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番外編
君の隣で 10
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空が暮れてきた頃、俺は須藤くんと別れて実家への道程を歩いていた。梨花さんの父親にこれで良かったんだと思ってもらえるくらい、二人でいつまでも幸せでいると約束した須藤くんは、やはり力強く、そしてそれに裏打ちされた優しい表情をしていた。
「梨花さんによろしくな。次は四人で会おう」
別れ際俺が差し出した右手を、須藤くんはがっちり握って頷いた。
「うん。絶対に」
だから何があっても元気でいよう。言外に固く誓って。
「おかえりなさい」
チャイムを鳴らすとぱたぱたと足音が響き、笑顔と共にドアが開け放たれた。出迎えてくれた奏音に自然に口元が綻ぶ。
「ただいま」
応えてそっと頭を撫でた。ドアの先に奏音がいる。俺を待っている。
「だらしない顔しちゃって」
家に帰る喜びに浸っていた矢先、奥の方から馬鹿にするような声が飛んできた。
「げっ、姉貴」
「お姉さまとお言い。この愚弟が。おかえり」
お袋から連絡をもらった姉が、仕事帰りに立ち寄ったらしい。相変わらず女王様然としていて、呆れるよりもおかしくなる。
「全く奏音ちゃんしか目に入らないんだから。で、どうなの? 調子は」
「すこぶるいいよ」
実家は昔ながらの和風住宅なのでリビングは存在しない。三人で茶の間がわりの和室に向かうと、既に夕食が並べられたテーブルの周りで、両親と義兄、甥と姪が和やかに喋っていた。いつのまにか全員集合している。
「おかえり、塔矢兄ちゃん」
中学生になった甥と姪が声を揃えた。
「おかえり、塔矢くん」
続いて義兄も柔らかに目を細める。そして両親も。
「おかえり、須藤くんは元気だったのか?」
「おかえり、さあご飯にしましょう」
俺はおかえりの合唱に吹き出した。
「ただいま」
そうして賑やかに食卓を囲む。それはどこの家庭にでもある光景で、殊更どうということはないのだが、車や釣りやサッカーの話で盛り上がる義兄と甥と俺、習い事やお洒落、恋愛談義に姦しい姉と姪と奏音、その様子に微笑んで耳を傾ける両親。そんなありきたりの日常に、涙腺が緩みそうになる。
そこに在るのは紛れもなく俺の家族。そう、俺は一人じゃない。
実家に一泊した翌日、大学病院で昨日の検査についての説明を受けた後、両親に見送られて俺は奏音と共に帰途に着いた。車窓から流れる景色を眺めては、絶望に打ちひしがれて新幹線に乗ったあの日を思う。唐突に俺の病を知らされ、同じように揺られていた奏音の、胸が潰れそうであったろう気持ちも。
「どうした?」
ふと向かいの席に視線を移すと、奏音が眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
「たぶん須藤さんの私の第一印象、最悪だよね」
「何を深刻に悩んでいるかと思えば」
「だってお見舞いにも来なかった挙句、手術を直前に控えた人に、勝手に悲劇のヒーローぶっちゃって。犬に弱いヘタレのくせにってぶちまけたんだよ?」
軽蔑されていたらどうしようと、頭を抱える姿が何とも可愛らしい。
「大丈夫だよ。須藤くんも梨花さんも奏音には脱帽していたから」
そもそも一方的に縁を切られ、行方をくらまされ、新しい恋に進むこともできずに苦しんでいたところに、俺の入院を知らされたのだ。なのに先の見えない状態だった俺との再会を果たしてくれた。本来責められるべきは俺だ。
「一度は裏切られた格好だったのに、それでも高梨くんといることを選んだんだねって」
「うわあ、恥ずかしい。おまけに塔矢に未練ありまくりなのが証明されてる」
真っ赤になって両手で頬を押さえる奏音。条件で人を好きになるわけではないだろうけれど、俺の傍にいることを決めた彼女の覚悟が、簡単にできたものだとは思っていない。
あの日奏音が病室を訪れなければ、現在の生活も、否、俺自身の人生は全く違うものとなっていただろう。君の望む幸せと、俺が願った幸せが、真っ直ぐに重なったことは奇跡だ。
「着いたね」
俺達が住む街の駅で新幹線は静かに停車した。たくさんのお土産を手に、肩を寄せ合って家路を辿る。辺りは夜を迎え、星空が瞬く空の下、たくさんの家族が暮らす灯りが灯っている。
先日富沢の家に行ったときに通りかかった一戸建ての前で、奏音が再び歩みを止めた。
「富沢家と塩見家とうちで、三件並んで住んだら面白そうだね」
振り仰いだ笑顔が暗闇の中でも一筋の道を描く。羨ましがるのでも嘆くのでもなく、自分達らしい明日を生きる為に。
「いいな、それ。毎日どこかの家に子供達が紛れ込んでいたりして。きっと賑やかになるぞ」
そうしていつかみんなで釣りに行くのだ。俺達が準備する釣り道具と、奏音達が作った弁当を車に詰め込んで。そんな未来が、新しい二人の夢が瞼裏に浮かぶ。
「楽しみだね」
笑い合って俺と奏音は歩き出す。
