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第一章 初心者冒険者編

9話 お仕事

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 チュンチュン

 窓の外で鳥の鳴き声が聞こえ始めた朝方。
 ロゼはベッドの中で目を覚ました。
 シルトとリヒトはまだぐっすりと眠っている。
 無理もないだろう。

 三人は昨日まで冒険者になるための試験を受けていた。
 試験内容はスライム五体の討伐というそこまで難しくない内容だったのだが、なぜかグランスライムに追われたり、ドラゴンに遭遇したりと、かなりの悪運を発揮したとんでもない日だったのだ。
 シルトたちは昨夜、冒険者ギルドで正式に冒険者として認定してもらった後、一目散に宿屋へ駆け込み、食事や風呂などに目もくれず寝てしまったのだ。
 眠りに落ちるとはまさにこのことで、誰も目を覚ますことなく朝を迎えている。

 いや、正確には三人と一匹だ。
 洞窟内で見つけた赤ちゃんドラゴンも連れてきているからである。
 すっかりロゼに懐いているようで、赤ちゃんドラゴンはロゼの布団の中で小さな寝息を立てながらグッスリと眠っている。
 何ともカワイイ寝顔だ。
 体を小さく丸めている姿も愛らしい。

 ロゼは赤ちゃんドラゴンを起こさないように一撫ですると、部屋に備え付けられているお風呂へと向かった。
 お風呂といっても簡易的なもので、シャワーがあるだけのものだが、昨日お風呂に入らず眠ってしまったので汚れを落としておきたかったようだ。
 男どもが目を覚ます前に。

 数十分程度のシャワーを終えたロゼがタオルで髪を拭きながら部屋へと戻ると、シルトとリヒトも目を覚ましていた。
 まだベッドに横になり眠たそうにしているが、

「おはよ~う、ロゼ。早いな」
「ロゼ姉おはよう~」

 と起床の挨拶をしてくる。
 そんな二人を見て、
 
「おはよう。二人ともよく眠れた?」

 とロゼも毎日の習慣となっている挨拶を交わす。
 三人で生活するようになってもう何年経っただろうか。
 ロゼは懐かしそうにそんなことを考えているみたいだ。
 楽しい思い出でも思い浮かんだのか、穏やかな笑みを浮かべている。

『クワァ~』

 三人の話し声を聞いてかドラゴンの赤ちゃんも大きな欠伸をしながら起床したようだ。
 ベッドの中でもぞもぞしている。

「おはよう。赤ちゃん」

 ロゼはドラゴンの赤ちゃんを抱き上げて、頭を撫でながら目覚めの挨拶をする。
 三人ではない朝は新鮮なものだが、いずれ当たり前になるのだろう。

 そんな微笑ましい姿を眺めながらシルトが一つの提案をした。

「なあ、ロゼ。いつまでも“赤ちゃん”ってのはどうなんだ? そろそろ名前つけてやったらどうだ」
「賛成! 名前があった方が僕たちも呼びやすいもんね!」
「そうねぇ、名前……何がいいかしら?」
「カッコイイのがいいよな!」
「え~、可愛いのがいいわよ!」

 シルトとロゼは睨み合う。
 やはりこの二人の意見は噛み合わない。
 そんな二人を見てリヒトは小さく溜息をつく。
 いつもの光景なのだが、この時リヒトは毎度毎度どちら側につくのか迷うようだ。
 あまりにも片側に肩入れするともう一方が拗ねてしまうから。

 少し頭を捻った後、リヒトは二人を取り持つ言葉を発する。

「まあまあ、やっぱり本人に決めてもらうのが一番だよ! 一つ考えたんだけど、それぞれが紙に名前を書いて、その紙を並べて、ドラゴンの赤ちゃんが最初に興味を示した紙に書いてある名前を付けるっていうのはどうかな?」
「そうだな、まあ、その方法でやってみるか」
「恨みっこなしだからね、シルト」
「こっちのセリフだ!」
「何よ!」
「……はぁ」

 ということで、リヒトの提案から始まった赤ちゃんドラゴンの名前決め選手権が始まった。
 三人とも頭を捻り、自分の知識を総動員して名前を考えている。
 三人とも真剣に考えているようで、眉間にしわをよせながら思いついた名前を書いては消しを繰り返し、より良い名前を模索している。
 意外と子育てに積極的だ。
 ただ、当の赤ちゃんドラゴンは、三人が何をしているか分からず部屋の中をパタパタと飛び回るのだった。

「これだ!」

 一番に名前を書き終えたのはシルトだった。
 本人的にはかなり良い名前が思いついたようで、達成感を漂わせている。
 そしてしばらくすると、ロゼとリヒトも紙を書き終えたようだ。
 三人はせーのでお互いの考えた名前を見せ合った。
 出そろった名前は、「ジル」、「ストーム」、「グレートウルトラアルティメットドラゴン」……。

「誰よ、こんな名前書いたの!」

 ロゼは一枚の紙を指さす。
 どうやら、一枚だけ気に食わないものがあるらしい。

「何だよ、ロゼ! 恨みっこなしだろ! 俺はこの名前がいいの!」
「ロゼ姉、諦めよう。そういうルールだし。後はドラゴンの赤ちゃんのセンスを信じるだけだよ。大丈夫、あの子ならこの名前だけは絶対に選ばないから」
「そうよね、リヒト。絶対に選ばないわよね」
「……酷い言われようだな」

