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真・らぶ・CAL・てっと 二十
しおりを挟むそして、次の日曜日の昼過ぎ。
心身共にいろいろと疲れて寝坊した佑が、リビングに入ると人の気配がしなかった。
わざわざ気配を殺す訓練をしているとは思えないから、家族は自分をおいて出かけたのだろう。
基本、いつものことであった。
と、急に電話が鳴った。
ドキッとした佑は、反射的に受話器を耳に当てる。
心にやましいことがあるわけではないが、急に音がすると誰でもドキッとするものだ。
「は、はいもしもし?」
電話口から流れてきたのは今まで聞いたことのない、しかし洋画のヒーローの声のような、よく通るいい声だった。
「よう! 育嶋佑ってのはあんたか?」
そのいい声とは裏腹に乱暴な口調でそう訊かれ、佑は一瞬絶句した。
相手が知り合いでも友人でもないのは明らかだ。
(な、ななななんなんだろう……?)
「は、はい、そうですけど」
なんとかそれだけを答える。
「そうか、実はな、あんたの財布を拾ったんだ」
「え?」
そう言えば、昨日買い物に行ってから自分の財布を見ていない。
「あんた、4丁目のスーパーの自転車置き場で財布落したろ?」
無茶なことを言う相手だ。
どこで落したかわかっていたら、すぐさま拾う筈で、そうすればそもそも落したとは言わないのである。
だが佑は、衣服のポケットをあちこち探り、あらためて財布がないことを確認して素直に
「は、はい……落したみたいです」
それを聞いた相手は満足げに
「だろ? 5丁目のグストで待ってっから、取りに来てくれよ」
それだけを言い、一方的に電話を切ってしまった。
ちなみに、グストとは近所にあるファミリーレストランである。
正しくは『アウグスト』というが、みんな略称で呼んでいるのだ。
家族で2、3度行ったことがある。
だが最近では冴英も外食を喜ばなくなっているので、滅多に足を向けることはない。
留美や由香とのデートの時はファーストフードですませることが多いからなおのことである。
電話が切れたあと、佑は少し放心状態だった。
ほとんど一方的に話をすすめられ、『取りに来てくれ』と言われても困る。
これが警察からならまだわかる。
だが、見ず知らずの相手から、しかもファミレスに呼び出されるというのはどういう状況なのか、と考えて思考が空転していたのだ。
いつものことである。
しかし、いくら見ず知らずの相手でも、財布を拾って連絡をしてくれたのだ。
そういう相手をあまり待たせるのも気が引ける……。
律義にもそう考えた佑はグストへと向かった。
念のため『グストに財布を取りに行ってきます』との置き手紙を残して。
呼び出しの場所に到着した佑は、はた、と気がついた。
目印も何も打合わせをしていない。
従ってこちらからはわからない。
仕方がないので、店内をうろうろすることになってしまう。
ウェイトレスが、怪訝な目付きで同僚とひそひそ話をしている。
明らかに、佑は不審者だと思われていたのだった。
「おぉい! 佑くんよ! こっちだこっち!」
立ち上がり、手をあげて佑を呼ぶその声は間違いなく唐突な電話の主であった。
頭に巻いたバンダナが目立つ。
ストーンウォッシュのジーンズの上下をラフに着こなした人物が、両の手を頭上に上げて振りたてているその姿は、更に目立った。
そのなんとも傍若無人な振る舞いに、佑はおろか周りの客やウェイトレスの視線が一斉に集中した。
だが、彼にとって、そんなことは一向に気にならないらしい。
その平然を通り越して堂々とした態度に、佑の方がかえって恐縮してしまったくらいである。
「すまねえな、呼びつけちまってよ」
視線を気にしつつ、佑が彼の向かいの席に座ると、頭を掻いて照れくさそうに笑みながらそういう。
口調は相変わらず乱暴だが、その微笑みはすっきりとしていて、佑の気分をなぜかさわやかにしてしまった。
「申し遅れたな。 俺ぁ芹沢輝明ってもんだ」
そう言うと、輝明は軽く頭を下げた。
「は、はあ……どうも、その……育嶋佑です」
つられて佑も頭を下げる。
「で、こいつは」
輝明は、横にちょこんと座っていた男の子を示した。