ねえ、奏音。もしも神様の手違いで、予想よりも早くこの身が奏音の傍を離れることになってしまっても、心は必ず君の元に帰るから。でも願わくばその日は一日でも遠くあって欲しいから。
どうかずっと聴かせて。君の声でおかえりなさいを。
「梨花さんによろしくな。次は四人で会おう」
別れ際俺が差し出した右手を、須藤くんはがっちり握って頷いた。
「うん。絶対に」
だから何があっても元気でいよう。言外に固く誓って。
「おかえりなさい」
チャイムを鳴らすとぱたぱたと足音が響き、笑顔と共にドアが開け放たれた。出迎えてくれた奏音に自然に口元が綻ぶ。
「ただいま」
応えてそっと頭を撫でた。ドアの先に奏音がいる。俺を待っている。
「だらしない顔しちゃって」
家に帰る喜びに浸っていた矢先、奥の方から馬鹿にするような声が飛んできた。
「げっ、姉貴」
「お姉さまとお言い。この愚弟が。おかえり」
お袋から連絡をもらった姉が、仕事帰りに立ち寄ったらしい。相変わらず女王様然としていて、呆れるよりもおかしくなる。
「全く奏音ちゃんしか目に入らないんだから。で、どうなの? 調子は」
「すこぶるいいよ」
実家は昔ながらの和風住宅なのでリビングは存在しない。三人で茶の間がわりの和室に向かうと、既に夕食が並べられたテーブルの周りで、両親と義兄、甥と姪が和やかに喋っていた。いつのまにか全員集合している。
「おかえり、塔矢兄ちゃん」
中学生になった甥と姪が声を揃えた。
「おかえり、塔矢くん」
続いて義兄も柔らかに目を細める。そして両親も。
「おかえり、須藤くんは元気だったのか?」
「おかえり、さあご飯にしましょう」
俺はおかえりの合唱に吹き出した。
「ただいま」
そうして賑やかに食卓を囲む。それはどこの家庭にでもある光景で、殊更どうということはないのだが、車や釣りやサッカーの話で盛り上がる義兄と甥と俺、習い事やお洒落、恋愛談義に姦しい姉と姪と奏音、その様子に微笑んで耳を傾ける両親。そんなありきたりの日常に、涙腺が緩みそうになる。
そこに在るのは紛れもなく俺の家族。そう、俺は一人じゃない。
実家に一泊した翌日、大学病院で昨日の検査についての説明を受けた後、両親に見送られて俺は奏音と共に帰途に着いた。車窓から流れる景色を眺めては、絶望に打ちひしがれて新幹線に乗ったあの日を思う。唐突に俺の病を知らされ、同じように揺られていた奏音の、胸が潰れそうであったろう気持ちも。
「どうした?」
ふと向かいの席に視線を移すと、奏音が眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
「たぶん須藤さんの私の第一印象、最悪だよね」
「何を深刻に悩んでいるかと思えば」
「だってお見舞いにも来なかった挙句、手術を直前に控えた人に、勝手に悲劇のヒーローぶっちゃって。犬に弱いヘタレのくせにってぶちまけたんだよ?」
軽蔑されていたらどうしようと、頭を抱える姿が何とも可愛らしい。
「大丈夫だよ。須藤くんも梨花さんも奏音には脱帽していたから」
そもそも一方的に縁を切られ、行方をくらまされ、新しい恋に進むこともできずに苦しんでいたところに、俺の入院を知らされたのだ。なのに先の見えない状態だった俺との再会を果たしてくれた。本来責められるべきは俺だ。
「一度は裏切られた格好だったのに、それでも高梨くんといることを選んだんだねって」
「うわあ、恥ずかしい。おまけに塔矢に未練ありまくりなのが証明されてる」
真っ赤になって両手で頬を押さえる奏音。条件で人を好きになるわけではないだろうけれど、俺の傍にいることを決めた彼女の覚悟が、簡単にできたものだとは思っていない。
あの日奏音が病室を訪れなければ、現在の生活も、否、俺自身の人生は全く違うものとなっていただろう。君の望む幸せと、俺が願った幸せが、真っ直ぐに重なったことは奇跡だ。
「着いたね」
俺達が住む街の駅で新幹線は静かに停車した。たくさんのお土産を手に、肩を寄せ合って家路を辿る。辺りは夜を迎え、星空が瞬く空の下、たくさんの家族が暮らす灯りが灯っている。
先日富沢の家に行ったときに通りかかった一戸建ての前で、奏音が再び歩みを止めた。
「富沢家と塩見家とうちで、三件並んで住んだら面白そうだね」
振り仰いだ笑顔が暗闇の中でも一筋の道を描く。羨ましがるのでも嘆くのでもなく、自分達らしい明日を生きる為に。
「いいな、それ。毎日どこかの家に子供達が紛れ込んでいたりして。きっと賑やかになるぞ」
そうしていつかみんなで釣りに行くのだ。俺達が準備する釣り道具と、奏音達が作った弁当を車に詰め込んで。そんな未来が、新しい二人の夢が瞼裏に浮かぶ。
「楽しみだね」
笑い合って俺と奏音は歩き出す。
ねえ、奏音。もしも神様の手違いで、予想よりも早くこの身が奏音の傍を離れることになってしまっても、心は必ず君の元に帰るから。でも願わくばその日は一日でも遠くあって欲しいから。
どうかずっと聴かせて。君の声でおかえりなさいを。
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