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いないいないばあ
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いないいない…ばあ。
その遊びをしている時に‘‘ソイツ’’はやってくる。
「いないいない」と手で顔を覆い、「ばあ」という掛け声と共に、まるで仮面が剥がれ落ちるように‘‘ソイツ’’が目の前に現れる。
いつも笑顔で、優しく、とても可愛がってくれていたのに、「いないいない…」というその言葉一つで人格が変わってしまったかのように、ワタシを傷つける。
‘‘ソイツ’’の記憶として残っている最初の記憶は、まだ幼い頃のことだ。
おぼろげではあるが、ベビーメリーがくるくると回る眼前に、忽然と掌で顔を覆った大人が現れた。
いないいない…ばあ。
あまりの恐怖からトラウマのように脳裏に焼き付いている。
とても人間とは思えない。悪魔のような吊り上がった目、むき出しになった牙のような歯…笑っているのか、怒っているのかさえ分からない‘‘ソイツ’’に腕を掴まれ、壮絶な痛みを覚えた。
これが‘‘ソイツ’’とワタシの最初の出会いだ。
いないいない…
いないいない…ばあ。
これは本来ならば子供をあやすための遊びだ。そう、遊びなのだ。
だが、ワタシにとってこの言葉を聞くことは地獄の始まりを意味し、決して楽しい時間が始まることを示唆するものではないのだ。
成長するにつれて、‘‘ソイツ’’に付けられたキズアトを隠すことに必死になった。
学校では常に長袖、長ズボン。腕や足についた目に見えるキズアトを隠すことに必死だった。
いないいない…ばあ。
ワタシが幼稚園、小学生と成長していくにつれて‘‘ソイツ’’の力の強大さに絶望を憶えるようになった。
ワタシは父と母と3人で暮らしていたが、時折現れる‘‘ソイツ’’は家族の関係さえも崩壊させた。
ワタシの前に‘‘ソイツ’’がいない時は、お茶の間の方で父と母の怒号が飛び交っており、ワタシは毎夜のごとく耳をふさぎながら床に就いていた。
そして、怒号が鳴りやむと、‘‘ソイツ’’はワタシの元に再びやってくる。
いないいない…
いないいない…ばあ。
ワタシの人生から切っても切り離せない‘‘ソイツ’’は、外側だけでなく、ワタシの内面にまで大きなキズアトを残した。
怒号が飛び交う家の中で静かに眠ることができなかったワタシはきっとイライラしていたのだろう。
ある日、学校でクラスメイトに対して癇癪を起し、先生から注意を受けるといったことがあった。
いないいない…ばあ。
授業と授業の合間のことだ。‘‘ソイツ’’がいない時は絶対に聞きたくない言葉が教室の中に鳴り響いた。
ワタシは恐怖におののいた。
そこからの記憶は全くなく、気づいたときにはガラスが割られ、壁中に貼られていた給食の献立や連絡事項がビリビリに破られ、そこかしこに散らばっている教室に立ちすくんでいる最中だった。
その日、両親が学校に呼ばれた。
ワタシがいかにしてグチャグチャの教室を作り上げたのか、その一部始終を先生は父と母に説明した。
帰りの道中、車の中で両親は決してワタシを叱るようなことをしなかった。
それは、もしかしたら‘‘ソイツ’’の存在に気づいていたからなのかもしれない。
いないいない…
いないいない…ばあ。
最後にその言葉を聞いたとき、一時の安息がもたらされることになる。
その時、ワタシは12歳だった。
来る日も来る日も‘‘ソイツ’’にキズアトを負わされ、もはや日常の出来事として、そういったことを受け入れずにはいられなかった。
自宅には必ず‘‘ソイツ’’がいる。しかしながら、いつ来るのかはわからない。‘‘ソイツ’’の「いないいないばあ」は気まぐれなのだ。
いないいない…ばあ。
今日もその時間が来た。優しい笑顔の仮面をかぶった‘‘ソイツ’’が、「ばあ」の一言で仮面が剥がれ落ち、悪魔へと変貌を遂げる。
そして、ワタシの肌に爪を立てる。
この時間は耐えるしかない。こちらが抵抗しても無駄だということは知っている。
たかだか12歳の子供では到底太刀打ちできないからだ。
いないいない…ばあ。
