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そのさんじゅうはち

職業童貞

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 シャンクレイス学院の生徒会長を務めるサキトは大変欲求不満である。長期休暇以降、彼の興味をこの上なく唆るスティレンを弄り倒していない為、相当なストレスを感じていた。
 その様子を心配そうにチラ見しては、まだ大丈夫だなと安堵する彼の護衛役のクロスレイ。私物化されている広々とした生徒会室の扉前でひたすら彼は待機している。
 護衛とは言うものの、誰かに襲われる訳でもなく外出もしないので彼の諸々の世話も仰せつかっていた。元々サキトの家から雇われた身で、何故か気に入られて近くに居る事を許されているのだ。
 我儘な性格に加え、その時の気分により行動パターンも変化する面倒な主人と共にしているうちに少しずつ彼の性質も分かってきた。
「はぁ…欲求不満だなぁ」
「は…」
 彼を満たすべく、言われるままに薄い本を作り上げては献上しているのだがやはり物足りないらしい。
 他者がイメージしがちな愛くるしい天使の姿そのものを具現化したような出立ちのサキトは、ふわふわと金色の髪を揺らしながら自らの書斎机にだらしなく身を預ける。
「やっぱりさ、実技がしたくなるよねぇ。実技」
「実技…と言いますと?」
 前置きが長くなりがちなサキトの言葉。
 部屋の柱を思わせる体躯を持ちながら、その顔は純朴そうな好青年というクロスレイは彼に問う。彼は黒いスーツをすっきりと着こなしているにも関わらず、顔は田舎から来た青年のようにどこか頼りなさげなアンバランスさを持っていた。
 サキトはそこを変に気に入ったらしく、自分の護衛は彼が良いねと両親に頼んだのだった。
「薄い本も最高なんだけどね…やっぱり実技に勝る物は無いと思うの」
 そっちの意味ですか!!と思わずクロスレイは顔を真っ赤にした。
「じっ、実技なんてそんな…サキト様!サキト様はまだ未成年ですのでそのような事をしてはいけません!!そ、そんな乳繰り合うなんて!卑猥で変態的で、更に淫猥な行動はしてはいけないと思いますよ!よ、要するにエッチなのは駄目だと思います!」
 未成年相手に何を言っているのか。
 混乱するクロスレイは、恥じらう余り変な言葉で止めようとしていた。確かにこれはいけない発言だろう。まだ成人にも満たさない彼には早熟な話だ。
 だが彼はサキトに命令されて薄い本を描いている。しかもそれをサキトに献上しているのだ。全くもって説得力が無い。
「…何で!!」
 クロスレイによる薄い本教育を受けて来たサキトは、彼の矛盾した発言に頰を膨らませて抗議した。
「ウキウキしながら描いてたくせに今更変態的なのは駄目とか!何なのさ、急に紳士ぶっちゃってさあ!!職業童貞みたいな顔してるくせにど変態極まりない本作るのはどこのどいつだよ!!」
 むきーっ、という感じで怒りだすサキト。
 その怒る姿も可愛らしいとつい絆されてしまいそうだったが、彼が言い放った発言が引っ掛かった。
「さ、サキト様」
「何さ!」
「あの…職業童貞って何ですかね…」
 そのパワーワードはクロスレイの心を打ち抜くレベルだった。
「そのままでしょ!何の経験も無ささうな顔してるくせに!」
 欲求不満のサキトは一旦頭に血が昇ると止まらなくなる。
「そ、そんな事な、ないです…」
 何故かそこを否定するクロスレイ。
 逆に戸惑いながら否定すると却って怪しさが増すのに。
「あぁ、もう」
 サキトは再び机に突っ伏すと、深く溜息を吐く。このままではストレスで憤死してしまう。それを避けるにはスティレンを弄るしか道は無い気がする。
 …やはり実物を見て萌え成分を補給しないと。
「クロスレイ」
「は!はい」
 満たされない気持ちを持て余しながら、サキトは付き人に改めて命じた。
「僕のスケジュールを調整しておいて。空き時間作ってスティレンに会いに行きたいの。もう駄目、ウズウズしちゃう。あの子の苦悶に満ちた顔がすっごく見たくてたまらない」
「ええ…そっち系ですかぁ…?」
「そっち系って何さ?」
「いえ、サキト様の事だからあっち系かと思ったんですけど…」
 この会話で意味が通じるのもおかしい。
「クロスレイはスケベだね。もう」
 何故かがっかりする様子を見せたが、クロスレイはすぐに「分かりました、調整をかけます」と有能振るように彼の言葉を受け入れた。
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