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真・らぶ・CAL・てっと 五十四

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「あ、輝明さん」
「えっ?」
そう、その時まで留美と輝明が知り合いという、いかにもありそうな事実を微塵も想像していなかった。
だが、今更ながらに考えてみれば留美のプライベートを佑たちはほとんど知らない。
そして、輝明の顔が広いのは間違いなさそうである。
従って、何処かで留美と輝明の面識があっても不思議はないのだ。
だが、不思議なことはあった。
「どうしたんだ、佑? 座り込んじまってよ?」
そういいながら3人のそばへ歩み寄ってきた彼の顔がやつれていたという事実だ。
「いや、あの、これは」
そう答えながら立ち上がろうとする佑。
しかし、バランスをくずしてまたもや倒れそうになった。
「おっと」
そこをすかさず抱きかかえるように支える輝明。
さすがと言うべきであろうが、佑は思わず真っ赤になって彼の腕から離れた。
「て、輝明さん、すすすすすみません」
なんせ、相手はかつて自分のことを『かわうい』といった美形である。
事ここに至ってもまだ『そのケ』は自分にないと思っている佑なのだが、それでも照れくさいのと、それからなんとなく『コワイ』のだ。
『恐ろしい』のではない。 なんとなく成り行きが『コワイ』のであった。
「なんだ、つれねえな。 飛び退くこたねえだろ?」
からかうような目つきで佑を見やり
「なんか具合が悪いのか?」
とニヤニヤ笑った。
童顔な彼だが、やつれ頬が少しこけているためか妙に迫力が増している。
「いえその」
意味深な輝明の言葉に口ごもる佑。
まだ完全には正常に戻っていないせいもある。
「ははあ、なんかイケナイことしてたんだな」
人一倍勘の良い彼だが、佑の頬の手形を見て誤解をしたらしい。
ただ、それは正解にかなり近い誤解のようだったが。
「いやそれ違くて」
そう言いたいが言葉が出てこず、誤解を解くどころではない佑は致し方なしに話を変えた。
「て、輝明さんは、留美と知り合いだったんですか?」
「驚いたか? でもそりゃあお互い様ってもんさ。 オレぁ佑が留美ッペと知り合いだってとこで驚いたからな」
「じゃあ、もっと驚くことになるかも」
含み笑いをしてそういう留美に、輝明は怪訝な顔をした。
「あん?」
首を傾げて
「なんにしてもだな」
留美の意味深発言の意味をあれこれ思い巡らし
「どう考えてもここじゃ話がしにくいだろ? 毎度で悪い気もするが、オレの隠れ家へ行こうぜ」
と皆を促す輝明。
「そうですね……」
いささかうつむきつつ治も同意した。 治だっていきなり両親に聞かれたくない部分もあるわけで、そんな話をこんな自宅前の往来でやっているのはいかにもまずい。
治の自宅だとは輝明が思ってもいないのだろうが、相変わらず彼の笑みは屈託がなかった。 友人思いなのが溢れてくるのだ。
「そうよね、いきましょ」
佑は同意するとか拒否できるような状態ではなかった。
ほんの少ししか回復していなかったのである。 彼の復元力にしては珍しい。
それはなぜかというと、つまりいわゆる「心が折れた」状態だったのだ。
というわけで、見るに見かねた輝明が肩に担いで運んでいったのである。


そしてここは喫茶店『ナワール』特別室。
いうまでもなく輝明の「隠れ家」というわけである。
各々飲み物を頼み、一息ついてから輝明が口を開いた。
「オレと留美ッペのことはまた今度な。 今はそんなこと話してる時じゃねえだろ。 要するに昔からの知り合いなんだ。 な?」
「そうね、兄貴分ってトコよね」
留美は含み笑い、輝明は苦笑いを浮かべた後、佑達の方に向き直った。

「何はさておき、そちらのゴタゴタを話せ。 話はそれからだ」
うなずいて
「あたしは先に来てた分、輝明さんより状況わかるけど、何が起きたか二人から聞きたいの。 ね?」
促すように微笑む留美。
「まず聞きたいのは頬の手形だ」
「その、つまり」
気付けのコーヒーを飲んでやっとなんとか話せる状態になった佑を制し、治を促した。
「まず治くんに聞くとしようか。 佑から聞くのは心の整理が終わってからでいいさ」
「あ、はい、実は……」
…………………………

と、そこで治が話したのは……既に述べたのと大同小異なので割愛する。
「そっか、やっぱりユカが」
「誰だ? そのユカってのは? いや、その女の子のことらしいってのはわかるけどよ」
「ユカはね、あたしの恋人」
「はあ?」
「えっ?」
「え? え?」
三人は同時に驚きを表した。
佑だけは輝明の大きな声に驚いたのも含む。
「いったいなんのこったそりゃあ?」
口をパクパクさせている治を横目に、留美に問いただす輝明。
彼としては初耳で、寝耳に水の心境なのだ。
「そして、佑の恋人なの」
「い」
佑は制止の声を出そうとして声にならない。
しかし輝明はそれを尻目に首を傾げた。
「話が見えねえぞ? 佑の恋人はえー、つまり治くん?じゃねえのか?」
「そこはあたしにもよくわからないんだけど……ねえ治クン?」
「は、はい」
気になっている美少女、しかも先輩の恋人の留美に名前を呼ばれ反射的に緊張して声が裏返りそうになる治。
「治クンは、佑の恋人?」
「え、えーとそのそれは」
「大丈夫さ。 留美ッペは口固いからよ」
「そこはその通りなんだけど」
留美はそこで何かに気がついたらしい。
「それでは、ここで重大発表!」
「な、なんだいきなり?」
「今回の件に、か~なり関係あるの。 佑も知ってる事だけどね」
えへ、とピンクの舌先をちょこっと出して
「実は、治クンも輝明さんも知らないことがあるの」
誰かを抱きしめるようなジェスチャーで照れるように
「実はね、あたしと佑と由香は三人で恋人同士なの」
「な」
留美は、一瞬空気がまっ白になった気がした。
そして次の瞬間の大音声。
「なあにィ!!!?」
その大声量に、治はもちろん、佑も留美も声を出さず耳を押さえた。
「ちょっと輝明さんたら、マスターに怒られるわよ?」
耳を半分押さえ、小声になるようにして留美が苦情を言う。
「ここは防音になってんだ。 大丈夫さ」
「今の大きい声じゃどうだかね」
と小声で言う留美。 思わず小さく頷く治。
佑は逆に、というかはっきり意識が覚めたようで、思わずまわりを見回していた。

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