100日後、巨大隕石落下

橘靖竜

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第三章 人類の賭け

Day59 カウントダウンの顔

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《国際ニュース専門チャンネル》

世界地図の上に、
大きく数字が重ねられている。

<ASTRAEA-A LAUNCH IN 4 DAYS>
<人類初の“惑星防衛ミッション”発射まで、あと4日>

キャスターが、
各地の映像を指し示す。

「こちらはヨーロッパ。
 ESA本部前には“Good luck ASTRAEA”の横断幕が並び、
 市民たちがろうそくを持って立ち尽くしています。」

画面が切り替わる。

「一方、こちらは南米。
 教会の前では“世界平和のミサ”が続き、
 オメガの接近とアストレアAの成功を
 同時に祈る姿が見られます。」

字幕が流れる。

<祈りの対象は“神”か“ロケット”か——
 世界が分かれる中で、
 カウントダウンだけは同じ数字を刻んでいる。>



《アメリカ・NASA/JPL・CNEOS》

夜のパサデナ。
外はひんやりとした空気。
中は、モニターの光だけが静かに瞬いていた。

マーク・ヘインズは、
コーヒーの紙コップを片手に
軌道データの一覧をスクロールしていた。

「……オメガ、
 Day59 03:00 UTC。
 予報位置誤差、依然として許容範囲。」

隣の席から、同僚が覗き込む。
「“許容範囲”って言葉、
 最近嫌いになってきた。」

「どこにいても“許容範囲”。
 ただしその“範囲”の中に、
 地球に当たる未来も含まれてるんだから。」

マークは肩をすくめる。
「だからアストレアが飛ぶんだろ。
 “許容範囲”の中から、
 なるべくマシな一点を引き寄せるために。」

端末には、
IAWN向け警報メールのドラフトが開いている。

<Subject: NEO 202X-Ω(OMEGA) Orbit Update / Day59
 To: IAWN members, JAXA/ISAS, ESA, other partners>

『オメガの公転軌道は、
 最新の光学・レーダー観測に基づき再計算されました。
 Day59 時点での地球衝突確率に大きな変化はなく、
 依然として“高リスクNEO”に分類されます。』

『アストレアAミッションの設計は
 この軌道解を前提としており、
 現状、打ち上げ計画に変更はありません。』

(“変更はありません”。
 みんなこの一文を探しに
 メールを開くんだろうな。)

送信ボタンにカーソルを合わせる前に、
マークはふと手を止めた。

「なあ。」

「ん?」

「アストレアAが成功したら……
 俺たちの仕事って、
 明日から“ちょっとだけ楽になると思うか?」

同僚は少し考えて首を振る。

「“次もある”って
 世界中が思い始めるだけじゃないかな。」

「“一回できたんだから、
 次も頼むよ”って。」

マークは苦笑した。

「そうか。
 “惑星防衛成功”って、
 定年まで残業コースの合図か。」

それでも彼は、
送信ボタンを押す。

世界中の「宇宙の目」に向けて、
Day59のオメガの座標を
静かに流した。


《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/外周警備ルート》

小雨まじりの夕方。
警察車両が数台、
周囲の道路をゆっくりと走っている。

隊長格の警察官が地図を片手に指示を飛ばす。

「ここが正門前。
 “光の列”だの“祈りの輪”だの、
 どれだけ人が集まるか読めない。」

「当日は、
 科学者を応援するグループと、
 アストレアに反対するグループが
 同じ時間帯に来る可能性が高い。」

若い巡査が尋ねる。
「やっぱり、
 完全に分けるのは難しいですか。」

「ああ。
 道も限られてるしな。」

隊長は、
さっき印刷したばかりの資料を見せる。

<“殴る自由はない”会見以降の
 関連ハッシュタグ動向>

「総理がああ言ったおかげで、
 あからさまな“殴る宣言”は減った。」

「だがそのぶん、
 “立つ”“座る”“囲む”って言葉が増えてる。」

巡査が苦い顔をする。

「言葉遊び、ですね。」

「そうだ。
 だから俺たちも、
 “どこまでが座り込みで、
 どこからが“発射施設への妨害”か、
 自分の中で線を引いておけ。」

「その線を現場で一瞬で引けるかどうかで、
 誰かの未来が変わる。」

「科学者も、
 祈る人も、
 巻き込まれる一般人もな。」

遠くに、
JAXAの白い建物がぼんやりと見える。

(あっちはあっちで、
 宇宙の線を引いてるんだろう。)

(こっちはこっちで、
 路上の線を間違えないようにしないとな。)



