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真・らぶ・TRY・あんぐる 三十二
しおりを挟む医務室に到着し息子の包帯姿をみた英介は、やっぱりというか案の定というか顔色一つ変えなかった。
「育嶋です。 息子がお世話をおかけしました」
そう言って円に一礼すると
「いえいえそんな、これが私の仕事ですんで」
そう返した彼女の頬が、なぜかほんのり赤らんでいた。
次に英介は留美と由香に声をかけ
「お嬢さんがた、もうだいぶ暗くなってきました。 家までお送りしますので車に乗って下さい。 ご遠慮なさらずに」
そう口にし、キーを留美に渡したかと思うと、本当にヒョイ、という感じで息子を抱き上げていた。
留美と由香は驚いた。
いくら英介が大人とはいえ、なんとなく線の細い感じの彼にそんな力ワザができようとは思えなかったのだ。
ともあれ、留美と由香、正確には由香は英介に従った。
留美が家出をして佑のところで世話になっているとはまるで知らないからもあり、そして自分たちを守ってくれたのだ、と佑の家族に報告したかったからでもある。
「では失礼致します」
来た時と同じように一礼すると、息子を軽々とお姫様だっこしたまま、くるりと回れ右をして二人を先導するように学園の外部者入り口へ向かうのだった
彼は、帰り支度をしてきた留美と由香を校庭で待ち、駐車場へと向かった。
そして、留美に渡したキーで6シーターの最後尾のドアを開けてもらうと器用に佑を寝かせた。 転がり落ちないようシートベルトで固定し
「佑のためにお世話をおかけしますね」
そういって二人に向かって礼をする。
「お父様……」
と涙ぐんでいる留美はいいが、由香の方はカルチャーショック受けっぱなしだったので
「えと、あのその……ども」
という返事しか出来なかった。
「後ほど詳しくうかがいますが、何があったんですか?」
「佑くんがあたし達をかばって……助けてくれたんです」
そう由香が告げると
「そうなんですか。 それじゃお二人をおうちに送るのが少し遅くなりそうですね。 佑美さんも」
ふと照れたように苦笑してから言い直す。
「いえ、妻もお礼を申し上げたりしたいでしょうし」
更に続けて
「お二人とも、多少遅くなっても構いませんか?」
二人に対してこう尋ねるのは、もちろん『留美が家出していて、今彼の家に住んでいる』ということを隠すためである。
学校に知られたら、あっというまにスキャンダルになるような現在の状況。 留美や佑とどんな間柄なのか知れない相手に対しては伏せておいた方がいい、という判断からであった。
「あ、あの……勘違いされてませんか小父さま? 佑くんが助けてくれたんですよ? あたし達が助けたんじゃないんですよ?」
「いえ、勘違いなどしていませんよ。 でもお嬢さんの手をみれば『お嬢さんも佑を助けてくれた』ということがわかります」
静かな声で話す英介。 由香の両手の指が何本かホウタイに包まれているのを見てそう推測したのだ。
「それに、被害者になりかかったらしいポニーテールのお嬢さんのお話も聞きたがると思いますので、妻がね」
そこまで言われ、由香は承諾した。
彼女には特に門限などなかったからだ。
しかし、『今回のことで門限が創設されるかもしれない』とは由香も思っていたのであった。
育嶋家へ到着し、佑を中へ運び込む英介。
一時的に応接室のソファに寝かせる。
「ただいま、佑美さん」
「お帰りなさい、英介さん」
由香の前なので接吻は謹んだようである。
「すごいカッコ……お兄ちゃん、イシキフメイってやつじゃないの?」
ホウタイ姿に驚く冴英。
素人の留美が勝手にやったのだ、とは知らないからである。
例によって例の如く、佑美は平然としていた。
由香はその態度にちょっとムッとした。
「ふむ、寝てるだけ、ね」
寝息に耳を傾け、呼吸を確認した佑美はそう言って、二人を安心させ、別の二人を驚かせた。
安心した側、つまり英介と冴英は、二階にある佑の部屋へ寝床を整えに行った。
「で、何があったのかしら? 話して下さる?」
佑の家へ連れて来られてから由香は驚きっぱなしだった。
家宅はそれほど豪華な感じでもなければ大邸宅でもないのに、この佑の母親の華麗さとセレブのような言葉づかいはなんだろう。
まして息子を全然心配していないようだ。
