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結婚して一ヶ月が過ぎた。お互い仕事があってゆっくり向き合う機会が少ないせいか、これといった揉め事もなく無事に毎日を送っている。もっとも夜だけは千賀さんが寝室、私がリビングで休むことが定着したが、どちらもそれに異議を唱えてはいない。
「やるじゃん、彩華」
リビングからわっと歓声が上がった。十一月半ばの土曜日の夜、千賀さんの同僚が我が家を訪れていた。新婚夫婦を冷やかすのが目的らしいが、うちにはラブラブな要素は皆無なので、彩華と上原さんが一緒で正直助かっていた。
「これ、美味いわ」
「でしょう!」
出来上がった料理を運んだ彩華に、賞賛の声が次々に寄せられる。辞めてもこんなにもてはやされるなら、在職中はどれだけ人気があったのだろう。上原さんも気が気じゃなかったに違いない。
「で、奥さんの手料理は?」
追加のお酒を持ってリビングに現れた私に、同僚の一人が笑顔で訊ねた。
「あ、えっと、私は……」
一応料理を作ったのはほぼ私なのだが、ここでそれを暴露したら以前の同僚を前に彩華の立場がない。
「この料理は全部」
冗談のつもりだったのだろう。私は本当のことを話そうとする彩華を遮った。
「私料理が苦手で……。ごめんなさい」
小声で頭を下げると、リビングが一気に静まり返った。私と彩華を除いた総勢十名の男性陣の視線が痛くて、私は空いたお皿を抱えてキッチンに戻った。
「いくら苦手だからって、全部彩華にやらせるか? 旦那の同僚をもてなす気、全然ないんだな」
「しかも地味だし暗いし」
ぼそりと呟かれた台詞が、背中に深々と突き刺さる。堪えていないと言えば嘘になるが、私は元々彼らと知り合いではないし、今後も頻繁に関わることもない。
「千賀は何であんな女と結婚したんだよ?」
強めに水を出してお皿を洗う。それは私が一番聞きたいことだ。こんなときでもフォローするでなく、同僚に肯定の姿勢を取る千賀さんが、私には一番辛い。
残りの料理も全て出し終え、盛り上がるリビングを窺いながら洗い物に徹していると、上原さんが空いたグラスを下げてきてくれた。この家では聞いたことがない、千賀さんの笑い声が室内に響いている。
「ごめんね、灯里ちゃん」
グラスを受け取った私に、上原さんが申し訳なさそうに謝った。手元にあった布巾を持ち、水切りかごに伏せておいた食器を拭き始める。
「大丈夫ですから。皆さんと寛いで下さい」
「罪滅ぼしだよ」
目を瞬く私に、上原さんは悪戯っぽく笑んだ。
「灯里ちゃんが全部作ったんでしょ、あのご馳走」
苦笑しながら首を振る。夫婦なのだから彩華が家事を苦手にしていることは当然知っている。
「あの場で庇うべきだったんだろうけど」
「彩華は手伝ってくれたので、嘘はついていません。庇われたら逆にきついです」
彩華の為にも、千賀さんの為にも。
「そうかなと思って黙ってた」
「大正解です」
そこで私達は小さく吹き出した。気まずい雰囲気を漂わせてしまったリビングは、彩華のおかげで楽しげな宴が続いていた。彼女がいるだけで場が華やぐ。けれど上原さんの表情は複雑だ。
「それに美味しいと言って欲しい人は、そうは思ってくれませんから」
洗い物を済ませて上原さんから布巾を貰う。
「美味しかったよ、灯里ちゃん」
俺じゃ意味ないかもしれないけれど、と彼は静かにつけ加える。
「ありがとうございます」
慰めでも今の私の心には凄く沁みた。
キッチンを後にした上原さんに代わり、グラスや食器を一つずつ丁寧に拭いてゆく。こんなふうに思うのは、千賀さんにもお客様にも失礼だが、できればリビングには顔を出したくなかった。
「上原と何を話していたの?」
そんな私の内心を見透かしたように、千賀さんが隣に立った。先程の同僚達とのやり取りから、不満を顕にしているであろう顔を見るのが怖い。
「特に何も」
「でもなかなかリビングに戻らなかったけど」
千賀さんは私が上原さんと接触すると、必ず何があったか確認してくる。後ろ暗いことがあるのか、私が上原さんにちょっかいを出して、彩華を苦しめると懸念しているのか……。嫉妬故でないことだけは断言できる。
「片付けを手伝って頂いたんです」
「それだけ?」
普段はろくに会話もしないのに今日は食い下がる。
「美味しかったって」
こっそり吐息を洩らして答えた。
「嬉しそうだね」
「嬉しいですよ」
どんなに一所懸命ご飯を作ろうと、あなたは絶対言ってくれないから。例え槍が降ろうとも。
「そう。でも上原は彩華の旦那だから」
ああ、やはりそれが本音か。黙っている私を置いて、千賀さんがくるりと背を向ける。見当違いの釘を刺す為に、彼はわざわざキッチンに来たのか。私が困っているときは知らん振りをしていたのに。
嬉しくて何が悪いの。ちょっとくらい喜んでもいいじゃない。千賀さんはどんなに時間がかかろうと不味かろうと、彩華が作った物しか美味しくないくせに。
