100日後、巨大隕石落下

橘靖竜

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第一章 隕石発見

Day98 沈黙の交信

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《アメリカ・NASA/JPL・CNEOS(軌道解析)》

室内の照明が青白く光る。
アンナ・ロウエル博士は、
国防総省宛のメールを閉じたまま、指先を止めていた。

モニターには“Ω”の軌道。
その赤い線が、地球の進行方向と静かに交わっている。

「……この角度。誤差を入れても、外れない。」

若いオペレーターが恐る恐る尋ねた。

「博士、確率は上がってます。**4.2%**です。」

アンナは眉をひそめる。

「上層部には?」

「まだ報告を止められています。“誤差を減らしてからにしろ”と。」

アンナは短く息を吐いた。

「“減らしてから”なんて言ってる間に、時間は減っていくのに。」

彼女は机の端の端末を取り、暗号化チャンネルを開いた。

そこに短い英文を打つ。

“Private line – Dr. Shiratori. Urgent data crosscheck required.”

(個人回線―白鳥博士へ。緊急データ照合が必要。)


《日本・JAXA/ISAS 相模原キャンパス(軌道計算・惑星防衛)》

午前2時。

白鳥レイナは画面に届いた暗号通信を見て、目を細めた。

「……アンナ、やっぱりあなたも気づいてたのね。」

すぐに返信を打つ。
“日本でも同じ傾向。確率上昇中。政府にはまだ伝えられない。”

返事は一瞬で戻る。
“Then we keep it between us. For now.”

(今は私たちだけで、保つ。)

彼女は深く椅子に沈み込んだ。

“科学は真実を語るためにある”。

けれど、真実は時に“人を壊す”こともある。

背後から声がした。

「主任、何かあったんですか?」

若手の城ヶ崎悠真が立っていた。

白鳥は振り返らずに言った。

「NASAとデータ照合しただけ。気にしないで。」

「隠してる顔ですよ、それ。」

「……悠真、今は“静かに観測”するのが仕事。声を上げるのはまだ早いの。」

城ヶ崎は俯いたまま言った。

「でも、“誰も言わない”まま100日が過ぎたら、誰が責任取るんですか。」

白鳥はしばらく沈黙し、

「……その時は、私が言うわ。」

とだけ答えた。


《アメリカ・ホワイトハウス/通信室》

ルース大統領は、早朝の報告を聞きながらコーヒーをすすっていた。

「日本政府がJAXA経由で観測を強化しているそうです。正式発表はまだありません。」

「サクラ首相はどう出る?」


「“静観”。国民を混乱させないために、“確定してから発表する”方針です。」

ルースは短く笑った。

「どこの国も同じだな。真実より安定を選ぶ。」

補佐官が言う。

「もし彼女と直接話せれば、情報共有が進みます。」

「繋げ。」


《日本・総理官邸/執務室》

鷹岡サクラのデスクの電話が鳴る。
受話器を取ると、通訳官が囁く。


「アメリカ大統領、ルース氏です。」

静かな電子音。
英語と日本語が交互に重なった。

「マダム・プライムミニスター、早朝に失礼。
NASAがオメガの確率を再計算しました。」

「こちらも確認しています。……確率が上がった、と。」

「その通りだ。だが、報道には出していない。君たちはどうだ?」

「私たちも同じ。まだ“確定ではない”から。」

ルースの声が低くなる。

「いずれ報道が嗅ぎつける。隠し通すのは難しい。」

サクラは穏やかに答える。

「“隠す”つもりはありません。

でも、国を守るのは“真実”よりも“冷静さ”の方です。」

「……なるほど、理性的だ。」

サクラは軽く笑った。

「“感情的に見えて理性的”と言われた方が、私らしいですよ。」

通信の向こうで、ルースが小さく息を漏らす。

「君がその椅子にいる理由が分かる気がする。」

通話が終わると、藤原がそっと近づいた。

「アメリカは“キネティック・インパクター計画”の予備検討を始めるようです。」

「衝突で軌道をずらす……成功率は?」

「五割以下。博打です。」

サクラは窓の外を見た。

「博打でも、人は“希望”って言葉で賭けるのよ。」


《東京・ニュース編集部》

記者の桐生誠は、同僚に小声で言った。

「NASAとJAXA、同じ隕石データを追ってる。

けど、どっちも発表してない。変だと思わない?」

「上から“まだ確定じゃない”って止められてるんだろ。」

「それでも書くのが記者でしょ。“確定してないからこそ、知る意味がある”んだ。」

桐生の机の上では、SNSのトレンドが更新されていた。


#太陽の死角

#NASA隠してる

#オメガ

画面の向こうで、世界が少しずつざわめき始めていた。


《日本・JAXA/ISAS 相模原キャンパス(軌道計算・惑星防衛)》

白鳥レイナは静まり返った観測室でモニターを見つめていた。

画面の右端に小さく数字が光る。


Impact Probability:4.8%

隣で、城ヶ崎がつぶやいた。

「主任……もう“観測継続”の範囲じゃないですよ。」

白鳥は小さく頷いた。

「ええ。でも、まだ“発表”は許されない。

だからこそ、“データ”で証明するの。
言葉より、数字で。」

「でも数字は、誰も聞かないじゃないですか。」

「聞かせる方法を、これから考えるのよ。」


《日本・総理官邸 夜》

サクラはノートを閉じ、夜景を見つめていた。

遠くの東京湾に、小さく光る飛行機の列。

日常は、まだいつも通り。

藤原が静かに言う。

「総理。いずれ情報は漏れます。」

サクラは頷いた。

「ええ。だけど、その瞬間に“何を言うか”が国を分ける。

“隠していた政府”じゃなく、“準備していた政府”でありたい。」

彼女はペンを取り、書き留めた。

“沈黙は守るためのもの。逃げるためのものじゃない。”

窓の外の夜空には、まだ何も見えなかった。

けれど、太陽の向こうでは確かに――“オメガ”が近づいていた。


本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。

This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.
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