4 / 8
第3話:落第魔法師は下僕を手に入れる
しおりを挟む
アネット先生は俺の書いた図を何度も確認していた。
授業は中断されてしまい、そのまま一限の終了を告げるチャイムが鳴った。
「……すまない、午前の授業はこれにて終わる。午後の実技は予定通り行うので、時間になったら校庭に集まるように。以上だ」
先生は覇気のない声でそう言うと、ノートに図をメモして、教室をさっさと出て行ってしまった。
ヴィエール魔法学院の授業は午前の部と午後の部で合計四限の時間割が設けられている。
日によって順番が変わることはあるが、今日は午前が座学で午後が実技の予定だった。
二限の授業は休講となり、昼休みを挟んで三限から再開という流れになる。
「アネット先生大丈夫かなあ?」
「自分にも厳しい先生だからね~」
「生徒に間違いを指摘されたら居た堪れないよ……」
不思議と俺を責める雰囲気にはなっていないが、こうなってしまうとなんだか悪いことをした気分になってしまうな。
俺が教室の扉を眺めていると、
「アネット先生なら大丈夫。午後になったらまた元気になってるはず」
「いつもあんな感じなのか?」
「うーん、でもメンタルは強い人だから」
隣にいたリアナが俺を気遣ってくれる。気の知れた友人がいない俺にとって、彼女が声を掛けてくれるのはとてもありがたい。
「ねえアンタ、アキヤだっけ?」
後ろから名前を呼ばれた。振り返ると、赤髪の少女が俺の顔を覗き込んでいた。確か昨日この子とも会ってたような。名前は確か……メアリーだっけ?
残念胸ではあるが、顔は精緻なガラス細工のように整っていて、かなりの美少女だ。
「昨日の変態が今度はクラスに来たって思ってびっくりしちゃったわよ!」
「えーと、君はメアリーさん?」
「よく覚えてたわね……。私のことはメアリーでいいわよ。ちなみに私はリアナの親友! そうよね?」
メアリーは強い語気でリアナに返事を求めた。
「うん。幼馴染だし、私もメアリーは大切な親友だと思っているわ」
メアリーはリアナの返事に満足した様子でうんうんと頷き、
「そう、つまりそんな感じなのよ! それなのに私を差し置いてなんだかアンタたち仲良さげよね。どうしちゃったのかしら?」
「わ、私は別に! ……アキヤ君とはクラスメイトとして仲良くしているだけ」
リアナが焦ったように早口になった。
「へー、怪しいわね」
「怪しいも何も事実だぞ」
リアナとは昨日が初対面で、たまたま今日同じクラスになった。世間話くらいしかしていないし、ただのクラスメイト以上でも以下でもない。
「まあいいわ。そういうことだから、私とも仲良くしてよね?」
「もちろんだ。よろしく、メアリー」
話せる相手がまた一人増えるってのはありがたい。リアナの親友ならきっとこの子とも仲良くなれるはずだ。
俺とリアナ、メアリーの三人で盛り上がっている中、近づいてくる女がいた。
「あらあら、男の魔法師が来たからと言ってもう男漁りですの? まったく、品がありませんこと」
一目見て驚くほど綺麗な白銀の髪。宝石のように澄んだ赤い瞳。リアナと同じくらい膨らんだ豊満な胸。全てが絶妙のバランスで成立している――そんな美少女がそこにいた。顔もリアナやメアリーに負けないくらい整っていて、どこか気品がある。そんな印象だ。
「……と、男の魔法師を無視できずにここにきたリーシャ様がそんなこと言ってるけど、リアナはどう思う?」
「私も同感かな。もしかして仲良くしたいのかも?」
リーシャという白銀の女は顔を真っ赤にして、反論を始めた。
「わ、私は決して興味ありませんの! 多少座学の方はできるようですけれど、この学院で大事なのは実技なのですわ! 実技ができない生徒に人権はありませんの! 男の魔法師如きに実技ができるわけありませんの。そんなこともわからないとは……庶民は可哀想ですわね」
実技に関しても千年も修行すれば人並みにできるようになったつもりなんだが……それはさておき。
「えっと……じゃあリーシャは庶民じゃないってことなのか?」
