声を聴かせて

文月 青

文字の大きさ
35 / 66
守るために

6

しおりを挟む
坂井の叔父さんの話を聞いてから、物事には側面があるのだと、単純に良し悪しで決められないのだと、自分がいかに短絡的思考の持ち主かを実感した。そして当事者である海のお袋さんの、相手の考えを受け入れる強さも。

「お母さんはお父さんだけじゃなく、親戚からもずいぶん責められていましたから。きっと自分は同じことをしたくないんだと思います」

学校帰りに海と並んで歩きながら、坂井の叔父さんの状況を掻い摘んで話すと、彼女はしばし間を置いてから口を開いた。陸の障害が周知の事実となってから、お袋さんは両家の親戚の一部から、心無い言葉を浴びていたのだという。

「お父さん側の親戚は、うちの家系にこんな子はいない、母親の血を引いたんだ、海の子供もまともじゃないかもしれないと騒いでいました」

おそらく俺の母親や姉と同じ考えなのだろう。自分達が迷惑を被るのではないかという懸念。そして責任は全て産む性であるお袋さん。

「お母さん側の親戚も、どうしてこういう子が産まれたんだろうねとは言いましたが、お母さんが苦労するのではないか、親亡き後陸はどうなるのか、私の結婚に支障は出ないかという、主に心配するものでした」

似て非なる発言なのは、こちらの方がより現実に直面するからだ。生活を軌道に乗せて、子供を育てていくためには弱音を吐いてばかりはいられない。

「親父さんと別れてからは、ずっと三人暮らしなのか?」

「はい。お祖母ちゃんは心配して、実家に戻るよう進めてくれましたが、お祖父ちゃんが人目を気にして反対しました」

お袋さんはそのことに気を悪くしたふうもなく、三人で新しい生活を始めるつもりだと笑って、現在住んでいる所に引越したのだそうだ。

「踏み込んだことを聞くけど、親父さんからの仕送りは?」

「ありません。離婚はお母さんから望んだことなので、慰謝料って言うんですか? それは初めから頭になかったみたいですが…」

海はそこで言い淀む。

「これ、お祖母ちゃんに聞いたので、お母さんには内緒にして下さいね」

何でもお袋さんは子供達の養育費も、はなから貰うつもりはなかったようなのだが、そんな彼女に親父さんは、

「今後一切、慰謝料も養育費も請求しないと、署名捺印しろ」

と迫ったというのだ。

お袋さんは呆れて署名を断り、二度と会いにこないから安心するよう告げて終わりにした。

「時々子供達の顔を見せて欲しい、くらいは言うかと思ったら」

自分の保身に走っただけかと、心底がっかりしたらしい。

正直俺も嫌な気分になった。お金の額はさておき、海と陸は自分の子供だろう。なのに少しも気にかけないどころか、本来責任がある筈の教育費等を賄うことさえ拒むとは。

「でもそういうお父さん、意外といるみたいですよ。同級生の中にも、お母さんが一人で頑張っている家庭ありますもん」

さらっと海は流したが、俺は世の中にはどれだけ不条理が存在するのだと、もはや驚くことすらできない。

うちは特に夫婦仲が良いわけではないが、父親や母親は少なくとも、姉や俺に不自由を感じさせたことはないし、必要なお金は文句も言わずに出してくれている。それを当然のように受けていた自分は、実はとてつもなく恵まれているのかもしれない。

「自分が結婚したら、せめて嫁と子供にはちゃんと食べさせてやれる男でいたいな」

例えやむなく別れることになっても。といっても結婚の予定もなければ、結婚している自分の姿も思い浮かばんが。

「西崎さん、もしかして結婚を考える相手ができたんですか?」

たまたま通りかかった二人連れを眺めながら、海が泣きそうに眉を下げた。肩を寄せ合うカップルの、奥さんらしき女性のお腹はふっくらしていて、新しい命が宿っていることが窺えた。

「馬鹿か、海。もし俺が今結婚するなら、相手はどう考えてもお前だろう」

脛かじりの大学生が、十代の高校生に告げることではないかもしれないが、タイムリーな話題につい本音が洩れる。一旦海は安堵したようだが、言葉の意味を理解した途端に顔を真っ赤にした。全く何を勘違いしているやら。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...