4 / 129
第一章 大臣殺人事件
第四話 歪んだ記録
しおりを挟む
冷たい石の床が背中に当たっていた。
金属の扉が軋み、遠くで鍵のかかる音がした。
――ここは、牢だ。
薄暗い部屋の中、鉄格子の隙間から細い光が差し込んでいる。
空気は湿っており、鼻を突く鉄の匂いがした。
目を開けると、両手には手枷。足にも鎖がつけられている。
「……ここまで、やるか。」
頭がまだ重い。
さっきまでの出来事が、夢のように断片的に浮かんでは消えた。
セラの言葉――「あなたは記録に残る」。
それが耳の奥にまだ残っていた。
金属音が響く。 扉が開き、二人の男が入ってきた。 黒い軍服に金の刺繍、肩には王国の紋章。
「立て、リオの仲間。」
「……俺は仲間じゃない。」
「嘘をつくな。名を名乗れ。」
「雲賀ハレル。」
「どこの所属だ。」
「……俺は、この世界の人間じゃない。」
「この世界ではない、だと?」
男の一人が鼻で笑う。
「転移者か。面白いことを言う。」
その言葉が、ハレルの頭の奥で反響した。
――転移者。
まるで、それが“分類名”のように聞こえた。
この世界には、俺のような存在が他にもいるのか……?
もう一人の男が机の上に何かを投げた。
それは、焦げた銀のネックレスだった。
「これは貴様の物か?」
ハレルの心臓が跳ねる。
「……どうして、それを……」
「現場に落ちていた。」
――ネックレスが、現場に?
確かに、捕まる直前まで首にかけていた。
なぜ、それがそこにある?
「リオはどこにいる?」
「知らない。」
「白を切るか。お前たちが王を脅かす“魔導反逆組織”の一員であることは分かっている。」
ハレルの頭の中で、涼――リオの顔が浮かぶ。
彼がそんなことをするはずがない。だが、この世界の彼は……。
「……彼は、そんな人じゃない。」
言葉が漏れた瞬間、兵士の一人が机を叩いた。
「ならば証明してみろ。“観測記録”に残るお前の行動が、罪かどうかを!」
観測記録――その言葉にハレルの背筋が冷たくなった。
数時間後。
牢の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、一人の女性。
白い外套を纏い、長い髪を三つ編みにしている。
金属の瞳が光を反射し、無表情にハレルを見つめた。
「あなたが、転移者?」
声は低く澄んでいるが、冷たい刃のようでもあった。
「私はアデル。王国警備局の“記録官”。 あなたの“観測ログ”を確認するために来た。」
「ログ……?」
「この世界で起こった行動は、すべて記録されている。
嘘をつけば、映像として再生される。」
アデルが差し出した金属板が淡く光る。
その表面には、ぼんやりと映像が浮かび上がった。
――自分が衛兵に捕まる直前の場面。
確かに見覚えのある光景だ。だが、そこに映る自分は――違っていた。
黒いフードを被り、手には血のついた短剣。
倒れた男の傍らで何かを呟いている。
「なっ……これは、違う! 俺じゃない!」
「これは“記録”だ。改竄できないはず。」
アデルの声が冷ややかに響く。
ハレルは言葉を失った。
自分が見た記憶と、映像の記録が――食い違っている。
「記録が……歪んでる……?」
アデルの表情がわずかに動く。
「“歪み”を認識できるとは……あなた、まさか――」
彼女の言葉を遮るように、金属板が突然ノイズを発した。
光が弾け、部屋の照明が明滅する。
「……停電?」
アデルが警備官を呼ぼうとしたが、その声が廊下に吸い込まれる。
鉄の扉が開き、別の兵士が顔を出した。
「記録室が……異常反応を。全端末が勝手に再起動して――」
「私が行く。」
アデルは短く言い、ハレルを一瞥した。
「戻るまで動くな。」
扉が閉まる。
ハレルは再び静寂に包まれた。
夜が更けた。
牢の外の松明がパチパチと音を立てる。
ハレルは膝を抱え、天井を見上げた。
――転移者。
この世界で、自分のような人間は他にもいるのか。
もしそうなら、涼も……。
思考が深く沈みかけたそのとき、足音が近づいた。
見張りの兵士が、無言で鍵を回している。
「……今、開けるのか?」
返事はない。
兵士はぼんやりとした表情のまま、扉を開けた。
その瞳には焦点がなく、まるで夢遊病者のようだった。
「出て。」
女の声。
廊下の陰から、銀灰色の髪が揺れた。