「初対面の相手を呼び捨てにするとは良い度胸ですわね……。答えはイエスですわ。私はセルヴィスト家の長女なのですわ! 驚きましたの?」
セルヴィスト家……聞いたことないな。家の名前を自慢するということは多分名のある貴族なんだろう。でも千年前にはそんな名前の貴族は聞いたことが無かったから、多分ここ最近に成り上がった新興貴族だ。
「いや、知らないな。ちょっと世間に疎いんだ」
「セ、セルヴィスト家を知らないなんて……あ、ありえないですの……!」
リーシャは狼狽え、後ずさる。よほどショックを受けているという感じだ。
「アキヤ、セルヴィス家を知らないって本当なの?」
反応からすると常識的なことらしく、リーシャを挑発していたメアリーでさえもかなり驚いているみたいだ。……そんなに驚かれても知らないものは知らないのだが。
「ああ、有名なのか?」
「昔の大戦でセルヴィス家の魔法師が活躍したとかで、有力貴族のうちの一つよ。さすがに知らないとは思わなかったわ」
大戦……つまり俺が知らない間に千年の間に戦争が起こっていたのか。編入という体になっている以上、歴史はちょっと勉強しておいた方がいいかもしれないな。
しかし貴族ってのはこんなに偉そうな態度を取るもんだっけ? 俺の知ってる貴族はもうちょっと外面的には慎ましかった記憶があるんだが。
「わ、私に恥をかかせるとは良い度胸ですのね……いいですわ。決闘を申し込みますの!」
リーシャは相変わらず顔を真っ赤にして、俺を睨んでいた。
ざわざわ……と不穏な空気が立ち込める。
「リーシャ様が決闘を申し込んだ!?」
「座学では凄い知識があるみたいだけどさすがに実技では……ねえ」
「アキヤ君断って!」
他の生徒たちの雰囲気から察する限り、このリーシャというお嬢様は実技がかなりできるらしい。実技ができるということは決闘にも自信があるということだ。
断ることもできるが、この手のタイプはそれをすると勝ち誇りそうだし、気分が良いものではない。……決闘の条件次第だな。
「決闘をするとして、リーシャ様は何を求めるんだ?」
「……そうですわね、では、あなたが負けたら私の下僕になるということでどうですの?」
「それ、負けたら自分が下僕になるってことだけどいいのか?」
「構いませんわ。私が負けるわけがありませんもの」
「俺が男だってことわかってるのか? もしかしたら酷いことするかもしれないんだぞ?」
「好きにしてくれて構いませんの。……まあ、あなたが勝ったらの話ですわ」
「わかった。そういうことならその決闘、受けさせてもらうよ」
俺が答えると、リーシャにとっては予想外だったのか、驚いていた。
「い、今なら土下座して謝罪すれば許して差し上げますのよ?」
「なんだ、怖くなったのか? 俺は別に構わないが」
「そんなことはありませんの! ……いいですわ。では、いますぐ校庭で決闘ですの」
◇
「アキヤ君、リーシャ様はあんな性格してるけど本当に強いから……もしダメそうだったらすぐに降参して。約束してほしいの」
リアナがぎゅっと俺の制服の袖を掴んだ。
「約束するよ。ただ、あんな小娘に負ける気はしないけどな」
「……小娘?」
「いや、なんでもない」
Eクラス以外はまだ二限の授業中なので、校庭には誰一人いない。
俺とリーシャが校庭の真ん中まで移動し、その後ろをクラスメイトがついてくる。
「ルールはどちらかの戦闘不能、あるいは降参が条件ってことでいいな?」
「決闘のルールは受け手に選択権がありますわ。ご自由にどうぞですの」
決闘が始まった。
リーシャは俺の様子を見てから動く作戦のようだ。意外と慎重派なのかもしれない。
俺は【身体強化】を使って、リーシャに猛スピードで接近する。
リーシャは俺の動きを見切ったかのように素早く左に躱して、【火炎球】を連射してくる。
【火炎球】は火属性の初級魔法。基本的な攻撃魔法だが、リーシャは発動速度がかなり速い。十数年しか生きていないことを考えると、これは天性の才能だな。
躱すこともできるが、一度攻撃を受けてみよう。
【火炎球】が俺の身体に着弾し、ボンっと爆発する。
