声を聴かせて

文月 青

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好きになっただけなのに

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翌日俺は大学で彩を捕まえた。単刀直入に相原のバイトの件を訊ねると、彼女はまるで自分は何一つ関与していないという体で、意味もなくへらへら愛想を振り撒いた。

「確かにあの子の弟のことを友達に話したのは私よ。でも友達がそれをどうしようと、あの子がバイトを辞めようと、私には知ったこっちゃないわ。そもそも剛だってあの子の弟が暴れたとき一緒にいたのに、友達にメールをする私を止めなかったじゃない?」

一理あった。相原や陸と知り合った当時、俺は二人のことを面倒臭いと思っていた。二人を面白がっていた彩の横で、諌めるどころか俺には関係ないと知らん振りを決め込んでいた。そうだ。俺だって同じ穴の狢。彩を責められた義理じゃない。

「同情も過ぎれば残酷よ。いい加減目を覚ませば?」

ーー同情? 誰に対する? 何に対する?

「あの姉弟は理解不能な別世界の住人。関わるだけ無駄でしょ」

俺にとってはお前の方がよっぽど理解不能だ。自分の為に平気で他人を傷つける。相手の気持ちなど微塵も考えていない。

「そうだな」

俺は素直に頷いた。そこで彩がしてやったりと言わんばかりの、先日の内田そっくりの意地の悪い笑みを浮かべる。こいつはこんな笑い方をする奴だったんだな。

「無駄だから俺はもう関わらない」

「分かってくれたのね」

「お前とは別れる、彩」

これでもかというくらい大きく見開かれた彩の目。自分が振られたことが信じられないのだろう。息をつく暇もなく喚き始める。

「どうして? あんな頭のおかしな子の姉よ? あの子だって普通じゃないかもしれないのよ? それなのに私よりもあの子の方がいいっていうの? 剛もおかしくなってるんじゃないの?」

「彩の言葉を借りるなら、俺にはお前が普通とやらに見えない」

「障害者と一緒にしないでよ。あんな子に負けるなんて冗談じゃない。私は絶対別れないからね!」

言いたいことだけ言って走り去ってゆく彩。これが普通と言い張る人間の発言なら、普通とは一体何を指すのだろう。相原や陸のどこが普通じゃないのだろう。俺には分からない。ただ一つはっきりしたのは、俺にとって優先すべきなのは、彩ではなく相原と陸だということだ。



「全く何をやってくれてるんだ、お前は」

俺の前で呆れたようにため息をつくのは、正門で待ち構えていた今村と坂井。今村のサークルのイベント当日。相原に会うためにも自宅で参加の準備をしていた俺は、

「相原さんが彩ちゃんに絡まれてる」

坂井からの電話に慌てて今村の大学へと向かった。そうして現れた俺を目に止めるなり、二人は両側から俺を拘束した。

「相原はどこだ?」

まださほど参加者が集まっていない、ボランティアが準備に奔走している構内を、落ち着きなく窺う俺に今村が一喝する。

「黙れ」

そこで俺はやっと自分がかなり人事不省に陥っていることに気づいた。

「ごめん、西崎。俺のせいなんだ」

坂井が事の次第を申し訳なさそうに話し出す。俺が彩に別れを切り出したことを知らなかった坂井は、このイベントに俺が以前参加したことを、彩の知人でもある自分の彼女に口止めしておらず、そこから彩に俺の今日の予定が漏れてしまったらしい。

いきなり内田らしき女と大学に乗り込んできた彩は、相原を見つけ出してすぐに難癖をつけ始めた。ところが言い訳一つしない相原に怒りが倍増したのだろう。平手打ちを食らわせたのだそうだ。幸い相原は準備の段階から参加していたので、他の親子連れに目撃されることはなく、サークルのメンバーが彩達を押さえている間に、陸共々一旦サークルの部室に匿った。

「俺は半端に海ちゃんに手を出すなと忠告した筈だぞ、西崎」

今村は渋い表情で口を開いた。

「しかも何だ。あの頭の悪そうな女は。つきあう相手くらい選べ」

余所の大学に関係者でもないのにずかずか踏み込んだ彩は、相原に暴力を振るったこともあって、当然だが相当顰蹙を買ったようだ。

「もう別れた。あっちは承知していないようだがな」

憮然として答える俺に二人は顔を見合わせた。

「坂井のせいじゃない。俺への当てつけだ」

別れるきっかけの一つでもある、相原がアルバイトを辞めることになった経緯も含めて吐露する。

「そういうことか」

今村は再びため息をついて肩を落とした。俺を拘束していた手を解いて部室へと歩みを進めながら、ふいにくっくっと喉の奥を鳴らす。

「お前も俺も女を見る目がなかったんだな」

「も?」

「俺の彼女は俺がアスリートじゃなくなった途端、とっとと他の男に鞍替えしたよ」

今度は俺と坂井が顔を見合わせて瞠目した。







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