その日も‘‘ソイツ’’の遊びに耐えたワタシはいつものように床に就き、父と母の怒号から耳を覆うように枕を身元に押し付けた。
しかし、今日の喧嘩はいつもと違う。
時間が経つにつれて、食器が割れる音や壁を叩く音が絶え間なく鳴り響き、収まるどころか、どんどん激しさが増していった。
その最中に、鼓膜が破れるかと思うほどの悲鳴を耳にした。
さすがに、ただ事ではないと思ったワタシはお茶の間に足を踏み入れた。
すると、そこには血だらけで倒れた‘‘ソイツ’’の姿があった。
さっきの悲鳴は‘‘ソイツ’’の断末魔の叫びだったのだろう。
首元を掻っ切られた‘‘ソイツ’’が膝をつきうつぶせに倒れ、惨めにも起き上がることができないことをワタシに証明していた。
‘‘ソイツ’’の死を目撃したワタシは笑顔だった。
この日、地獄のような人生は幕を閉じ、光り輝く幸せな未来が待っているのだ。
そう思うと、ワタシは笑いをこらえることができなかった。
いないいない…
いないいない……ばあ。
幸せな日々は突然終わりを告げる。そういうものだ。
‘‘ソイツ’’がワタシに残したキズアトは予想以上に深いものだった。
結婚し、愛する我が子にも恵まれたワタシは、ひょんなことから、子供に「いないいないばあ」をすることになった。
もちろん、‘‘ソイツ’’がもたらしたトラウマから「いないいないばあ」という言葉を発したことも、その遊び自体も、これまでの人生でしたことはない。
そんなワタシが人生で初めて、トラウマである「いないいないばあ」を唱える時が来た。
いないいない……ばあ。
子供は満面の笑みを浮かべているが、ワタシは並々ならぬ恐怖を覚えた。
目の前に‘‘ソイツ’’がいたのだ。そして、今度は我が子に爪を立てようとしている。
何とか止めようともがくが、どうしても動くことはできない。
大人になったからといって‘‘ソイツ’’に立ち向かうことはできない。
ワタシは絶望した。まさか、愛する我が子にまでワタシと同じ人生を歩ませるのか、と。
それでも‘‘ソイツ’’の悪魔のような笑みは、ワタシの方に向けられている。
この状況を打破する手段は決してないからだ。
いないいない……いないいない……ばあ。
その遊びをしている時に‘‘ソイツ’’はやってくる。
「いないいない」と手で顔を覆い、「ばあ」という掛け声と共に、まるで仮面が剥がれ落ちるように‘‘ソイツ’’が目の前に現れる。
いつも笑顔で、優しく、とても可愛がってくれていたのに、「いないいない…」というその言葉一つで人格が変わってしまったかのように、ワタシを傷つける。
‘‘ソイツ’’の記憶として残っている最初の記憶は、まだ幼い頃のことだ。
おぼろげではあるが、ベビーメリーがくるくると回る眼前に、忽然と掌で顔を覆った大人が現れた。
いないいない…ばあ。
あまりの恐怖からトラウマのように脳裏に焼き付いている。
とても人間とは思えない。悪魔のような吊り上がった目、むき出しになった牙のような歯…笑っているのか、怒っているのかさえ分からない‘‘ソイツ’’に腕を掴まれ、壮絶な痛みを覚えた。
これが‘‘ソイツ’’とワタシの最初の出会いだ。
いないいない…
いないいない…ばあ。
これは本来ならば子供をあやすための遊びだ。そう、遊びなのだ。
だが、ワタシにとってこの言葉を聞くことは地獄の始まりを意味し、決して楽しい時間が始まることを示唆するものではないのだ。
成長するにつれて、‘‘ソイツ’’に付けられたキズアトを隠すことに必死になった。
学校では常に長袖、長ズボン。腕や足についた目に見えるキズアトを隠すことに必死だった。
いないいない…ばあ。
ワタシが幼稚園、小学生と成長していくにつれて‘‘ソイツ’’の力の強大さに絶望を憶えるようになった。
ワタシは父と母と3人で暮らしていたが、時折現れる‘‘ソイツ’’は家族の関係さえも崩壊させた。
ワタシの前に‘‘ソイツ’’がいない時は、お茶の間の方で父と母の怒号が飛び交っており、ワタシは毎夜のごとく耳をふさぎながら床に就いていた。
そして、怒号が鳴りやむと、‘‘ソイツ’’はワタシの元に再びやってくる。
いないいない…
いないいない…ばあ。
