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進学

もう、大丈夫です。

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 日曜日の朝。朝早くからインターホンが鳴る。
 「朝早くから誰だろう?」
 昔の人のように新聞を広げながらかおるが呟く。茅鶴ちづるは朝ご飯を用意していて手が空いていない志綾しあは立ち上がって玄関に行くと廊下で筒夏つつなが出ようとしていた。
 「おはようございます。」
 「おはようございます・・・もしかして出ようとしていました?」
 「はい、せっかくなので一緒に出ましょう」
 二人は一緒に玄関に行く。
 「今、開けます。」
 扉を開けるとそこには秋松あきまつ 夏輝斗かきとがいた。
 「ッ。」
 「何しに来たんですか?」
 咄嗟に志綾を庇うように前に出る。筒夏の大きい声に奥から顔を覗かして「大丈夫・・・じゃないみたいだな」と言って薫が近くに来た。
 「お、俺、つなぎに謝りに来て・・・繋、ごめん。俺、やっと酷いことしてたって気づけて・・・俺がお前の立場だったらって思ったら謝んないとって、経験してみて理解できた。・・・許して欲しいとは思ってるけど許せないことをした自覚もある。でも・・・ごめんなさい・・・」
 頭を下げながら言う。筒夏が庇っているのを抜け出し秋松の前に出る。
 「・・・頭を上げてください。」
 少しだけ深呼吸をして
 「頭を、頭を上げてください。」
 少しだけ悲しくなった。
 「・・・謝りに来てくれてありがとうございます。」


 秋松を家に入れて三人で向かい合う。薫と茅鶴はキッチンの方で様子を見ていた。
 「秋松君。あのニュースの後なにがあったんですか?」
 「・・・ッ。」
 「教えて下さい。」
 「ニュースを見た野次馬や記事のネタを探している記者。それから苦しめられた人達からの電話、面白半分で壁やドアに落書き。それの影響で母親は鬱になって引きこもった。親父が詐欺したお金は全部払い終わった。だけどその人達からもっと払えと苦しめられた罰として倍で返せと言われていて・・・お金はもうない。母親は仕事を首になった。俺は中学を中退。秋松と言う名がある以上どこも雇ってくれない。」
 「・・・お母さんは?」
 「お婆ちゃんに連絡したら戻っておいでって言われて母親だけ連れてった。俺まで世話になりたくない。母方しか生きてないから当てがない。もうお婆ちゃんも歳だ。楽さして上げたいのに・・・俺までもがって思うと・・・あ、悪い。つい」
 「うんん、辛かったですね。秋松君は親想いの方です。」
 「ち、違う。」
 「いいえ、お母さんの心配、お婆ちゃんの心配。貴方は優しい方ですよ。」
 「ち、違うんだ。俺は優しくない。現に親父みたいに誰かを繋をいじめてた。」
 「貴方は謝りに来てくれた。」
 「で、でも、
 「・・・私は貴方を許しています。それでもなにかしら罰が欲しいのなら・・・ここで働きませんか?」
 「え、」
 秋松だけじゃない筒夏も薫、茅鶴も驚いていた。薫や茅鶴は呆れたため息を溢した。
 「・・・ちゃんと給料をお支払いします。そのお金でお母さんを養ってあげてください。それから貴方が良ければお婆ちゃんのことも私が面倒みます。」
 「ま、待って。俺はお前をいじめてた。なんでそんな簡単に俺を許せるんだ?」
 「簡単ではありません。学校に行くのだって怖いし、クラスメイトと話すだけで吐き気がする。この二週間ちゃんと行けたのたったの2日だけです。学校を行く前、玄関を開けようとするだけで気分が悪くなる。あぁ学校行きたくないなぁって思ってしまう。また、いじめられたらってそれでも君は謝りに来てくれた。それは変えることのできない事実だ。に、貴方を助けさせてください。」
 「あ、ああ、」
 今まで志綾がどんな気持ちで日常を送っていたのか全て理解してしまった。それでもいじめた張本人に手を差し出してくれる。秋松は涙を流した。
 「ごめんなさい。ごめんなさい。」


 「俺を助けてください。」
 「はい。その言葉が聞きたかったです。」

 志綾は立ち上がり秋松の隣に行って背中をさする。



 
 秋松は一旦家に帰った。

 志綾はすぐに行動を起こそうと思っていたが自分の部屋に入った瞬間しゃがみ込んだ。これは志飛しとだ。
 「・・・僕も同じようなことをしていた。もう少し穏便に済ませられたのに・・・我ながら仕返しか・・・」
 秋松の父を殺し、志飛は結局手紙を送れなかった。秋松が苦しめばいいと言う気持ちが少しだけあった。それが行動に出てしまった。
 だから志綾が言っていた「貴方を助けさせてください」と言う言葉を志飛の気持ちだった。


 次の日志綾は秋松のお婆ちゃんの家に行った。ちょうど三連休だった。



 「志綾・・・」
 今日も玄関を立つと心配そうに茅鶴が言う。志綾はクリっと一回りして
 「お母様。もう、大丈夫です。」
と今まで見たことのない笑顔だった。茅鶴は驚いたが「うん!いってらっしゃい」と笑顔で見送った。

 もう、大丈夫。
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