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そのよんじゅうはち

彼に会えないのなら

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 予定がなかなか空かないスケジュールに、サキトは護衛役のクロスレイに苛立ちをぶつけていた。
「なーんで空きが出来ないのさ!!」
 ちなみに、彼の予定を立てるのはクロスレイではない。自分の仕事でもないのに怒られるという理不尽さを感じながら、宥め役に徹した。
「調整して欲しいとイルマリネ様にお願いしたのですが、やはり一旦決まった事に関して組み直すにも時間の調整が厳しいみたいで…空き時間を作れと頼んだ瞬間、私が散々苦心して組んだ予定表を崩す気ですかとガチ切れ寸前だったのでそれ以上は流石に」
 学校での役割の他に、サキトは別で家の関係の仕事もある多忙な身だった。そんな窮屈な環境に置かれているからこそ、癒しも必要だと考えているというのに。
 ギリギリと親指の爪を噛み、天使のような顔を歪ませる。
「スティレン不足だよ、もう。大体あの子がアストレーゼンに逃げるからいけないんだよねぇ!」
「は…はあ」
 やけにスティレンに執着するのが謎だったが、とにかくサキトは彼の事が大好きなのは良く分かった。居なくなるのは本人の勝手なのでどうしようもないが、そのどうしようもない事で怒られても困ってしまう。
 クロスレイは生徒会室の大きな椅子に揺られている美少年を扉の近くから遠目で見ていた。部屋の出入口は自分の決められた立ち位置だった。見目麗しい主人を遠くから眺めるには抜群の場所でもある。
 外部から差し込む日光に照らされると、彼は華奢なその体の線を惜しげもなく見せつけてきた。その顔の美しさも相まって、完成された芸術品のようにも見えてしまうのだ。
 何度抱き締めて体を愛でてみたいと思った事か。
 だが、その可愛らしい外見からは想像付かない位の我儘っぷりでその気は失せてしまう。性格は決して良いとは言えなかった。
「僕が空けろって言ったら大人しく空けろっての!はあ、もう…ストレス溜まる…」
「はあ…」
 サキトは苛立ちながら椅子から立ち上がると、そのまま出入口でつったっている巨木のようなクロスレイに近付いた。
 麗しい主人が自分に近付いてくるのを見て、ついクロスレイは胸が高鳴る。
「さ、サキト様?」
「クロスレイ」
 真っ白くヒラヒラしたシャツが視界に躍る。
「僕の目線に合わせて屈んでくれない?君、大き過ぎるんだよねぇ」
 一体何をする気なのだろうか。
 クロスレイは言われるままサキトの言う事に従う。するとするりと小さな手がクロスレイの頰に触れ、相手の顔が眼前に近付いてきた。
「あっ…あ、さ、サキト様!」
 サキトは小悪魔のように妖しい目を向けると、やけに色気付いた表情でクロスレイの口元に指を当てる。
 無闇に触れない立場のクロスレイはなるべく呼吸を乱さないように身を固め、内心の動揺を必死に抑え込んでいた。
「スティレンに会えないならぁ、君で我慢、しよっかなぁ?」
「は…っ、は…ご、ご冗談を…」
 つうっと唇に当てた指を滑らせながら、サキトはクロスレイの顔面に自らの愛くるしい顔を更に近付けた。お互いの呼吸を間近で感じる。
 長い睫毛にきめ細かい肌、美しく大きな目。
 どれを取っても文句無しの美少年。ひたすら理性と戦いながら、クロスレイは我慢していた。
 一方でサキトは我慢し続ける顔を眺めながら、じわじわと変な気持ちに襲われる。
 これだけデカい体をしてる割には無駄に純粋ぶっている風を装うな、と。まさか本気で職業童貞なのだろうか。
「ねぇ、クロスレイ?」
「はっ、はひゃっ」
 変な声が上がる。
「随分余裕無さそうだけど」
「サキト、さまっ、近過ぎます!ちかっ、近い!!」
 彼は顔を真っ赤にしながらサキトに訴える。それを見て、サキトはぞわぞわと全身が熱くなってきた。はぁあっと溜息を漏らす。
 そして嬉しさに顔を綻ばせると、堪らず「クロスレイ♡」と名を呼んだ。
「へ…!?」
 自分を呼ぶその声が、普段より色合いが増している事に違和感を覚えたクロスレイ。逸らしていた顔をサキトに向ける。
 サキトは恍惚とした表情でこちらを見下ろしていた。
「君のその顔…!何それ…!やだ、その顔見てるとゾクゾクしてくる…!!何なのさ、君ってそういう顔出来るの!?」
「は…!?」
 持ち前のドS気質が垣間見えた。クロスレイは思わずひいっ!?と情けない声で悲鳴を放つ。年下相手にみっともないが、何故か恐怖を感じた。
 腰が抜けそうになり、同時に謎の危機感を覚える。
 サキトは舌舐めずりをしながらクロスレイに言う。
「スティレンに会えないなら君で我慢するしか無さそうだけど、いい具合にいけそうな気がするよ。んふふ、クロスレイ…可愛がってあげる」
 物凄く嫌な予感がして、クロスレイは半ば恐怖を感じながらサキトの顔を見ていた。
 逃げようにも主人には逆らえない。

「サキト様ぁ…!!お願いですぅ、お願いですから蛇の写真をひたすら見せるのは止めて下さいぃいいい!!怖いからぁああ…!!!」
「はぁああ…クロスレイ、最高だよぉ…その怖がる表情、凄く良い…ね、これは?これはどう?ねぇっ、乱れてっ」
 やけに興奮気味のサキトに対し、クロスレイも別の意味で興奮気味に叫び続けている。
「いやぁあああ…!お、俺っ、生物の教材の写真はまともに見れないんです、止めて下さいぃい…!!」
 …中で何が行われているのか。
 シャンクレイス学院の生徒会室から野太い悲鳴がひたすら響く中、外部の生徒達はくわばらくわばらと言わんばかりに無言で通過していった。
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