ワタシの人生から切っても切り離せない‘‘ソイツ’’は、外側だけでなく、ワタシの内面にまで大きなキズアトを残した。
怒号が飛び交う家の中で静かに眠ることができなかったワタシはきっとイライラしていたのだろう。
ある日、学校でクラスメイトに対して癇癪を起し、先生から注意を受けるといったことがあった。
いないいない…ばあ。
授業と授業の合間のことだ。‘‘ソイツ’’がいない時は絶対に聞きたくない言葉が教室の中に鳴り響いた。
ワタシは恐怖におののいた。
そこからの記憶は全くなく、気づいたときにはガラスが割られ、壁中に貼られていた給食の献立や連絡事項がビリビリに破られ、そこかしこに散らばっている教室に立ちすくんでいる最中だった。
その日、両親が学校に呼ばれた。
ワタシがいかにしてグチャグチャの教室を作り上げたのか、その一部始終を先生は父と母に説明した。
帰りの道中、車の中で両親は決してワタシを叱るようなことをしなかった。
それは、もしかしたら‘‘ソイツ’’の存在に気づいていたからなのかもしれない。
いないいない…
いないいない…ばあ。
最後にその言葉を聞いたとき、一時の安息がもたらされることになる。
その時、ワタシは12歳だった。
来る日も来る日も‘‘ソイツ’’にキズアトを負わされ、もはや日常の出来事として、そういったことを受け入れずにはいられなかった。
自宅には必ず‘‘ソイツ’’がいる。しかしながら、いつ来るのかはわからない。‘‘ソイツ’’の「いないいないばあ」は気まぐれなのだ。
いないいない…ばあ。
今日もその時間が来た。優しい笑顔の仮面をかぶった‘‘ソイツ’’が、「ばあ」の一言で仮面が剥がれ落ち、悪魔へと変貌を遂げる。
そして、ワタシの肌に爪を立てる。
この時間は耐えるしかない。こちらが抵抗しても無駄だということは知っている。
たかだか12歳の子供では到底太刀打ちできないからだ。
いないいない…ばあ。
その日も‘‘ソイツ’’の遊びに耐えたワタシはいつものように床に就き、父と母の怒号から耳を覆うように枕を身元に押し付けた。
しかし、今日の喧嘩はいつもと違う。
時間が経つにつれて、食器が割れる音や壁を叩く音が絶え間なく鳴り響き、収まるどころか、どんどん激しさが増していった。
その最中に、鼓膜が破れるかと思うほどの悲鳴を耳にした。
さすがに、ただ事ではないと思ったワタシはお茶の間に足を踏み入れた。
すると、そこには血だらけで倒れた‘‘ソイツ’’の姿があった。
さっきの悲鳴は‘‘ソイツ’’の断末魔の叫びだったのだろう。
首元を掻っ切られた‘‘ソイツ’’が膝をつきうつぶせに倒れ、惨めにも起き上がることができないことをワタシに証明していた。
‘‘ソイツ’’の死を目撃したワタシは笑顔だった。
この日、地獄のような人生は幕を閉じ、光り輝く幸せな未来が待っているのだ。
そう思うと、ワタシは笑いをこらえることができなかった。
いないいない…
いないいない……ばあ。
幸せな日々は突然終わりを告げる。そういうものだ。
‘‘ソイツ’’がワタシに残したキズアトは予想以上に深いものだった。
結婚し、愛する我が子にも恵まれたワタシは、ひょんなことから、子供に「いないいないばあ」をすることになった。
もちろん、‘‘ソイツ’’がもたらしたトラウマから「いないいないばあ」という言葉を発したことも、その遊び自体も、これまでの人生でしたことはない。
そんなワタシが人生で初めて、トラウマである「いないいないばあ」を唱える時が来た。
いないいない……ばあ。
子供は満面の笑みを浮かべているが、ワタシは並々ならぬ恐怖を覚えた。
目の前に‘‘ソイツ’’がいたのだ。そして、今度は我が子に爪を立てようとしている。
何とか止めようともがくが、どうしても動くことはできない。
大人になったからといって‘‘ソイツ’’に立ち向かうことはできない。
ワタシは絶望した。まさか、愛する我が子にまでワタシと同じ人生を歩ませるのか、と。
それでも‘‘ソイツ’’の悪魔のような笑みは、ワタシの方に向けられている。
この状況を打破する手段は決してないからだ。
いないいない……いないいない……ばあ。
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