「セラ……!」
「静かに。彼の意識は私が抑えている。」
セラが指先を動かすと、兵士の体が微かに揺れ、再び無言のまま廊下の奥へ歩き去った。
「どうやって――」
「観測の一部を“書き換えた”だけ。彼の記憶から、あなたを消したの。」
ハレルは息を呑んだ。
“記録を歪める”――その行為は、彼女自身がさきほど語っていたものと同じだった。
「来て。長くはもたない。」
二人は廊下を抜け、静まり返った警備局の裏門へ向かう。
外の空は濃い青色で、雲が月を隠していた。
セラが一瞬だけ振り返る。
その瞳の奥に、淡い哀しみが宿っていた。
「この世界の“記録”が、誰かに書き換えられている。
そして――あなたの存在も、その中に刻まれた。」
ハレルは答えられなかった。
ただ夜風の中で、自分の心臓の音だけがはっきりと響いていた。
金属の扉が軋み、遠くで鍵のかかる音がした。
――ここは、牢だ。
薄暗い部屋の中、鉄格子の隙間から細い光が差し込んでいる。
空気は湿っており、鼻を突く鉄の匂いがした。
目を開けると、両手には手枷。足にも鎖がつけられている。
「……ここまで、やるか。」
頭がまだ重い。
さっきまでの出来事が、夢のように断片的に浮かんでは消えた。
セラの言葉――「あなたは記録に残る」。
それが耳の奥にまだ残っていた。
金属音が響く。 扉が開き、二人の男が入ってきた。 黒い軍服に金の刺繍、肩には王国の紋章。
「立て、リオの仲間。」
「……俺は仲間じゃない。」
「嘘をつくな。名を名乗れ。」
「雲賀ハレル。」
「どこの所属だ。」
「……俺は、この世界の人間じゃない。」
「この世界ではない、だと?」
男の一人が鼻で笑う。
「転移者か。面白いことを言う。」
その言葉が、ハレルの頭の奥で反響した。
――転移者。
まるで、それが“分類名”のように聞こえた。
この世界には、俺のような存在が他にもいるのか……?
もう一人の男が机の上に何かを投げた。
それは、焦げた銀のネックレスだった。
「これは貴様の物か?」
ハレルの心臓が跳ねる。
「……どうして、それを……」
「現場に落ちていた。」
――ネックレスが、現場に?
確かに、捕まる直前まで首にかけていた。
なぜ、それがそこにある?
「リオはどこにいる?」
「知らない。」
「白を切るか。お前たちが王を脅かす“魔導反逆組織”の一員であることは分かっている。」
ハレルの頭の中で、涼――リオの顔が浮かぶ。
彼がそんなことをするはずがない。だが、この世界の彼は……。
「……彼は、そんな人じゃない。」
言葉が漏れた瞬間、兵士の一人が机を叩いた。
「ならば証明してみろ。“観測記録”に残るお前の行動が、罪かどうかを!」
観測記録――その言葉にハレルの背筋が冷たくなった。
数時間後。
牢の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、一人の女性。
白い外套を纏い、長い髪を三つ編みにしている。
金属の瞳が光を反射し、無表情にハレルを見つめた。
「あなたが、転移者?」
声は低く澄んでいるが、冷たい刃のようでもあった。
「私はアデル。王国警備局の“記録官”。 あなたの“観測ログ”を確認するために来た。」
「ログ……?」
「この世界で起こった行動は、すべて記録されている。
嘘をつけば、映像として再生される。」
アデルが差し出した金属板が淡く光る。
その表面には、ぼんやりと映像が浮かび上がった。
――自分が衛兵に捕まる直前の場面。
確かに見覚えのある光景だ。だが、そこに映る自分は――違っていた。
黒いフードを被り、手には血のついた短剣。
倒れた男の傍らで何かを呟いている。
「なっ……これは、違う! 俺じゃない!」
「これは“記録”だ。改竄できないはず。」
アデルの声が冷ややかに響く。
ハレルは言葉を失った。
自分が見た記憶と、映像の記録が――食い違っている。
「記録が……歪んでる……?」
アデルの表情がわずかに動く。
「“歪み”を認識できるとは……あなた、まさか――」
彼女の言葉を遮るように、金属板が突然ノイズを発した。
光が弾け、部屋の照明が明滅する。
「……停電?」
アデルが警備官を呼ぼうとしたが、その声が廊下に吸い込まれる。
鉄の扉が開き、別の兵士が顔を出した。
「記録室が……異常反応を。全端末が勝手に再起動して――」
「私が行く。」
アデルは短く言い、ハレルを一瞥した。
「戻るまで動くな。」
扉が閉まる。
ハレルは再び静寂に包まれた。
夜が更けた。
牢の外の松明がパチパチと音を立てる。
ハレルは膝を抱え、天井を見上げた。
――転移者。
この世界で、自分のような人間は他にもいるのか。
もしそうなら、涼も……。
思考が深く沈みかけたそのとき、足音が近づいた。
見張りの兵士が、無言で鍵を回している。
「……今、開けるのか?」
返事はない。
兵士はぼんやりとした表情のまま、扉を開けた。
その瞳には焦点がなく、まるで夢遊病者のようだった。
「出て。」
女の声。
廊下の陰から、銀灰色の髪が揺れた。
「セラ……!」
「静かに。彼の意識は私が抑えている。」
セラが指先を動かすと、兵士の体が微かに揺れ、再び無言のまま廊下の奥へ歩き去った。
「どうやって――」
「観測の一部を“書き換えた”だけ。彼の記憶から、あなたを消したの。」
ハレルは息を呑んだ。
“記録を歪める”――その行為は、彼女自身がさきほど語っていたものと同じだった。
「来て。長くはもたない。」
二人は廊下を抜け、静まり返った警備局の裏門へ向かう。
外の空は濃い青色で、雲が月を隠していた。
セラが一瞬だけ振り返る。
その瞳の奥に、淡い哀しみが宿っていた。
「この世界の“記録”が、誰かに書き換えられている。
そして――あなたの存在も、その中に刻まれた。」
ハレルは答えられなかった。
ただ夜風の中で、自分の心臓の音だけがはっきりと響いていた。
0
あなたにおすすめの小説
最強すぎて無職になりましたが、隣国の姫が勝手に嫁入りしてきました
eringi
ファンタジー
平凡なサラリーマン・佐藤亮は、満員電車で謎の光に包まれ異世界へ転移する。神様から「世界最強の力」を授かったはずが、本人はただの無職ニートとしか思っていない。冒険者ギルドで雑用を請け負う日々。そんな亮の周囲に、冷徹な騎士姫、天才魔導士、元盗賊の少女、竜人族の戦士など個性豊かな美少女たちが自然と集まってくる。一方、彼を「ただの運のいい凡人」と侮る貴族や悪徳商人たちは次々と痛快なざまぁ展開に。亮は「俺なんて大したことないのに」と呟きながら、気づけば国を揺るがす陰謀を解決し、世界を救うことに――。無自覚最強主人公による、爽快ハーレムファンタジー開幕!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
勇者召喚の余り物ですが、メイド型アンドロイド軍団で冒険者始めます
水江タカシ
ファンタジー
28歳独身、一般事務の会社員である俺は、勇者召喚に巻き込まれて異世界へと転移した。
勇者、聖女、剣聖――
華やかな肩書きを持つ者たちがもてはやされる中、俺に与えられたのは聞いたこともないスキルだった。
【戦術構築サポートAI】
【アンドロイド工廠】
【兵器保管庫】
【兵站生成モジュール】
【拠点構築システム】
【個体強化カスタマイズ】
王は落胆し、貴族は嘲笑い、俺は“役立たず”として王都から追放される。
だが――
この世界には存在しないはずの“機械兵器”を、俺は召喚できた。
最初に召喚したのは、クールな軍人タイプのメイド型戦闘アンドロイド。
識別番号で呼ばれる彼女に、俺は名前を与えた。
「今日からお前はレイナだ」
これは、勇者ではない男が、
メイド型アンドロイド軍団と共に冒険者として成り上がっていく物語。
屋敷を手に入れ、土地を拠点化し、戦力を増強しながら、
趣味全開で異世界を生きていく。
魔王とはいずれ戦うことになるだろう。
だが今は――
まずは冒険者登録からだ。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界のんびり放浪記
立花アルト
ファンタジー
異世界に転移した少女リノは森でサバイバルしながら素材を集め、商人オルソンと出会って街アイゼルトヘ到着。
冒険者ギルドで登録と新人訓練を受け、採取や戦闘、魔法の基礎を学びながら生活準備を整え、街で道具を買い揃えつつ、次の冒険へ向けて動き始めた--。
よくある異世界転移?です。のんびり進む予定です。
小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる