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そのきゅうじゅういち

同族嫌悪

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 放課後、いつもの校舎の最上階で駄弁っている三人。
「そういやさ」
 おもむろにスティレンが口を開く。その近くでリシェは自分の携帯電話を手にしたまま唸り、ラスはそんな彼の様子をほっこりしながら眺めていた。
 先輩は何をしても可愛いなぁ、と呟きながら。
「ラス、二年生だったら研修旅行みたいな事するじゃない。一週間だっけ、ここから離れるの…」
「んっ?」
 急に話を振られ、ラスはスティレンに目を向けた。
 全く物怖じせずスティレンは続ける。
「こいつと一週間離れるの平気なの?」
 ラスはにっこりと微笑んだ後、まだ何かに夢中になっている状態のリシェに顔を向けた。
「一週間?」
「そう、一週間。あんたの事だからこいつと片時も離れたくないんだろうけどさ。平気なのかなってちょっと思ったんだよね」
「………」
 そこでようやく相手の言いたい事が分かったらしい。
 にっこりと笑みを称えたままスティレンに向けて答える。
「平気な訳ないじゃないかぁ」
 そして謎の冷や汗を沸かした。
「どうしよう」
「どうしようもないよね。何たって俺らと学年が違うし。…ま、俺はこいつと同級生の括りだからいつも一緒だし?こいつの世話は俺に任せてくれればいいよ」
 ふふんと笑うスティレンの肩を、ラスはがっしと掴む。
「何でスティレンが一年で俺が二年なんだよぉ!!大体、スティレンは俺と同じ年でしょ!?」
 がくがくと揺さぶってくる。
 焦るラスとは対照的に、スティレンはへらへらしながら「仕方無いじゃあん」と答えた。
「俺はぁ、あらかじめこいつと一緒に編入出来るように頼んだの。この根暗が変なのに引っかからないか心配だったからさぁ。ま、居ない間はこの俺に任せてよ。こいつに変なのが寄り付かないようにしてやるからさー」
「一日だけでも先輩と一緒に居られないのは耐えられないというのに!俺が見ておかないといつどこで変態に目を付けられてしまうか分かったものじゃない!!」
 こいつは自分が一番変態だというのは自覚していないのか?
 がくがくと揺さ振られたままで笑みを称えているスティレンは思う。その一方でリシェは依然として画面と睨めっこして何かを考え込んでいた。
「大丈夫だって。こいつはこいつで逃げる事も覚えてるんだからさぁ。ま、俺が居れば大丈夫だろうけどぉ?」
 ラスの手が止まり、今度はくるりとリシェの方に顔を向ける。
「先輩っ!!」
「ん?」
 そこでやっとラスが騒いでいる事に気付く。携帯電話から目を離すと、「何?」と眉を寄せた。
「はぁああああ…!!」
 いつもの様子を見せているだけなのに、ラスは彼を見るととにかく溺愛したくて堪らない模様。抱きしめたくてうずうずする気持ちをぐっと耐え、絞るように言い放つ。
「ああ、このまま先輩をミニサイズにして、俺のポケットとかに詰め込められたらいいのに!!」
 いくら何でもそこまで言うか。スティレンは見るからに「うわぁ…」とドン引いた顔を露わにしてしまう。
「きっしょ!!!ラス、あんたそこまで気色悪い性癖持ってたの?うわぁ…引くわぁ…ドン引きだわぁ…」
「だって…仕方無いじゃないか!片時も離れたくないって気持ち分かるでしょ!!一日じゃないんだよ、一週間もだよ!先輩を真近に感じられないなんて俺には耐えられそうもない!!」
 余程苦痛のようだ。
 彼らのやりとりを聞いていた当のリシェは、スティレンと同様に思いっきり嫌な顔を向けていた。
「…何だお前…言ってる事があの保健医レベルだぞ」
 離れたくないと嘆くあまり、思考もそっち寄りになりつつあるようだ。それを聞いた瞬間、ラスは顔をがばっと上げると急に真顔になる。
「あいつと一緒にしないで下さい!!!」
 真剣に否定した。
「俺があの変態と同レベルなんておぞましい!!先輩、流石に言ってもいい事と悪い事がありますよ!!」
「何が違うんだよ…」
「俺はあいつとは違います!!」
 躍起になって否定する程、彼はあの変質者と同列にされたくはないようだ。
 もう遅いんじゃないのとスティレンは呆れる。
「あんたがリシェに関してはとにかく気色悪いっていうのは前々っから知ってるんだから、今更否定しないでよ」
「そうだそうだ。同族嫌悪ってやつだろう」
 頑なに認めたくないラスは、首を振りながら「違うってば!!」と必死になって否定を繰り返していた。
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