そこそこの攻撃力はあるが、俺の【身体強化】を貫くことはできない。……だいたいリーシャの実力はわかった。
「防御力はそこそこ高いようですけど、スピードがまだまだですわね!」
リーシャは【火炎球】が当たったことを自分の実力だと勘違いしたらしい。注意して見ていれば俺が意図的に攻撃を受けたことくらいわかりそうなものだが、その辺がまだ未熟だということか。
俺ははぁ、と嘆息する。
「これが本気だと思ったか? まだ十パーセントも本気を出してないぞ」
「ハ、ハッタリですわ! 私は騙されませんの!」
リーシャはキッっと俺を睨み、次の魔法の準備を始めた。
【炎剣雨】……炎の剣を雨のように振りまく高等魔法。大きな口を叩くだけのことはあるな。
上空には大量の炎剣が浮遊していた。
「どうなっても知りませんの!」
リーシャの宣言で、炎剣が猛スピードで落下してくる。しかし、なぜか俺じゃなくてリーシャに向かって落ちてきたのだった――。
「な、なんですの!? きゃああああああ!」
「バカ! 何やってんだ!?」
くそ、今からあの魔法を無効化させていたらリーシャが死んでしまう。未熟ゆえに生意気な奴だが、ここまでの魔法が使えるようになるまでには血の滲むような努力があったのだろう。助けてやりたい。
頭で考える前に、身体が動いていた。
【身体強化】の効果を最大まで引き上げる。
俺はリーシャを抱えて、剣の雨に飛び込んだ。
「な、何をするのですの!?」
「頭を上げるんじゃない! 俺の陰に隠れるんだ」
俺はリーシャを強引に抑え込む。
そして、数千、数万の炎の剣が降ってくる。【身体強化】で上昇した防御力のおかげで、なんとか怪我をせずに済んだ。
魔法の効果が終わり、炎の剣が消滅する――。
「……ありがとう……ですの」
リーシャは俺の胸の中で、小さく囁いた。魔法の失敗は時に術者が命を落とすこともある。あの瞬間、死を覚悟しただろう。だから、素直にお礼の言葉が出てきたのかもしれない。
「さて、決闘の続きはどうする?」
「私の負けですわ。【炎剣雨】を受けて傷一つ無いなんて、もう勝てる気がしませんの」
「そうか、じゃあお前は俺の下僕ってことでいいんだな?」
「そ、それは……言葉の綾というかその……ですの」
リーシャはさっきとは少し違う感じで顔を真っ赤にした。怒りのようなものは感じられず、ただ焦っているような、そんな感じだ。
「まさか有名貴族の長女が約束を反故にするなんて、そんなことありえないよな?」
「うぅ~~~……わかりましたわ。……うぅ、ご主人様」
「酷いことはしないから安心してくれ。これから仲良くしようぜ、リーシャ」
俺はリーシャに右手を差し出し、握手を求める。
彼女は俺の手を固く握り返してきた。
授業は中断されてしまい、そのまま一限の終了を告げるチャイムが鳴った。
「……すまない、午前の授業はこれにて終わる。午後の実技は予定通り行うので、時間になったら校庭に集まるように。以上だ」
先生は覇気のない声でそう言うと、ノートに図をメモして、教室をさっさと出て行ってしまった。
ヴィエール魔法学院の授業は午前の部と午後の部で合計四限の時間割が設けられている。
日によって順番が変わることはあるが、今日は午前が座学で午後が実技の予定だった。
二限の授業は休講となり、昼休みを挟んで三限から再開という流れになる。
「アネット先生大丈夫かなあ?」
「自分にも厳しい先生だからね~」
「生徒に間違いを指摘されたら居た堪れないよ……」
不思議と俺を責める雰囲気にはなっていないが、こうなってしまうとなんだか悪いことをした気分になってしまうな。
俺が教室の扉を眺めていると、
「アネット先生なら大丈夫。午後になったらまた元気になってるはず」
「いつもあんな感じなのか?」
「うーん、でもメンタルは強い人だから」
隣にいたリアナが俺を気遣ってくれる。気の知れた友人がいない俺にとって、彼女が声を掛けてくれるのはとてもありがたい。
「ねえアンタ、アキヤだっけ?」
後ろから名前を呼ばれた。振り返ると、赤髪の少女が俺の顔を覗き込んでいた。確か昨日この子とも会ってたような。名前は確か……メアリーだっけ?