芥川龍之介の『手巾』のように、陰で堪えている様子もないし、実際の話その必要もない。
更には医学の心得もあるようで、寝息を聞いただけで『寝ているだけ』と判断することができるとは並の母親ではない。
そして親友以上恋人未満の留美が割と平気な顔をしているのを見て
(留美って……やっぱり普通じゃないな……)
と思った。
「佑クンが、あたしを……あたしたちを守ってくれたんです」
留美が感激した瞳を涙に潤ませて報告する。
「そうなんです。 不良たちにあたし達が襲われようとしているのを助けてくれて」
佑美は婉然と微笑み
「男なんだから、女の子のために自分の身を投げ出すのは当たり前でしてよ」
「え」
由香は絶句した。
仮にも本当にも佑は実の息子なのである。
それはかつて、留美のために彼の事を調べた時に確認済だ。
その息子をまるっきり心配していないような佑美の発言は、由香にとって非常に衝撃的だったのだ。
(ゆ、佑くんのご両親も普通じゃない……)
その時、英介と冴英が二階から降りてきた。
寝床の準備が整ったようであった。
「ね、ママ? ケッキョクお兄ちゃんどうしたの?」
娘に、そして次には夫に向かって優雅に微笑み
「お兄ちゃんはね、留美お姉さんと、このお姉さんを助けたのですってよ? あのケガは名誉の勲章というものだわ」
それを聞いて冴英は仰天した。
「ええーっ!? お兄ちゃんが留美お姉さんと、このお姉さんを助けたの?」
「え、ええ……身をはってかばってくれて」
「それだけじゃないでしょう、お嬢さん?」
英介が口をはさむ。
近頃、彼としてはおしゃべりになったようである。
「それは、その、留美が人を呼んでくるまではあたしも手伝いましたけど」
「そうでしょう?」
由香の指のホウタイを示す英介。
「あ、なーんだ。 それならよくわかる。 あーびっくりした」
彼の実の妹である冴英のそんな言い草に
(妹まで……佑くんて……苦労してるんだなあ……佑くんの家族、絶対普通じゃないもの)
そんな同情の思いが涌きあがる。
「それで一人だけこんなにケガしてんの? な」
さけないわねえ、と続けるのは一応遠慮して
「でも、留美お姉さんが無事でよかった」
そう囁き、抱きついていく。
由香は面食らった。
留美が何度か育嶋家を訪れていたのは知っていたが、佑の妹がこんなに留美に懐いているのまでは知らなかったのだ。
だが、次の瞬間には、『二人の美少女同士の抱擁』という名画のモチーフのような光景に心を奪われていた。
そんな中、息子を二階へ運ぼうと抱き上げる寸前、英介だけはこう囁いてくれていた。
「がんばったな、佑」
それだけでも佑は報われるに違いなかった。
ぐっすり眠っていた彼には聞こえていなかった、としても。
「息子をいろいろな意味でかばっていただいて感謝していてよ? あら、あたくしとしたことがお名前をまだうかがっていなかったわ」
話が佳境には入ったのを感じ、気をきかせた英介と冴英は夕食を運んでくる。
「え、あ、あたし達夕飯をいただきにきたんじゃ」
「よろしいから、お二人とも召し上がってらっしゃいな? それともウチの夕飯なんかじゃお口に合わないかしら?」
有無を言わせぬ佑美の態度。
由香はあっさり折れた。
「そ、それじゃいただいていきます……でも、ちょっと失礼してウチに電話してきます」
そう言って、玄関口の方へ行き、ケータイを取り出すと父に連絡した。
「うん……うん、そう、友達のお母さまに『どうしても』と言われて……え、挨拶したいから出してくれ?」
由香はちょっと当惑したが、父の言葉に従うほかはない。
「すみません、小母さま? 父が挨拶したいと言うもので……電話に出ていただけますか?」
居間をのぞき込み、佑美にそう声をかける。 彼女は速やかに電話に出て
「あ、ええ、育嶋と申します。 この度は無理にお引き留め致しまして……いえいえとんでもない、お邪魔だなんて……可愛いお嬢さんですわ。 はい、あまり遅くならないうちにお宅までお送り致します。 はい、では」
佑美はそつのない対応をし
「あなたに替わってくださいですってよ?」
といって、由香にケータイを返すとまた居間に引っ込んだ。
「うん、わかってる、それじゃ遅くならないようにするね?」
そう言って、ケータイを切った。
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