相棒はかぶと虫

文月 青

文字の大きさ
上 下
5 / 28

8月 1

しおりを挟む
「今日も天気だ、交尾日和♪」

窓辺でかぶとが適当に口ずさんだ歌に、俺は慌てて窓を閉めた。いくら部屋が二階で、通行人に聞こえる心配がないとはいえ、そんな変な歌を大きな声で近所中に響かせないでほしい。

「かぶと虫が子孫を残せる期間は限られているんださ。命短し恋せよ乙女なんださ。大目に見るんださ」

まるで自分の交尾の相手を探しているような言い草だ。今日から八月に入り、暑さも虫の活動もまだまだ衰えそうもないのに。

「来年頑張れ」

「かぶと虫は冬眠しないんださ」

何気ない一言に首を傾げる。そうだったったけ?

「クワガタと勘違いしてるんださ」

ふーん。どちらも似たようなものなのに違うんだな。

「どうでもいいけど、また歌ったらエアコンに切り替える」

かぶとはぷーっと頬っぺたを膨らました。若いのに冷え性の気があるらしいかぶとは、エアコンの風が大の苦手。特に肩や腰に浴び続けると調子が悪くなる。だからどんなに汗をかいても必ず自然に逆らわずにいるのだ。放っておいたら今度はお産がどうとか語りだしたので、俺は諦めて窓を全開にした。

「食べるんださ」

かぶとはポケットから小さな冷たい物を数個取り出した。子供向けのミニゼリー。冷凍した物を持ってきたのか、ちょうどいい溶け具合だった。というよりポケットに直に入れてくるなよこんなもん。

「懐かしいな」

ちゅるちゅる食べている姿を見ると、何だか本当にかぶとがかぶと虫のような気がしてくる。小さい頃祖父ちゃんが捕まえたかぶと虫に、スイカやキュウリを与えていた記憶がぼんやりあるけれど、今は餌といったら昆虫ゼリーのイメージが強い。

ーーこんなやり取りをしていたせいだろうか。翌日の午前中、俺は仏間でかぶと虫を見つけた。

両親は既に出勤して留守、兄さんは外出中。祖父ちゃんはたぶん裏手にある畑だと思うが、すぐに帰ってくるつもりなのか、階下はあちこち開けっ放しだった。

だからトイレに行く途中で、仏間の前を通りかかったとき、ふと足を止めてしまったのだ。

祖母ちゃんはずっと顔を出さない俺を怒っているだろうか。

そんなことを考えつつ、大分躊躇ってから室内を覗くと、仏壇の横にある小さなテーブルに、飼育かごが乗っかっていた。

顔を近づけたら、雄のかぶと虫が同じようにじーっとこちらを眺めている。ような気がする。

「私はかぶと虫ださ」

初対面のときの台詞が蘇る。まさかかぶとじゃ…いやいやあいつはメスだし。その前に人間だし。でも今日は来てないよな。

しばしかぶと虫と視線を交わらせる。額から汗が流れたとき、いきなり後ろから肩を叩かれた。

しおりを挟む

処理中です...