玉だ。
「どこから落ちてきた?マチケンさんのポケット…この人、大御所になってもパチンコ屋に行ってるのか」思わず口に出てしまった言葉をまずいと思った。奥村は町田の表情を伺った。良かった。まだ眠っているようだ。こんなことを聞かれてしまったら、せっかく築いてきた信頼関係が揺らいでしまう。それにしても、金持ちになったからと言って、根っからのギャンブル癖というのは抜けないものなのだな。そんなことを思いながら、奥村はカードキーをドアノブの上に差し込んだ。
ドアが開くと、そこには町田の‘‘漢の城’’が広がっていた。玄関を抜けた最初の部屋は、だだっ広いリビングだ。軽く30畳ぐらいはありそうだ。町田は独身のため、ここに一人で住んでいる。壁には100インチはあるであろう大型テレビに、世界中でロケをしてきたことを証明する様々な仏像やお守りのようなものがわんさか掛けてあり、しまいには町田の最大の趣味である酒(とりわけ日本酒)の瓶がズラッと壁伝いに並べられていた。どれも高そうなものばかりだ。
奥村は町田をリビングの中心に据えられたL字型のソファの上に寝かせた。
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奥村はまず自らのスマホをポケットから取り出し、リビングの写真を撮った。あらゆる家具や酒、DVDのコレクション、壁にかけられたお守りなどを細部まで漏らすことなく写真に収めた。ハッキリ言って決して趣味が良いとは言えず、世界中の宗教的なものが飾られた部屋は、今にも神様同士が喧嘩を始めそうな状況だった。しかし成功している人間がこのような部屋に住んでいるのであれば、あながち間違ったレイアウトではないのかもしれない。
続いて奥村は町田の書斎と思われる部屋へと足を踏み入れた。リビングにも増して、こちらはより一層不気味且つカオス的な光景の広がる部屋であった。電気は机上に置かれた読書灯のような小さなものだけで、6畳ほどの部屋にはあまりにも小さすぎる。床にはレンタルショップで借りてきたであろうDVDが散乱している。よく見てみると、そのほとんどがアダルトビデオだった。
町田は恐らく日本で最も有名なお笑い芸人の一人であるが、なぜか女が寄ってこないことでも有名だった。噂によると、私生活におけるだらしなさが原因ではないかとされている。奥村は床に転がったアダルトビデオの合間を抜き足差し足で歩きながら、知り合いのディレクターから聞いた話を思い出していた。そんなことはどうでもいい。何か、モノマネ芸のプラスになるようなものを見つけなければ。奥村は書斎の端の方に位置する机の上をチェックした。ネタ帳、老眼鏡、タブレット、日本酒の空き瓶、それを注いだとされるバカラと思しきグラスらと共に、一冊のノートを見つけた。中を開いてみる。「なぜ俺はこんなにも君を想うのだろうか?」という文字と共に、花の模写が記されたページが目に飛び込んできた。思わず笑いそうになってしまったが、これはどうやら町田の日記帳のようだ。
毎日のように仕事に明け暮れる町田が現場でどのように感じたか、共演者についてどう思うか、そして、思いを寄せている女性への気持ちが赤裸々に綴られている。これはしてやったりだ。しかしこれを持ち帰ってしまったら、さすがの町田でも気が付くだろう。奥村はページごとにひたすら写真を撮った。パシャ!パシャ!パシャ!書斎の扉を閉め、さてお暇するかとリビングに向かうと、ソファの上で町田が目を覚ましていた。
「おお、タケちゃん。つい酔っぱらっちまったよ。タケちゃんが家まで送ってくれたのか?」
「……はい!大変でしたよ。町田さんを抱きかかえてここまで来るのは…」
「しかし、よく家が分かったな…」ビクッとした。まさか自分がマチケンさんをストーキングしてたからですとも言えない。何と答えたら良いか。そう思っているとマチケンが口を開いた。
「まっ、みんな知ってるだろ?俺の家なんて。ネットに出てるしな」まだ眠気眼の町田はしっかり頭が回っていないらしい。深く詮索されずに済んで奥村はホッとした。ひとまず、町田の酔いがさめる前に一刻も早く、ここから退散した方が良さそうだ。
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