声を聴かせて

文月 青

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出会い

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相原と会っているうちに気づいたのだが、陸は言葉らしい言葉を全く話さなかった。話すのが苦手、口数が少ないという人はいくらでも存在するが、周囲にここまで徹底して無言を貫く者はいない。ましてこんな年齢ならうちの姉の子供がいい例だが、それこそうんこ(失礼)なんて単語を繰り返してばかりだ。

「どうして陸は喋らないの?」

そろそろ相原の高校の夏休みも終わるという頃。いつもの公園で陸の遊びにつきあいながら、俺は定番のお昼時の炎天下で不躾な質問を口にした。この間いたいけな女子高生の笑顔を目にしたせいか、彩の部屋からの帰りに会うのは後ろめたく感じられて、ここのところそちらはちょっと足が遠のいている。

「喋れないんです」

苦笑しながら相原はやんわり首を振った。陸は喋らないのではなく喋ることができないのだと。話題の主はそうは見えないが、独り占めできた滑り台を満喫中。俺と相原はこれまたベンチに腰かけて、汗を拭いつつ陸の様子を見守っている。

「少しも?」

「車はぶーぶー、滑り台ならしゅーという感じです。でもそれはほんの一部で、基本はあーとかうーとか言うだけですね」

「相原のことは? ねーねーとか?」

「一度もそんなふうに呼ばれたことないです。母親だってママなんて呼んでもらえたことないし」

もしもこれが一時的なショックによるものなら、喋れないという表現は使わないだろう。おそらく期間を設けて様子を観察する状態ではないということだ。ニュースなんかで手話を操る人の姿が脳裏に浮かんだが、陸の場合は声を出すのでまた違うのかもしれない。

「せめておはようやバイバイだけでも言えたら、私も母も嬉しいんですけれど」

ぽつりと呟いてから、はっとしたように相原が我に返った。

「だからといって失礼な態度を取ってもいいとは思ってないです。本当にごめんなさい」

おそらく初対面のときのことを指しているのだろう。でも失礼なのはお互い様だ。俺も知らなかったとはいえ、挨拶を返さない陸に感じ悪いとか、母親の躾がなっていないとか、ずいぶんなことを考えていたし指摘もした。少なくとも相原は話すことができない陸に、ちゃんと挨拶をさせようと心がけていたのに。

「いや、こちらこそ」

そっけなく頷く。ここであのときは悪かったと繰り返しても、言ったことは取り消せないし、おそらく相原も楽しい気分にはならない。ならば気に病まないように、喧嘩両成敗ではないが納得して終わるのが一番だ。

「これでいいか?」

やはり読み通り静かに笑みを浮かべた相原にほっとする。もっともそれ以前に懲りずに謝罪を口にした彼女に、すみませんよりもごめんなさいの方が柔らかくていいなどと感じる俺はどうかしているのだが。

「そういえば帽子を被らなくて大丈夫なのか?」

汗だくなのに滑り台から離れない陸を指して訊ねた。さすがに熱くてお尻をつけないのか、飽きもせず階段を上ったり下りたりを繰り返している。この遊びのどこに魅力があるのか俺にはさっぱり分からない。

「熱中症も心配ですし、本当は被って欲しいんですが、実は帽子も苦手なんです」

ただ頭に乗せるだけの物も苦手とは、一体陸はどんな物事なら受け入れることができるのだ。基本のラインみたいなものは存在するのだろうか。

「学校が始まったら、陸は毎日保育園?」

相原も陸を眺めながら頷く。

「はい」

子供のくせに憂いのある横顔。

「いやそうじゃなくて」

うっかり飛び出した心の声に、相原が俺を振り返った。

「どうしたんですか?」

「別に」

まさか望んでいた答えではないとは言えない。それ以前に質問を曲解されている、もとい額面通りに受け取り過ぎている。俺が訊きたかったのはそんなことじゃない。

「変な西崎さん」

ふんわりと綻ぶ口元に目が釘付けになる。ここでどうしてそんな表情をするんだ。おかげで続きが出てこない。学校が始まったらもう公園には来ないのか、と。

陸は謎な行動ばかりで理解不能だし、相原は謝ってばかりで面倒だし、できればこんな姉弟とは即刻縁を切りたいくらいなのに…。今日の俺は本当にどうかしている。



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