残念胸ではあるが、顔は精緻なガラス細工のように整っていて、かなりの美少女だ。
「昨日の変態が今度はクラスに来たって思ってびっくりしちゃったわよ!」
「えーと、君はメアリーさん?」
「よく覚えてたわね……。私のことはメアリーでいいわよ。ちなみに私はリアナの親友! そうよね?」
メアリーは強い語気でリアナに返事を求めた。
「うん。幼馴染だし、私もメアリーは大切な親友だと思っているわ」
メアリーはリアナの返事に満足した様子でうんうんと頷き、
「そう、つまりそんな感じなのよ! それなのに私を差し置いてなんだかアンタたち仲良さげよね。どうしちゃったのかしら?」
「わ、私は別に! ……アキヤ君とはクラスメイトとして仲良くしているだけ」
リアナが焦ったように早口になった。
「へー、怪しいわね」
「怪しいも何も事実だぞ」
リアナとは昨日が初対面で、たまたま今日同じクラスになった。世間話くらいしかしていないし、ただのクラスメイト以上でも以下でもない。
「まあいいわ。そういうことだから、私とも仲良くしてよね?」
「もちろんだ。よろしく、メアリー」
話せる相手がまた一人増えるってのはありがたい。リアナの親友ならきっとこの子とも仲良くなれるはずだ。
俺とリアナ、メアリーの三人で盛り上がっている中、近づいてくる女がいた。
「あらあら、男の魔法師が来たからと言ってもう男漁りですの? まったく、品がありませんこと」
一目見て驚くほど綺麗な白銀の髪。宝石のように澄んだ赤い瞳。リアナと同じくらい膨らんだ豊満な胸。全てが絶妙のバランスで成立している――そんな美少女がそこにいた。顔もリアナやメアリーに負けないくらい整っていて、どこか気品がある。そんな印象だ。
「……と、男の魔法師を無視できずにここにきたリーシャ様がそんなこと言ってるけど、リアナはどう思う?」
「私も同感かな。もしかして仲良くしたいのかも?」
リーシャという白銀の女は顔を真っ赤にして、反論を始めた。
「わ、私は決して興味ありませんの! 多少座学の方はできるようですけれど、この学院で大事なのは実技なのですわ! 実技ができない生徒に人権はありませんの! 男の魔法師如きに実技ができるわけありませんの。そんなこともわからないとは……庶民は可哀想ですわね」
実技に関しても千年も修行すれば人並みにできるようになったつもりなんだが……それはさておき。
「えっと……じゃあリーシャは庶民じゃないってことなのか?」
「初対面の相手を呼び捨てにするとは良い度胸ですわね……。答えはイエスですわ。私はセルヴィスト家の長女なのですわ! 驚きましたの?」
セルヴィスト家……聞いたことないな。家の名前を自慢するということは多分名のある貴族なんだろう。でも千年前にはそんな名前の貴族は聞いたことが無かったから、多分ここ最近に成り上がった新興貴族だ。
「いや、知らないな。ちょっと世間に疎いんだ」
「セ、セルヴィスト家を知らないなんて……あ、ありえないですの……!」
リーシャは狼狽え、後ずさる。よほどショックを受けているという感じだ。
「アキヤ、セルヴィス家を知らないって本当なの?」
反応からすると常識的なことらしく、リーシャを挑発していたメアリーでさえもかなり驚いているみたいだ。……そんなに驚かれても知らないものは知らないのだが。
「ああ、有名なのか?」
「昔の大戦でセルヴィス家の魔法師が活躍したとかで、有力貴族のうちの一つよ。さすがに知らないとは思わなかったわ」
大戦……つまり俺が知らない間に千年の間に戦争が起こっていたのか。編入という体になっている以上、歴史はちょっと勉強しておいた方がいいかもしれないな。
しかし貴族ってのはこんなに偉そうな態度を取るもんだっけ? 俺の知ってる貴族はもうちょっと外面的には慎ましかった記憶があるんだが。
「わ、私に恥をかかせるとは良い度胸ですのね……いいですわ。決闘を申し込みますの!」
リーシャは相変わらず顔を真っ赤にして、俺を睨んでいた。
ざわざわ……と不穏な空気が立ち込める。
「リーシャ様が決闘を申し込んだ!?」
「座学では凄い知識があるみたいだけどさすがに実技では……ねえ」
「アキヤ君断って!」
他の生徒たちの雰囲気から察する限り、このリーシャというお嬢様は実技がかなりできるらしい。実技ができるということは決闘にも自信があるということだ。
断ることもできるが、この手のタイプはそれをすると勝ち誇りそうだし、気分が良いものではない。……決闘の条件次第だな。
「決闘をするとして、リーシャ様は何を求めるんだ?」
「……そうですわね、では、あなたが負けたら私の下僕になるということでどうですの?」
「それ、負けたら自分が下僕になるってことだけどいいのか?」
「構いませんわ。私が負けるわけがありませんもの」
「俺が男だってことわかってるのか? もしかしたら酷いことするかもしれないんだぞ?」
「好きにしてくれて構いませんの。……まあ、あなたが勝ったらの話ですわ」
「わかった。そういうことならその決闘、受けさせてもらうよ」
俺が答えると、リーシャにとっては予想外だったのか、驚いていた。
「い、今なら土下座して謝罪すれば許して差し上げますのよ?」
「なんだ、怖くなったのか? 俺は別に構わないが」
「そんなことはありませんの! ……いいですわ。では、いますぐ校庭で決闘ですの」
◇
「アキヤ君、リーシャ様はあんな性格してるけど本当に強いから……もしダメそうだったらすぐに降参して。約束してほしいの」
リアナがぎゅっと俺の制服の袖を掴んだ。
「約束するよ。ただ、あんな小娘に負ける気はしないけどな」
「……小娘?」
「いや、なんでもない」