「可愛くない、私」
狭量な自分が情けなくて、私はぎりっと奥歯を噛み締めた。
「やるじゃん、彩華」
リビングからわっと歓声が上がった。十一月半ばの土曜日の夜、千賀さんの同僚が我が家を訪れていた。新婚夫婦を冷やかすのが目的らしいが、うちにはラブラブな要素は皆無なので、彩華と上原さんが一緒で正直助かっていた。
「これ、美味いわ」
「でしょう!」
出来上がった料理を運んだ彩華に、賞賛の声が次々に寄せられる。辞めてもこんなにもてはやされるなら、在職中はどれだけ人気があったのだろう。上原さんも気が気じゃなかったに違いない。
「で、奥さんの手料理は?」
追加のお酒を持ってリビングに現れた私に、同僚の一人が笑顔で訊ねた。
「あ、えっと、私は……」
一応料理を作ったのはほぼ私なのだが、ここでそれを暴露したら以前の同僚を前に彩華の立場がない。
「この料理は全部」
冗談のつもりだったのだろう。私は本当のことを話そうとする彩華を遮った。
「私料理が苦手で……。ごめんなさい」
小声で頭を下げると、リビングが一気に静まり返った。私と彩華を除いた総勢十名の男性陣の視線が痛くて、私は空いたお皿を抱えてキッチンに戻った。
「いくら苦手だからって、全部彩華にやらせるか? 旦那の同僚をもてなす気、全然ないんだな」
「しかも地味だし暗いし」
ぼそりと呟かれた台詞が、背中に深々と突き刺さる。堪えていないと言えば嘘になるが、私は元々彼らと知り合いではないし、今後も頻繁に関わることもない。
「千賀は何であんな女と結婚したんだよ?」
強めに水を出してお皿を洗う。それは私が一番聞きたいことだ。こんなときでもフォローするでなく、同僚に肯定の姿勢を取る千賀さんが、私には一番辛い。
残りの料理も全て出し終え、盛り上がるリビングを窺いながら洗い物に徹していると、上原さんが空いたグラスを下げてきてくれた。この家では聞いたことがない、千賀さんの笑い声が室内に響いている。
「ごめんね、灯里ちゃん」
グラスを受け取った私に、上原さんが申し訳なさそうに謝った。手元にあった布巾を持ち、水切りかごに伏せておいた食器を拭き始める。
「大丈夫ですから。皆さんと寛いで下さい」
「罪滅ぼしだよ」
目を瞬く私に、上原さんは悪戯っぽく笑んだ。
「灯里ちゃんが全部作ったんでしょ、あのご馳走」
苦笑しながら首を振る。夫婦なのだから彩華が家事を苦手にしていることは当然知っている。
「あの場で庇うべきだったんだろうけど」
「彩華は手伝ってくれたので、嘘はついていません。庇われたら逆にきついです」
彩華の為にも、千賀さんの為にも。
「そうかなと思って黙ってた」
「大正解です」
そこで私達は小さく吹き出した。気まずい雰囲気を漂わせてしまったリビングは、彩華のおかげで楽しげな宴が続いていた。彼女がいるだけで場が華やぐ。けれど上原さんの表情は複雑だ。
「それに美味しいと言って欲しい人は、そうは思ってくれませんから」
洗い物を済ませて上原さんから布巾を貰う。
「美味しかったよ、灯里ちゃん」
俺じゃ意味ないかもしれないけれど、と彼は静かにつけ加える。
「ありがとうございます」
慰めでも今の私の心には凄く沁みた。
キッチンを後にした上原さんに代わり、グラスや食器を一つずつ丁寧に拭いてゆく。こんなふうに思うのは、千賀さんにもお客様にも失礼だが、できればリビングには顔を出したくなかった。
「上原と何を話していたの?」
そんな私の内心を見透かしたように、千賀さんが隣に立った。先程の同僚達とのやり取りから、不満を顕にしているであろう顔を見るのが怖い。
「特に何も」
「でもなかなかリビングに戻らなかったけど」
千賀さんは私が上原さんと接触すると、必ず何があったか確認してくる。後ろ暗いことがあるのか、私が上原さんにちょっかいを出して、彩華を苦しめると懸念しているのか……。嫉妬故でないことだけは断言できる。
「片付けを手伝って頂いたんです」
「それだけ?」
普段はろくに会話もしないのに今日は食い下がる。
「美味しかったって」
こっそり吐息を洩らして答えた。
「嬉しそうだね」
「嬉しいですよ」
どんなに一所懸命ご飯を作ろうと、あなたは絶対言ってくれないから。例え槍が降ろうとも。
「そう。でも上原は彩華の旦那だから」
ああ、やはりそれが本音か。黙っている私を置いて、千賀さんがくるりと背を向ける。見当違いの釘を刺す為に、彼はわざわざキッチンに来たのか。私が困っているときは知らん振りをしていたのに。
嬉しくて何が悪いの。ちょっとくらい喜んでもいいじゃない。千賀さんはどんなに時間がかかろうと不味かろうと、彩華が作った物しか美味しくないくせに。
「可愛くない、私」
狭量な自分が情けなくて、私はぎりっと奥歯を噛み締めた。
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