声を聴かせて

文月 青

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番外編 それぞれの思い

相原涼子 1

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最近娘の海が明るくなった。以前から笑みを絶やさない子ではあったが、その頃の愛想をよくするためのものとは違う、女子高生らしい溌溂とした笑顔が我が娘ながら眩しい。苦しめることしかできなかった母親としては、彼女を救い出してくれた西崎くんには感謝しかない。

二人は口を揃えて公園で出会ったのがきっかけだと言うが、海が最初のうちは西崎くんを怖がっていたことを考えると、お互い一目惚れではなさそうだ。もっとも日々表情が和らいでゆく、女の子らしいはにかみまで見せるようになった海に、私の気持ちもどれだけ安らいだか知れない。

一時は西崎くんの過去の女性や、ご家族との一悶着もあったが、それを乗り越えた現在、海の周囲には彼女と陸を理解しようとする人達が増えている。その中に西崎くんのお姉さんや息子さんも加わり、正に雨降って地固まるといった感じだ。




「学校見学の案内が来ていますけど、参加できそうですか? お母さん」

保育園に陸を迎えに行くと、担任の先生から一枚のプリントを渡された。それは家から車で四十分程の場所にある、県立の支援学校の見学会についてのものだった。これから就学する子、途中で転校を考えている子など、対象者は様々だが、年に一回公の会を開いているのだそうだ。

「大丈夫です」

期日を確認してから私は頷いた。ちょうど仕事の休日と重なっている。早めに申請すれば休みはもらえるが、陸の病気で欠勤することがあるので、なるべく休まないで済むに越したことはない。

「お母さんはやはり支援学校に入学を希望しますか?」

校区の小学校の支援学級は、先週陸と一緒に見学させて頂いた。思いのほか人数が多くて驚いたが、先生方はそれぞれに合った授業を工夫しながら行っていた。ただ陸は学校に入るときから既に気圧されていたようで、私の後ろにくっついているので精一杯だった。

今のところ危険なことはしないが、それでも休み時間も目が離せないだろうし、着替えや給食も一人でこなすのは難しい。保育園では加配の先生に付いてもらったが、支援学級では児童数に対して先生の人数が決まっているらしく、その環境で陸がやっていけるかといったら否だろう。

「そうですね。見学してみないと何とも言えませんが」

自分の話題なのに、指しゃぶりをしたままの陸を眺めて答える。陸が困らないように、陸が持っている力を少しでも伸ばせるように、ちゃんと検討してから決めたい。

「陸くん、さようなら」

先生方が挨拶してくれても、園児達がバイバイと手を振ってくれても、陸は応えることはできないが、それでも毎日ちゃんと声をかけてもらえるのが嬉しい。今は私が陸の手を持っているけれど、いつか自分の意思で振り返してくれる日が来ることを願う。

「陸は俺の赤ん坊の頃にそっくりだ」

陸が生まれたとき、夫は昔の写真を持ち出してまで、自分に似ていることを喜んだ。大きくなったらあれもする、これもすると張り切って。

海が生まれてから一向に二人目ができる気配のなかった私に、本当は男の子も欲しかったのに、

「海だけで充分だよ」

そう言って周囲のプレッシャーから守ってくれた夫。諦めていただけに陸の誕生は嬉しかったことだろう。

優しい人だった。同じ会社に勤務する二歳年上の先輩で、分からない仕事を教えてもらったり、ミスしたときに助けてもらっているうちに、友人として自然と親しくなった。

「そろそろ特別な存在になりたいんだけど」

一年ほど友人としての関係を続けた後、夫の方からの遠回しなアプローチにより、私達はつきあうことになった。他の先輩の話によれば、ずいぶん前に告白するつもりだったようで、私が無邪気に先輩として頼るものだから、言い出せなくなったのだそうだ。

「気まずくなるのも嫌だったみたいだけど、あなたから先輩じぶんを奪うのは如何なものか、変なところで迷っていたのよ」

その経緯を知って私の気持ちは徐々に夫に傾いた。相変わらず私を気遣い、ゆっくりと寄り添うような、傍から見たら老夫婦のような落ち着いたつきあいではあったが、二人にはとても満ち足りた時間だった。

そして二年を経て結婚。海が生まれ、夫待望の陸が生まれ、この穏やかな生活は間違いなくずっと続いてゆくものだと信じていた。あの日までは……。



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