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8月 1
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「今日も天気だ、交尾日和♪」
窓辺でかぶとが適当に口ずさんだ歌に、俺は慌てて窓を閉めた。いくら部屋が二階で、通行人に聞こえる心配がないとはいえ、そんな変な歌を大きな声で近所中に響かせないでほしい。
「かぶと虫が子孫を残せる期間は限られているんださ。命短し恋せよ乙女なんださ。大目に見るんださ」
まるで自分の交尾の相手を探しているような言い草だ。今日から八月に入り、暑さも虫の活動もまだまだ衰えそうもないのに。
「来年頑張れ」
「かぶと虫は冬眠しないんださ」
何気ない一言に首を傾げる。そうだったったけ?
「クワガタと勘違いしてるんださ」
ふーん。どちらも似たようなものなのに違うんだな。
「どうでもいいけど、また歌ったらエアコンに切り替える」
かぶとはぷーっと頬っぺたを膨らました。若いのに冷え性の気があるらしいかぶとは、エアコンの風が大の苦手。特に肩や腰に浴び続けると調子が悪くなる。だからどんなに汗をかいても必ず自然に逆らわずにいるのだ。放っておいたら今度はお産がどうとか語りだしたので、俺は諦めて窓を全開にした。
「食べるんださ」
かぶとはポケットから小さな冷たい物を数個取り出した。子供向けのミニゼリー。冷凍した物を持ってきたのか、ちょうどいい溶け具合だった。というよりポケットに直に入れてくるなよこんなもん。
「懐かしいな」
ちゅるちゅる食べている姿を見ると、何だか本当にかぶとがかぶと虫のような気がしてくる。小さい頃祖父ちゃんが捕まえたかぶと虫に、スイカやキュウリを与えていた記憶がぼんやりあるけれど、今は餌といったら昆虫ゼリーのイメージが強い。
ーーこんなやり取りをしていたせいだろうか。翌日の午前中、俺は仏間でかぶと虫を見つけた。
両親は既に出勤して留守、兄さんは外出中。祖父ちゃんはたぶん裏手にある畑だと思うが、すぐに帰ってくるつもりなのか、階下はあちこち開けっ放しだった。
だからトイレに行く途中で、仏間の前を通りかかったとき、ふと足を止めてしまったのだ。
祖母ちゃんはずっと顔を出さない俺を怒っているだろうか。
そんなことを考えつつ、大分躊躇ってから室内を覗くと、仏壇の横にある小さなテーブルに、飼育かごが乗っかっていた。
顔を近づけたら、雄のかぶと虫が同じようにじーっとこちらを眺めている。ような気がする。
「私はかぶと虫ださ」
初対面のときの台詞が蘇る。まさかかぶとじゃ…いやいやあいつはメスだし。その前に人間だし。でも今日は来てないよな。
しばしかぶと虫と視線を交わらせる。額から汗が流れたとき、いきなり後ろから肩を叩かれた。
窓辺でかぶとが適当に口ずさんだ歌に、俺は慌てて窓を閉めた。いくら部屋が二階で、通行人に聞こえる心配がないとはいえ、そんな変な歌を大きな声で近所中に響かせないでほしい。
「かぶと虫が子孫を残せる期間は限られているんださ。命短し恋せよ乙女なんださ。大目に見るんださ」
まるで自分の交尾の相手を探しているような言い草だ。今日から八月に入り、暑さも虫の活動もまだまだ衰えそうもないのに。
「来年頑張れ」
「かぶと虫は冬眠しないんださ」
何気ない一言に首を傾げる。そうだったったけ?
「クワガタと勘違いしてるんださ」
ふーん。どちらも似たようなものなのに違うんだな。
「どうでもいいけど、また歌ったらエアコンに切り替える」
かぶとはぷーっと頬っぺたを膨らました。若いのに冷え性の気があるらしいかぶとは、エアコンの風が大の苦手。特に肩や腰に浴び続けると調子が悪くなる。だからどんなに汗をかいても必ず自然に逆らわずにいるのだ。放っておいたら今度はお産がどうとか語りだしたので、俺は諦めて窓を全開にした。
「食べるんださ」
かぶとはポケットから小さな冷たい物を数個取り出した。子供向けのミニゼリー。冷凍した物を持ってきたのか、ちょうどいい溶け具合だった。というよりポケットに直に入れてくるなよこんなもん。
「懐かしいな」
ちゅるちゅる食べている姿を見ると、何だか本当にかぶとがかぶと虫のような気がしてくる。小さい頃祖父ちゃんが捕まえたかぶと虫に、スイカやキュウリを与えていた記憶がぼんやりあるけれど、今は餌といったら昆虫ゼリーのイメージが強い。
ーーこんなやり取りをしていたせいだろうか。翌日の午前中、俺は仏間でかぶと虫を見つけた。
両親は既に出勤して留守、兄さんは外出中。祖父ちゃんはたぶん裏手にある畑だと思うが、すぐに帰ってくるつもりなのか、階下はあちこち開けっ放しだった。
だからトイレに行く途中で、仏間の前を通りかかったとき、ふと足を止めてしまったのだ。
祖母ちゃんはずっと顔を出さない俺を怒っているだろうか。
そんなことを考えつつ、大分躊躇ってから室内を覗くと、仏壇の横にある小さなテーブルに、飼育かごが乗っかっていた。
顔を近づけたら、雄のかぶと虫が同じようにじーっとこちらを眺めている。ような気がする。
「私はかぶと虫ださ」
初対面のときの台詞が蘇る。まさかかぶとじゃ…いやいやあいつはメスだし。その前に人間だし。でも今日は来てないよな。
しばしかぶと虫と視線を交わらせる。額から汗が流れたとき、いきなり後ろから肩を叩かれた。
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