声を聴かせて

文月 青

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好きになっただけなのに

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十二月に入って少し雪がちらつくようになった。陸ははらはらと舞い降りてくる雪が珍しく気になるようで、滑り台で遊ぶのをやめてじっと空を見上げている。雪を掴もうとしているのか、時折両手を伸ばす姿が子供らしい。陸の意外な一面を知った。

「そういえば葉っぱがひらひら散ってくるところとか、きらきらした木漏れ日とか、静かな動きのあるものが好きみたいですね」

日曜日の公園で並んでベンチに座りながら、弟の様子を見守っていた相原は、笑みはなくても楽しそうな陸に自身も表情を緩めた。

「あいつ、詩人だな」

感心したように呟いたら、相原は俺の横顔をしばし眺めた後に小さく吹いた。

「何だよ?」

「いえ。西崎さんはそういうものとは無縁そうだなって」

どういう意味だ。確かに全く興味はないが。

念のため学校の登下校時は気をつけるよう促していたが、あれから彩が相原に接触してくることはなかった。あの一件を俺が聞いていないと思っているのか、大学でもこれまでと変わらぬ態度を取ってくる。別れ話もなかったこととして扱っているようで、当然のようにべたべた腕を組んできたり、デートの約束を取り付けようとしたり。何を考えているのかさっぱり分からない。

「海ちゃんの存在を知られている以上、もう少し様子を見た方がいい。馬鹿な女は何をしでかすか分からん」

今村からも釘を刺されている。だがその意見に一票。もう二度と相原を傷つけさせるわけにはいかない。

「西崎さん、どうぞ」

相原が水筒から熱いコーヒーを注いでくれた。まだ雪に夢中の陸に手招きして、寒い中三人で相原のお袋さん特製の弁当を囲む。

「もう冬ですし、家で食べたいときは遠慮なく帰って下さいね」

おにぎりを頬張りながら、自分こそ遠慮がちに勧める相原。俺は彼女の頭にげんこつを落とした。

「俺はまだ陸と決着をつけてねーんだよ。男の闘いを邪魔すんな」

正確には陸込みで相原との貴重な時間を奪うな、なんだがな。面と向かって言うのは憚られるので、腹の中にしまっておこう。

「分かりました」

くすくす笑いながら相原が頷く。こいつの笑顔が見られると俺も何だか楽しくなる。特別なことは何もしていないのに、ずっとこうしていたくなる。不思議だ。

「美味しいですか?」

どこか不安げに相原が訊ねてきた。

「あぁ、いつもと同じで美味いぞ。お前のお袋さん、料理上手だよな。お礼を言っててくれな」

「はい」

何故かぱあっと顔を輝かせる相原に、俺は首を傾げながらおかずを口に運んだ。



相原と陸を家まで送って戻ると、自宅の玄関に見慣れた女物の靴があった。奥の方からは談笑する賑やかな声。俺は嫌な予感を覚え、急いでリビングに向かった。

「遅かったじゃないの。彩さん、ずっと待ってたのよ」

ドアを開けるなり母親の叱責が飛んでくる。ソファにどっぷりはまっている彼女の向かいには、にこやかに微笑む彩が座っていた。

「可愛いお嬢さんじゃないの。泣かせるような真似をしないのよ」

彩の口元が黒く歪んだように見えた。

「私なら大丈夫です。勝手に待たせて頂いたんですから」

普段なら絶対しない言葉使いで、母親に愛想を振りまく彩。

「ちょっと来い」

乱暴なと眉を顰める母親を置いて、俺は彩をリビングから引っ張り出した。そのまま外に連れ出して睨みつける。

「何しに来た」

つきあっているときはいつも親がいる家になんて、うざくて遊びに行きたくないとほざいていた奴が、別れた今になって訪ねてくるとはどういうことだ。しかも約束も取り付けずに勝手に。

「最近剛が会ってくれないから、淋しくて押しかけちゃっただけよ?」

上目遣いで困ったように小首を傾げる。本性がばれているのにその芝居。イラっとした。

「何が狙いだ」  

「ずいぶん酷い言われようね。本当なのに」

おそらく問い詰めても無駄だ。どこまでもしらを切るだけだろう。

「二度と来るな」

吐き捨てて俺は踵を返した。相原に直接手を出されるよりはずっといいが、彩の穏やかな様子が逆に薄ら寒くて仕方がなかった。




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