声を聴かせて

文月 青

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番外編 それぞれの思い

相原涼子 6

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劇的な変化こそなかったが、陸の得意なことや苦手なこと、困りごとへの対処の仕方等が明確になったことで、私も少しずつ我が子とのつきあいに慣れてきた。それは保育園の先生方も同様で、陸が分かりやすいように様々な工夫を凝らしてくれている。

もちろん保健師さんや心理士の先生、高槻くんや直樹くんといった、私達のような親子を支えてくれる人達にも、たくさんの力を貸してもらいながら、我が家は何とか成り立っていた。

陸が新たなスタートを切った一方で、海は相変わらず弟中心の生活を送っていた。それを気にする反面、仕事を休まずに済んでいるのも事実で、娘に甘えている自分に腹が立ちつつも、私は現状を変えられないでいた。

「おばさん、海のことなんだけど……」

ある日の仕事帰り、陸を保育園に迎えに行く途中で、海の友人から声をかけられた。小学校から高校までずっと一緒で、うちの家庭環境を知っていても、仲よくしている女の子の一人だ。

夫に会う可能性が高くても、以前の居住地からそう遠くない場所に部屋を借りたのは、転校によってこういった友人と引き離すのを避けたかったのが理由だ。

「ごめんね、おばさん。私の話を聞いたら、嫌な気分になるかもしれない。でも海は絶対隠すと思うから」

彼女の躊躇っている姿に、その話というのが陸絡みだろうと想像がついた。あからさまに噂されることはなくても、さほど親しくない同級生からひそひそ囁かれることは、これまでにも幾度かあったからだ。

「海、同級生の男の子につきあってと言われたの」

自然に私の口許が綻んだ。娘が恋をする年頃になったのだと、妙に甘酸っぱいものが胸に込み上げる。

「クラスは違うけど、顔を合わせれば喋っていたから、気は合っていたみたいで」

そういえば最近高槻くんや直樹くん以外で、海が男の子と喋っている姿を見たことがない。自分から相手に踏み込まない性質を考えると、ずいぶん心を許していたのが窺えた。

「私達もつきあいなって勧めたし、海も気持ちが傾いていた筈なのに」

そこで彼女は唇を噛み締めた。

「同じ中学出身の子が、その男の子に陸のことを大袈裟に教えちゃって……。返事をする前に、なかったことにされたの」

よもやの展開に私は息を呑んだ。何でも陸の話題を出した子は、海に告白した男の子が好きだったそうで、邪魔をする手立てとして陸を利用したらしい。

「頭のおかしな弟がいる」

おそらく海にはその言葉が、夫が放ったものと重なって聞こえたことだろう。自分の恋を弟を使って壊された海は、一体どんな思いをしただろう。私は足元がぐらつくのを感じた。

「彼は一時的に海を避けたけど、ただ動揺しただけだったみたいで、ちゃんと謝ってきた。そしてやっぱり海とつきあいたいって」

「海は?」

ゆるりと首を振った後、彼女はぽろぽろと涙を零した。

「もう誰も好きにならないって」

心臓を抉られたような気がした。いや、私が痛めつけられることで海の苦しみが消えるなら、むしろその方がずっと有り難かった。

私の子供が何をしたというのだろう。海が、陸が、何故他人から謂れのない傷を負わされなければならないのだろう。二人を守りたくて選んだ現在の生活は、私の自己満足に過ぎなかったのか。二人はこの先もこんな思いを味あわねばならないのか。

ああ、違う。母親がこれではいけない。私が恨み言を洩らせば、海も右へ倣えしてしまう。世の中にはいろんな人がいるけれど、海や陸を大切に想う人が必ずいる……そのことを伝えなくては。

だから私は必死で例え話をした。陸が突然大声を上げたとき、振り返った人全てに悪意はあるか、驚いただけではないか、と。これは自身に向けてのものでもあった。私も我が子が障害者となるまで、他の障害者を慮ることはなかったし、必要としていることすら知ろうとしなかった。

「あちこちで話す必要はないけど、海が分かって欲しい人にはちゃんと伝えて、知ってもらうのが大事。悩むのはそれからでも遅くないんじゃないかな。最初から悪く捉えていたら、良いことまで見失ってしまうかもしれないよ?」

ぼんやりとでも海は納得できたようだった。けれどすぐに気持ちを切り替えられるわけもなく。

海が外出する際に伊達眼鏡をかけるようになったのは、この出来事に端を欲している。髪型も黒いゴムで一本に結び、服も男の子よりも地味になった。まるで人と目を合わせないように。人の目に止まらないように。なのに笑顔だけは常に浮かべて。



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