Eクラス以外はまだ二限の授業中なので、校庭には誰一人いない。
俺とリーシャが校庭の真ん中まで移動し、その後ろをクラスメイトがついてくる。
「ルールはどちらかの戦闘不能、あるいは降参が条件ってことでいいな?」
「決闘のルールは受け手に選択権がありますわ。ご自由にどうぞですの」
決闘が始まった。
リーシャは俺の様子を見てから動く作戦のようだ。意外と慎重派なのかもしれない。
俺は【身体強化】を使って、リーシャに猛スピードで接近する。
リーシャは俺の動きを見切ったかのように素早く左に躱して、【火炎球】を連射してくる。
【火炎球】は火属性の初級魔法。基本的な攻撃魔法だが、リーシャは発動速度がかなり速い。十数年しか生きていないことを考えると、これは天性の才能だな。
躱すこともできるが、一度攻撃を受けてみよう。
【火炎球】が俺の身体に着弾し、ボンっと爆発する。
そこそこの攻撃力はあるが、俺の【身体強化】を貫くことはできない。……だいたいリーシャの実力はわかった。
「防御力はそこそこ高いようですけど、スピードがまだまだですわね!」
リーシャは【火炎球】が当たったことを自分の実力だと勘違いしたらしい。注意して見ていれば俺が意図的に攻撃を受けたことくらいわかりそうなものだが、その辺がまだ未熟だということか。
俺ははぁ、と嘆息する。
「これが本気だと思ったか? まだ十パーセントも本気を出してないぞ」
「ハ、ハッタリですわ! 私は騙されませんの!」
リーシャはキッっと俺を睨み、次の魔法の準備を始めた。
【炎剣雨】……炎の剣を雨のように振りまく高等魔法。大きな口を叩くだけのことはあるな。
上空には大量の炎剣が浮遊していた。
「どうなっても知りませんの!」
リーシャの宣言で、炎剣が猛スピードで落下してくる。しかし、なぜか俺じゃなくてリーシャに向かって落ちてきたのだった――。
「な、なんですの!? きゃああああああ!」
「バカ! 何やってんだ!?」
くそ、今からあの魔法を無効化させていたらリーシャが死んでしまう。未熟ゆえに生意気な奴だが、ここまでの魔法が使えるようになるまでには血の滲むような努力があったのだろう。助けてやりたい。
頭で考える前に、身体が動いていた。
【身体強化】の効果を最大まで引き上げる。
俺はリーシャを抱えて、剣の雨に飛び込んだ。
「な、何をするのですの!?」
「頭を上げるんじゃない! 俺の陰に隠れるんだ」
俺はリーシャを強引に抑え込む。
そして、数千、数万の炎の剣が降ってくる。【身体強化】で上昇した防御力のおかげで、なんとか怪我をせずに済んだ。
魔法の効果が終わり、炎の剣が消滅する――。
「……ありがとう……ですの」
リーシャは俺の胸の中で、小さく囁いた。魔法の失敗は時に術者が命を落とすこともある。あの瞬間、死を覚悟しただろう。だから、素直にお礼の言葉が出てきたのかもしれない。
「さて、決闘の続きはどうする?」
「私の負けですわ。【炎剣雨】を受けて傷一つ無いなんて、もう勝てる気がしませんの」
「そうか、じゃあお前は俺の下僕ってことでいいんだな?」
「そ、それは……言葉の綾というかその……ですの」
リーシャはさっきとは少し違う感じで顔を真っ赤にした。怒りのようなものは感じられず、ただ焦っているような、そんな感じだ。
「まさか有名貴族の長女が約束を反故にするなんて、そんなことありえないよな?」
「うぅ~~~……わかりましたわ。……うぅ、ご主人様」
「酷いことはしないから安心してくれ。これから仲良くしようぜ、リーシャ」
俺はリーシャに右手を差し出し、握手を求める。
彼女は俺の手を固く握り返してきた。
0
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで
六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。
乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。
ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。
有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。
前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜
幸運寺大大吉丸◎ 書籍発売中
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。
4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。
そんな彼はある日、追放される。
「よっし。やっと追放だ。」
自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。
- この話はフィクションです。
- カクヨム様でも連載しています。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件
エース皇命
ファンタジー
前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。
しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。
悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。
ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる