100日後、巨大隕石落下

橘靖竜

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第四章 恐怖と祈り

Day31 二つの祈りの中で

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《種子島宇宙センター/発射台周辺》

湿った海風が、
フェンスの向こう側とこちら側を
同じように揺らしていた。

ただ、
そこにいる人間の空気だけが
まるで違った。

フェンスの外――
「立入禁止」の看板の向こうには、
数百人規模の人だかりができている。

「オメガは神の光だ!」
「ツクヨミを撃つな!」
「神の炎を打ち落とすな!」

黎明教団の旗と、
手作りのプラカード。

〈NO MORE ARROWS〉
〈光は罪ではない〉

白いローブ姿の信者もいれば、
普通の服装の若者、
子ども連れの姿すら混じっている。

スピーカーから、
どこかで聞いたことのある声が響いた。

天城セラの録音だ。

「光を恐れ、
 その光を打ち落とそうとする者たちよ。」

「あなたたちは、
 自分たちの手で
 “本当の救い”を遠ざけているかもしれません。」

「オメガは罰ではなく、
 再生への扉。」

「いま、
 その扉に矢を向けようとしているのです。」

それに合わせて、
信者たちの声が一段と大きくなる。

「ツクヨミを止めろ!」
「神の計画に手を出すな!」

最前列では、
何人かがフェンスを揺さぶっている。

警察官が
必死に押し返す。

「ここから先は立入禁止です!
 押さないでください!」

「暴力はやめてください!」

そのすぐ向こう、
発射台へ続く道路では、
輸送車両の列がゆっくりと進んでいた。

ロケットの点検用機材、
燃料補給のための車両、
警備車。

信者の一団が
一瞬、道へ飛び出そうとする。

警察が飛びつき、
地面に押さえ込んだ。

「離せ!
 ツクヨミを飛ばせたら、
 みんな地獄行きだぞ!」

「お前たちこそ、
 人類を殺す手伝いをしてるんだ!」

怒号と悲鳴。
一部始終を、
スマホが何十台も
一斉に撮影している。

そのすべての騒ぎの向こう――
フェアリングの中で、
ツクヨミは黙って
ロケットの先端に座っていた。

---

《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/プラネタリーディフェンス管制室》

巨大スクリーンに、
種子島の発射台の映像と、
各種テレメトリデータが並ぶ。

壁に時刻表示。

「T-00:45:00」

白鳥レイナは、
ヘッドセット越しに
現地とのやり取りを聞きながら、
管制卓の前に立っていた。

「……外の状況は?」

警備担当からの声が返る。

『黎明教団を名乗るグループが
 フェンス前で集会中。』

『一部、道路に出ようとする動きがありますが、
 警察・機動隊で封じ込めています。』

『発射進行に支障はありません。』

隣の席で、
若手エンジニアがつぶやいた。

「……あの人たち、
 本気で止めようとしてるんですね。」

「“地球を守る矢”なのに。」

レイナは、
その横顔をちらりと見る。

「彼らにとっては、
 “地球”より“魂”の方が
 大事なんでしょ。」

「“今の世界が壊れる方がましだ”って
 本気で思ってる人は、
 昔からいるわ。」

「それでも私たちは、
 “そうじゃない世界”のために
 この矢を撃つ。」

モニターの別ウィンドウでは、
世界各国のテレビ局のロゴが並んでいた。

〈LIVE FROM JAPAN〉
〈TSUKUYOMI LAUNCH〉

アストレアAのときと同じ。
いや、それ以上の注目度。

「NASA/PDCO、ラインオープン。」

画面の一角に、
アンナ・ロウエルの顔が現れる。

 「こちらPDCO。
  ツクヨミの打ち上げに立ち会えることを
  光栄に思います。」

レイナは、
小さく笑って応じた。

「そっちも徹夜でしょ?」

 「ええ。
  でも、こういう徹夜なら悪くないわ。」

二人の会話を、
世界中の研究者が
無言で聞いていた。



《総理官邸・記者会見室》

白い壁の前に、
国旗と首相の演台。

カメラの赤いランプが
一斉に灯る。

鷹岡サクラが
ゆっくりと演台に立った。

「――まもなく、
 日本から“第二の矢”ツクヨミが
 宇宙へ向かって飛び立ちます。」

声のトーンは、
いつもより少し低い。

「この矢は、
 “日本を守るため”だけに
 作られたものではありません。」

「オメガという石の破片、
 Fragment B。」

「それがどこに落ちるのか――
 まだ完全には分かっていません。」

「だからこそ、
 日本は“地球全体のために”
 この矢を放ちます。」

モニター越しに、
世界中の視線が
彼女に注がれている。

「ツクヨミは、
 完全な解決を約束するものでは
 ありません。」

「失敗する可能性もあります。」

「でも、
 “何もしなければ確実に残る最悪”を
 少しでも崩すために、」

「私たちは、
 科学を、仲間を、
 そして自分たちの決断を
 信じることを選びました。」

一瞬、
サクラは言葉を止める。

(怖い。もちろん怖い。)

(でも今、
 この怖さを隠したら、
 誰かがもっと怖くなる。)

「……この打ち上げが、
 世界中で“祈りの対象”に
 なっていることを知っています。」

「どうか、
 それぞれの場所で、
 それぞれのやり方で――」

「“生きたい”という気持ちを
 手放さないでください。」

「それが、
 この矢を放つ私たちの
 いちばんの願いです。」

会見室に押し寄せたフラッシュの音が、
ひときわ強く響いた。



《種子島宇宙センター/射点管制室》

「T-00:05:00」

カウントダウンタイマーが、
残り五分を示す。

外の喧騒は
厚い壁に遮られて、
ここには届かない。

ただ、
さっきから鳴り止まない
「警備状況更新」の通知だけが
事態の異常さを知らせていた。

『フェンス前、一部小競り合い。負傷者あり。』
『発射台へ向かおうとした複数名を拘束。』

「進行へ影響なし、です。」

管制官の声が
淡々と響く。

白衣ではなく、
ポロシャツとヘッドセットの人々。

誰もがモニターに釘付けになりながら、
それでもチェックリストから
目をそらさない。

「最終気象データ、問題なし。」
「風速、制限内。」
「射点安全区域、クリア。」

「――ツクヨミ、ファイナルゴー/ノーゴー判定に入る。」

一人ひとりの担当が、
次々と答える。

「推進系、GO。」
「誘導系、GO。」
「通信系、GO。」
「機体、GO。」

最後に、
JAXA打ち上げディレクターの声が響いた。

「JAXA、GO。」

そして少し遅れて、
別の回線から声が重なる。

「政府代表・内閣危機管理監、GO。」

(政治も、
 ここに“はい”と言った。)

「――オールグリーン。」

「TSUKUYOMI、
 LAUNCH GO。」

画面の隅で、
世界各地の時計表示が
一斉に点滅する。



《世界各地・それぞれの「発射台」》

・日本/東京の大画面ビジョン前
 会社帰りの人たちが足を止め、
 スマホを掲げながら
 見上げている。

 「……二本目か。」
 「頼むぞ、ツクヨミ。」

・アメリカ/NASA本部ロビー
 深夜のロビーに、
 職員たちが集まっていた。

 アンナ・ロウエルも
 紙コップのコーヒーを握りしめながら
 スクリーンを見上げる。

 (行け、“月の神”。
  オメガの道を、
  もう少しだけ外へ押し出して。)

・ヨーロッパ/市民広場のパブリックビューイング
 寒空の下、
 ツクヨミのイラストが描かれた
 手作りの旗が揺れる。

 〈ツクヨミちゃん、お願いね〉

・黎明教団の集会所
 セラの声が静かに響く。

 「いま、
  彼らは二度目の矢を放とうとしています。」

 「どうか、
  この矢が“本当の魂”を
  傷つけませんように。」

 祈りの言葉は、
 成功を願っているのか、
 失敗を願っているのか、
 聞く者によって
 違って聞こえただろう。



《種子島宇宙センター/発射台》

「T-00:00:10」

カウントダウンが、
ゆっくりと一桁の数字を刻む。

「……9, 8, 7――」

誰かの喉が鳴る音すら、
聞こえそうな静けさ。

フェアリングの中で、
ツクヨミは静かに
最後のチェックを済ませていた。

「3, 2, 1……」

「メインエンジン点火!」

白い炎が、
発射台を一瞬で昼に変える。

轟音。
地面が震える。

「リフトオフ!」

白いロケットが、
オレンジ色の火柱を伴って
空へと抜け出した。

フェンスの外、
黎明教団の信者たちが
一斉に叫ぶ。

「ああああああ!」
「止めろ! 戻せ!」

それでもロケットは、
彼らの叫びより
はるかに大きな音で
空を切り裂いていく。

「ピッチプログラム開始。」
「ロール角正常。」
「速度ベクター、計画値どおり。」

管制室の声が、
冷静に、
確かに、
ツクヨミの“生きている”ことを告げる。

やがて、
雲の向こうへ消えた白い機体の代わりに、
モニターのテレメトリ数値だけが
その存在を示すようになった。

「第一段切り離し、正常。」
「フェアリング分離。」

その瞬間、
狭い円錐空間に閉じ込められていた
ツクヨミ自身が、
初めて“裸の機体”として宇宙へ姿を現す。

(ここから先は、
 私たちの仕事。)

(人間たちが地上で
 どれだけ叫んでいても、
 この速度と軌道は
 科学だけが決める。)



《JAXA/ISAS プラネタリーディフェンス管制室》

「初期軌道挿入、成功。」

その一言で、
部屋の空気が
一気に解放された。

「やった……!」
「ツクヨミ、乗った!」

拍手、抱き合う技術者たち。
椅子に座り込んで
涙をこぼす若手。

レイナは、
ハンカチで目元を押さえた。

(まだ“スタートラインに立った”だけ。
 本番は、ここから五日間。)

それでも、
今だけは。

「皆さん。」

彼女は涙声を隠さずに言った。

「ありがとう。」

「この矢は、
 あなたたち全員で
 つがえて、
 放ったものです。」

「……あとは、
 宇宙側の番ね。」

スクリーンの端には、
世界中のニュースが
テロップを流していた。

〈第二の矢ツクヨミ、打ち上げ成功〉
〈日本発“人類の矢”、宇宙へ〉
〈賛否渦巻く中でもGO〉



Day31。
オメガ予測落下日まで31日。

黎明教団による激しい打ち上げ阻止行動と、
「神の光を撃つな」という祈り。

そのすぐそばで、
「生きたい」「誰かを守りたい」という
別の祈り。

二つの祈りがぶつかり合う地上を離れ、
第二のキネティックインパクター
ツクヨミは静かに宇宙へと飛び立った。

五日後、
120メートルの破片Bに
追いつくために。




本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.

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