声を聴かせて

文月 青

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守るために

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今年は朝晩の冷え込みがきついせいで、特に二月に入ってからは殊更寒さが厳しく感じる。それでも試験の結果が思いの外良かったので、俺は海に適した参考書を本棚から探す傍ら、ついでとばかりに散らかった自身の部屋の片づけを始めた。

「ごー、遊びに来たぞ」

午後三時を過ぎた頃だろうか。久し振りに甥っ子がドアを開けて飛び込んできた。幼稚園が終わって真っすぐ来たのか、珍しく薄青い園服姿だ。

「げっ! お前またごちゃごちゃにするなよ」

海に参考書を渡そうとした日のことが脳裏に蘇る。あの日もこんなふうに突撃されて、そしてーー。海が傷を負ったときのことまで思い出し、そうかあれ以来かとため息をついていると、ちょうど姉が部屋の入口に現れた。

「一日早いけど」

どこか気まずげに姉が小さな包みを二つ差し出す。甥っ子がばれんたいんだぞーと教えてくれた。元々こういうイベントに興味がない俺は、とりあえずふ-んと鼻を鳴らして受け取った。

「お詫びも兼ねてるから」

一つはあの子に。消え入りそうな声で呟く姉。

「家でいろいろあって、半分八つ当たりした」

どうやら海に対しての言動を謝っているつもりらしい。

「分かった。渡しとく。ありがとな」

チョコレートであろう包みを机の上に置いた俺に、部屋の隅に腰を下ろした姉が遠慮がちに訊ねた。入れ替わるように甥っ子がトイレに走ってゆく。

「どうしてあの子とつきあう決心が着いたの?」

「質問の意味が分からないんだが」

好きだからに決まっているじゃないかと言いかけて口を噤む。訊きたいのはそんなことではないだろう。

「怒らないでよ? もしかしたら剛まで陰口を叩かれるかもしれないわけじゃない。人目だってあるし。なのに」

姉からは以前のように悪意や蔑みの気持ちは感じない。素直に心配してくれているようだ。

「俺も最初は自分には関係ない、関わるのも面倒くさいと、あいつらが困っていても知らん振りしてた」

「そうなの?」

意外そうに姉は目を瞬いた。

「ああ。何だあれって遠巻きに見てた」

海と陸に出会った頃の自分を振り返ると、あまりの態度の悪さに結構落ち込む。でもその時期があったからこそ、現在俺は二人の傍にいるのだと…思いたい。勝手だけれど。

「何がきっかけだったか、少しずつ話すようになって。あまりにも初めて聞くことばかりだったから、海や陸…障害のある弟をちゃんと知りたいと思うようになったんだ。たぶんそれが俺らの始まり」

それから公園での時間を重ねて、今村のサークルの活動に参加して、二人が抱えるもののほんの一部を垣間見せてもらったけれど、まだまだ理解するには至っていない。

「どっちから?」

「俺」

偶然海の本音を聴くことにはなったが、俺が口にしなければ彼女はこれまで通りのスタンスを貫いていただろう。

「すぐOK貰ったの?」

「いや。そもそもあいつ、俺とつきあおうなんて考えていなかったから」

「どういうこと?」

「偶然会って話せるだけでいい。他に何も望まないって」

連絡先一つ確かめてこなかったとつけ加えると、姉は片手で口元を覆った。信じられないという表情を浮かべている。

「海は自分や家族が周囲からどう見られているか、どう言われているかちゃんと分かってた。だからいつもいい子でいようとしたんだよ。自分のせいで弟や母親が後ろ指を指されないようにって。そんな奴が人の男を横取りするなんて所詮無理だろ」

見ているだけでいい、声を聴けるだけでいい、偶然会って話せたらそれで充分。後は何も望まないから、心の中で想うことだけは許して下さい。

「海の本音を初めて聴いたとき、さすがの俺も心が折れそうになったよ」

あの雪の日に渡す筈だった参考書をぱらぱら捲った。最近触れた差別についての話題が頭に浮かび、姉を責められる立場にないことを自覚する。

「俺も自分の不甲斐なさに参ってたから、半ば姉ちゃんに八つ当たりしたんだ。悪かったな」

潔く頭を下げると、姉は神妙な面持ちで首を横に振った。

「これからどうするの?」

「正直どうしていいのか分からん。海を取り巻く環境は俺なんかがどうこうできるもんじゃない。ただあいつがしんどいとき、真っ先に頼れるような、ちゃんと泣かせてやれるような存在でいたいとは思ってるけど」

「格好つけちゃって」

呆れたように肩をすくめた姉は、誰に向けたものなのかごめんという囁きを残して、息子の様子を窺うべく部屋を後にした。



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