「五条院尊です」
よろしく、といいつつぺこんと頭を下げるその姿は可愛らしい。 学生服を着ているところをみると、萬本の中等部の生徒ではなさそうだった。
「実のところあんたの、いや君の財布を拾ったのはこのタケルでな。 俺は付き添いなんだ」
そう言いながら、ちらっと尊に目をやると
「輝明さん……」
そうつぶやくようにいって輝明に体を寄せていく。
輝明は慈愛のこもった瞳で尊を見、優しく肩を抱いた。
いくら佑がニブくても、二人が『非常に仲がいい』のはわかったようである。
「ありがと、付いてきてくれて」
「当たり前だろ? お前のためだからな」
あとはお互いに、目で会話している。
「でも、育嶋さんていい人みたいだからよかった」
そう言いながら、佑の財布をウエストポーチから取り出してテーブルの上にのせる。
「心配だったから、輝明さんについてきてもらったんだけど」
にっこりと笑う尊。
確かに今の時代、うっかり気を許してはどんな目にあうかわからない。
だったら、交番にでも届ければいいのだろうが、何故か尊はそうはしなかったのだ。
佑としても、面倒な手続きナシで財布が戻ってきたのはありがたいから、特に異論は唱えなかった。
もっとも、そうでなくとも、初対面の相手に異論を唱えられるような性格ではないのだが。
「なあ、悪いが財布の中身を確かめてくれねえか? 念のためにな? 中身をあらためたが、それは落とし主の、つまり君の身元を確かめるためでやましいことはしてねえよ」
佑としては、別段他人に見られてもそれほど困るようなものは入れていないが、積極的に情報開示に務めたいわけでもない。
「は、はい。 確認します」
乱暴な言葉づかいの割に、輝明からはイヤな感じが一切しなかった。
佑よりは頭一つ分くらい背が高いようだが、威圧感を感じるほどでもない。
それにその人懐っこい笑顔は、長年の知己のような感じさえ与えていた。
「大丈夫です。 問題ありません」
財布の中身は百パーセント無事だった。
お札や小銭、そして学生証も落したときのままだったのである。
よく覚えているものだ。
余談だが、佑は財布に学生証を入れている。
それはなんというか、つまり、中央集権的に、大事なものを一所に集めておく癖があるのである。
ある意味それはいざという時にソレだけを持って行けばいい、ということだが、逆にいうとなくしたとき非常に困る、ということでもある。
この場合は、幸運にもその癖が功を奏したらしい。
「そりゃ何よりだ」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げ、丁寧に礼を言う佑を遮って輝明は
「おいおい、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
「だからな」
ドリンクをくい、と喉に流し込んで続ける。
「拾ったのは俺じゃねえよ? 礼を言うならタケルに言ってやってくれよ」
目で笑いながらそういう輝明に、頭を掻きながら
「ど、どうもすみません」
そう謝る佑。
「いや、別に責めてるわけじゃねえけどな」
「輝明さん」
ツンツンと輝明の袖を引っ張る尊。
「ん?」
「いいじゃない、そんなこと。 財布が」
二人を交互に見ながら
「無事に持ち主の育嶋さんに戻ったんだから」
「ああ、そうだな」
右腕でぐい、と尊を抱き寄せる輝明。 くすぐったそうな顔で輝明に抱きついていく尊。
そんな二人の様子に佑は戸惑いながら
「で、でも」
「ん? まだなんか不審かい? 断っとくが、タケルが見つけたのはその財布だけだったぜ。 見つけたときは俺もすぐ側にいたからな。 保証するぜ?」
「い、いえそんなことじゃ」
慌てて手を振り
「お礼を」
「お礼?」
「その……1割のお礼を」
佑の言葉に輝明はくす、と笑って
「正確には五パーセントから二十パーセントの謝礼を要求できる、ってことだな」
ニッ、と輝明が笑うと、尊は尊で
「ボク、そんなものいりません」
と首を振る。
そんな尊の頭を優しく撫で
「ということだ。 だから払うこたねえよ」
と佑に伝える輝明。
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