《総理官邸・官房長官記者会見》

フラッシュが続く中、
官房長官が淡々と読み上げる。

「……アストレアA打ち上げに関連しまして、
 政府としての“当日の基本方針”をお伝えします。」

モニターに資料が映る。

<1. 学校・教育機関への対応>
<2. 公共スペースでのパブリックビューイング>
<3. 宗教団体・市民団体による集会との調整>

「まず、教育機関につきまして。」

「文部科学省から各学校に対し、
 アストレアA打ち上げを
 “科学教育上の重要な機会”と位置づける通知を
 本日付で送付しました。」

「授業時間中であっても、
 校長の判断により
 打ち上げ中継を視聴することを認める、
 という内容です。」

記者が手を挙げる。
「“地球が助かるかどうか”の瞬間を
 子どもに見せることには、
 賛否が分かれると思いますが。」

官房長官は、
一瞬だけ言葉を選んだ。

「最終的な判断は、
 それぞれの現場に委ねています。」

「ただ、
 “人類が正面から危機に向き合おうとしている瞬間”を
 隠すべきではない——
 というのが政府の基本的な考えです。」

「そのうえで、
 ショックを受ける子どもが出ないよう
 事前・事後のケアも含めて
 周知を行ってまいります。」

別の記者が問う。
「“祈りの集会”と
 “科学者を応援する集会”が
 各地で計画されていますが、
 政府としてはどのように見ていますか。」

「いずれも、
 憲法の保障する“表現の自由”の範囲内で
 行われるものであれば、
 最大限尊重されるべきだと考えます。」

「繰り返しになりますが——」

官房長官は、
サクラの会見の言葉をなぞるように言った。

「“誰かを殴る自由”だけは
 この国には存在しません。」

その一文だけは、
はっきりとした口調だった。



《地方都市・公立中学校・職員室》

昼休みの職員室。
テレビから、
官房長官会見のニュースが流れている。

理科教師がため息をついた。

「……うちも
 “アストレア中継 視聴希望”のプリント、
 出すことになりそうだな。」

若い社会科教師が
コーヒーを飲みながら言う。
「歴史の教科書に
 “アストレアA打ち上げ”って載るの、
 ほぼ確定でしょうからね。」

「“生中継で見た”っていうのは
 悪くない経験かもしれません。」

保健室の先生が、
心配そうに口を挟む。
「でも、失敗したら……
 泣いちゃう子、
 絶対出てきますよ。」

理科教師は、
少し考えてから頷いた。
「だから、
 “成功したら拍手”じゃなくて、
 “飛ばしたこと自体をどう思うか”って話を
 ちゃんと授業でやらないといけないんだろうな。」

社会科教師が笑う。
「“プラネタリーディフェンス”を
 中学生向けに語れる先生なんて、
 国内に何人いるんでしょう。」

「少なくとも一人はここにいるさ。」

理科教師は、
教卓の上に置いてある
オメガの資料プリントを軽く叩いた。

(怖いのは、
 子どもじゃなくて大人の方かもしれない。)

(“自分たちの世代の決断”を
 次の世代に見せる勇気があるかどうか——
 って意味で。)



《黎明教団・信者専用オンラインチャット》

タイムラインの上部に、
新しい固定メッセージが表示される。

<【Day59 アップデート】
 アストレアA打ち上げ当日の“光の列”について>

『全国から、多くの参加表明をいただいています。
 ありがとうございます。』

『私たちは“暴力を望みません”。
 歌い、座り、祈る。
 その形を最後まで守りましょう。』

その下に、
いくつものコメントが続く。

<“最後まで守る”って、
 ロケットが飛んじゃってからも
 祈り続けるってこと?>

<止められなかったら意味ないじゃん>

<意味はある。
 “反対した人たちがいた”っていう事実が残る>

少し間を空けて、
別の書き込み。

<“事実”を残すだけじゃ足りないから
 “行動”するんでしょ?>

<“座るだけ”で
 ロケット止まると思う?>

すぐにモデレーターが入る。

<暴力を肯定する表現はやめましょう>

<“どこまでが祈りで、どこからが暴力か”は
 とても繊細な問題です>

<Day55まで、
 感情的にならないでください>

しかし、
タイムラインの下の方では
小さなグループ招待リンクが
静かに増え続けていた。

<少人数で“具体的な方法”を話し合う部屋です>
<興味のある方だけ、自己責任で>

モニターの向こうで、
線引きに迷う人たちの心が
少しずつ、
カウントダウンと一緒に
熱を帯びていく。



その日も、
オメガの軌道は変わらない。

地上では、
数字が一つ減るたびに
人々の顔つきが
少しずつ変わっていく。

“4日前”の顔。
ニュースを読む顔。
計算を終える顔。
警備ルートをなぞる顔。
授業案を考える顔。
祈りの列を想像する顔。

アストレアAの打ち上げまで、あと4日。



本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.


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