最後ノ審判

TATSUYA HIROSHIMA

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第2話「魂の行列」

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「次はあれ乗るぞ!」真田が大きな声で言った。
 ついに来た…「煉獄」だ。

「煉獄」は、全長2300mを誇る国内最大級のスーパーコースター。最高部90m以上の地点から落下角度70度で一気に落下し、まるでこの世とあの世の狭間にダイブしたような気分を味わえることから、そう名付けられた。
 確か10年ほど前に完成したアトラクションで、憂汰たちが高校生の時には、クラスメイト達がこぞって話題に挙げていた。
 憂汰は気乗りしなかった。ただでさえ絶叫系のアトラクションが苦手なのに、この「煉獄」にはある‘‘いわくめいた噂’’があったからだ。
 年に数人、この「煉獄」に乗っていた乗客が行方不明になっていると言われているのである。しかしながら、なぜかその話題はニュースなどでは取り上げられておらず、知る人ぞ知る都市伝説のような形で拡散していった。もちろん憂汰もこんな信用ならない噂は信じていなかったが、なんともまあ、恐怖心をあおられたのは言うまでもない。

「わあ、すごい行列…」マミコが最後尾に並びながら言う。待ち時間は「70分」。
 身長や体重の制限もあるようだが、少しやせ型ではあるものの人並みの体型である憂汰には関係のないことだ。
 高校の同窓会という名目で集まった憂汰を初めとした13人はこの長い列の最後尾に並び、70分間の煉獄へのカウントダウンを経験することになる。その行列はまるで浄化の時を待つ魂の行列にさえ思えた。
「ウタくんはさ、望んでた将来っていうのかな…そういう生活送ってる?」列に並んでる最中、隣に立っていた藤井さんが唐突に話しかけてきた。
「望んでた将来?僕は全然だよ。むかしはさ、ほら、絵を描いたり、何かのデザインをしたりとか、そういう仕事をしたいなと思ってたけど、実際はただ毎日、会社に通って他愛ない毎日を送るだけ。その点、藤井さんは凄いよ!だって、美術関係の仕事してるんでしょ!まさに望んでた将来じゃないか」憂汰は久しぶりに藤井と話せることがうれしくて、この同窓会にきて、初めて満面の笑みを浮かべながら答える。
 しかし、当の藤井の顔は決して明るいものではなかった。
「そんなことないよ…いろいろ納得できないこととかもあるしさ。好きなことを仕事にするって難しいね」
 そうなのか…憂汰には好きなことを仕事にするという感覚がわからず、戸惑いの表情を浮かべることしかできなかった。
「なになに?お二人さん!神妙なお面持ちで」背後からカトウが声をかけてきた。カトウとは高校の時からそこまで関わりがあったわけではない。全く持って縁のない人物だった。
「なんでもないよ、ね?」藤井に対して相槌を打ってくれることを望むような視線を向けた。そして、藤井もまたうなずいた。
 カトウは自分との間に温度差を感じ、すぐに身を引いたが、隣に立っていたサトウと、小声で「コイツ、10年たっても変わらないな」とコソコソ小声で話しているようだった。
 その時だった。前方から大きな叫び声のようなものが聴こえた。
「そんなことってある!?」この金切声に近いキンキンと耳に響く声の主は佐野だ。何やらマミコと揉めているようだ。周囲の視線を一身に集めている。
 憂汰の悪口を言っていたカトウとサトウも「なんだ?なんだ?」と肩越しに前を見つめている。
「なんで、あの時、言ってくれなかったわけ?」
「言いたかったけど、そんなこと言えるようなシチュエーションじゃなかったし」
「はあ?シチュエーションなんて関係ないわよ!友達ならその場で言うべきだし、謝るべきよ」
 2人は過去の話をしているようだが、憂汰には何の話なのか皆目見当がつかなかった。
「あまり大きな声出すなや。ほかにもお客さんいるんやから…」橋田がマミコと佐野の間に入り、2人をなだめている。その時、橋田と目が合った。
「ウタくんも手伝ってくれや」憂汰は何が起きたかわからないまま、3人の元へ歩を進めた。
「なによ、あんた!橋田も知ってたんでしょ!」佐野の怒りは全く収まるところを知らない。
「知っとったけど…仕方ないやん!」
「仕方ないじゃないわよ!」佐野は止めに入っていた橋田の腕を思いっきり振りほどいた。その振り切った腕が憂汰の顔面に直撃。憂汰はその場に倒れ込んだ。
「大丈夫か!?」橋田が憂汰に手を差し伸べる。
「ちょっとウタくんは関係ないんだから!謝りなさいよ」マミコが佐野に向かってすごんだ。
「こんなヤツ、どうでもいいじゃない。どうせ負け犬なんだから」佐野は憂汰を鬼のような形相で睨みつけ、自分よりも下等な生き物を見るような視線を向けている。
「ひどい…あんた昔からホントに高飛車で性悪の権化みたいだったけど、まったく成長してないわね」
「そうよ、それが何よ!あんたに私の何がわかるのよ!」再び喧嘩を始めようとする2人を見た憂汰は立ち上がった。
「大丈夫。どこも怪我してないから。さあ、ほら、前に進んで」
 その時、ちょうど列が動き始めた。不穏な空気を漂わせ、周囲からも怪訝な視線を向けられながら一行は前へ前へと進んでいく。
 一体、マミコと佐野は何を理由に喧嘩を始めたのだろうか?マミコが佐野に秘密にしていたことがあるのだろう。自分には知る由もない何かが…。
 憂汰はこの時、まだ気づいていなかった。この2人の喧嘩が始まった理由に、自らも関係していることを。見る見るうちに、列は前方へと進んでいく。係員が持つプラカードには待ち時間が「30分」と記されていた。

 煉獄への旅が刻々と間近に迫っていた。
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