 不穏な空気が流れているが、この三つの名前がエントリーされた。

 そして、名前決め選手権がついに幕を開けた。
 机の上に紙を並べ、その側に赤ちゃんドラゴンを配置する。
 後は、どの紙に興味を示すのかを見守るだけだ。
 赤ちゃんドラゴンはそれぞれの紙の前をウロチョロする。
 三人はその姿をドキドキしながら見守っている。

『ピィ!』

 ついに赤ちゃんドラゴンが一枚の紙を咥えた。
 そしてお利口なことに、ロゼの下まで紙を咥えたままやってきて紙を渡す。
 そこに書かれている名前は、

「……ジルだね」
「ジル~! やっぱりあなたならその名前を選ぶと思ってたわ!」
「なんだよ~、俺のじゃなかったか。っていうか、ロゼの匂いがする紙を選んだだけなんじゃないか? 一番ロゼに懐いてるみたいだし」
「まあいいじゃない、シルト兄! ジルっていい名前だと思うよ!」
「まあ、そうだな。改めてよろしくなジル!」

 こうして赤ちゃんドラゴンは“ジル”と名付けられた。
 赤ちゃんドラゴン自身もジルと呼ばれて満更ではなさそうにパタパタと翼を羽ばたかせている。

 白熱した名前付け選手権を終え、三人は今後の予定について話し合いを始めた。
 話し合いの結果、朝食を取って、冒険者ギルドへ向かい新しい依頼を受けることにしたようだ。
 冒険者になったとはいえ、お金がないという事実からは逃れようがない。
 一刻も早くお金を集めなければ、ひもじい生活を送ることになるのだ。

 予定を決めた三人はさっそく行動に移した。
 宿屋の近くにあるご飯屋さんで朝食を取り、冒険者ギルドへと向かった。
 ちなみにジルは果物をムシャムシャ食べていたのだが、意外と草食なのか、赤ちゃんだから肉などを食べないのか分からず、そもそもドラゴンが何を食べるのか知らなかったのでギルドに着いたら聞き込みしようとロゼは心に決めた様子だ。

 冒険者ギルドに着いた三人は、二手に別れた。
 シルトとリヒトは手頃なクエスト探し。
 ロゼはドラゴンの情報集めをすることにした。
 シルトとリヒトはクエストボードと睨めっこをし、ロゼは、

「可愛いドラゴンね!」
「ドラゴンを連れてるなんて珍しい!」

 など、冒険者たちから注目の的になっていた。
 しばらくして三人は合流し、お互いの情報を共有した。

「今ある依頼のなかでちょうど良さそうなのは、村の護衛ってやつかな。アンファングの街から街道に沿って行くと到着する村にゴブリンが出るらしいんだよ。村のことも放っておけないだろ? だから村の護衛とゴブリン退治がちょうどいい依頼だと思う!」
「そうね。ゴブリンなら私たちでも倒せるレベルの魔物だと思うし、前回のことがあるからしばらく森やら洞窟やらには近づきたくないものね。」
「だな。ロゼの方は何か聞けたか?」
「そうねぇ、あんまり有力な情報はなかったんだけど、とりあえず好きなものを食べさせてあげて大丈夫らしいわ。害があるものは食べないらしいから。」
「なるほど。まあ、早いところ王都とかのでかい街に行って資料とか探した方がいいかもな。」

 情報交換を終え今後の指針が決まった三人は受付のお姉さんに依頼の受注をお願いし、さっそく依頼先の村へと向かうことにした。

 アンファングの街から歩いて数時間。
 依頼先の村へと辿り着いた三人は、依頼主である村長の家に話しを聞きに行った。

「こんにちは。村の護衛の依頼を受けて来たんですけど。」
「これは、冒険者様。今回は依頼を受けていただきありがとうございます。さっそく依頼内容の確認なのですが……。」

 村長から依頼内容の確認をしてもらう。
 どうやら1週間ほど前から村にゴブリンがやって来るようになったらしく、当初は国の駐留騎士が対処していたのだが、王都から緊急の呼び出しを受けて去ってしまったらしい。
 それで冒険者へ依頼をすることになったとのことだった。

「騎士様も薄情ですね~。いくら呼び出しがあるからとはいえ……。」
「仕方ありません。こんなご時世ですから。」
「分かりました。依頼の方は私たちが受けますので任せてください!」
「ありがとうございます。宿の方は手配してありますのでそちらをお使いください。では、村のことをよろしくお願いします。」

 三人は宿に向かい作戦会議をすることにした。
 あまり大きくない村とはいえ、三人でカバーするには広いので、ゴブリンがやって来るであろう方向に罠を仕掛けることにした。
 村人に聞き込みをすると、どうやらゴブリンは村の北側からやって来るとのことなので村の北側に魔法の罠を仕掛け、村人には近づかないように徹底してもらった。

 そうこうしている内に夜になった。
 三人は交代で休憩しながら村を巡回していると、

 ドガーン

 ロゼが仕掛けた地雷魔法に何者かが引っ掛かった。
 急いでその場所に駆け付けると、案の定ゴブリンが罠に掛かっており死体が転がっていた。

「ゴブリンを倒したみたいだけど、この一匹で終わりってことはないよな。」
「ゴブリンは群れで動くことが多い魔物だから、おそらく他にもいるはずよ。」

 ロゼの言う通り、基本的にゴブリンは群れで動くことが多い。
 中には変異種もおり、一匹で動く強力な個体も確認されているのだが今回倒したゴブリンは一般的なゴブリンであることから、どこかに群れがいると推測することができる。

 しかし、その日の夜はこれ以上ゴブリンが襲ってくることはなかった。
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