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第二幕:真相と再会なき対話
第22話:作者不詳のプロットノート
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それは、予想もしていなかったタイミングで届いた連絡だった。
《あかりさん。先日お渡しした資料以外に、もうひとつ預かっていたものが見つかりました》
文芸サロンの女主人からの短いメッセージとともに、添付されていたのは一冊の写真。
革の表紙が日に焼け、端が少し破れている古びた手帳だった。
翌日、あかりは再び文舎を訪ねた。
「これね、ずっと棚の奥に紛れていたの。あの子が原稿と一緒に置いていった時、封筒には入ってなかったのよ。だから、気づかなくて」
手渡された手帳は、A6判よりやや小さく、手のひらにすっぽりと収まった。
開くと、そこにはびっしりと走り書きされた文字が並んでいた。
――字に、見覚えがあった。
大学時代、合評会用に回された原稿。
短い手紙、貸し借りの本のメモ。
間違いなく、秋葉翔吾の字だった。
ページの端には日付もタイトルもない。
ただ、ところどころに強く押し込まれたような筆圧の跡。
丸で囲まれたセリフ。斜線で消されたプロット。
矢印、記号、補足。
「約束したわけじゃない。でも、“また会えたらいいな”って、それは約束と同じなんだよ」
→誰のセリフ? →彼女? →“残された側”に変更?
あかりは、その一節を見て言葉を失った。
(これ、私……)
大学三年の秋。
講義帰りに、喫茶店で一緒に本を読んでいたときに、ふと漏らした言葉だった。
「また会えたらいいね」
「それって、約束になるのかな?」
「ならないけど……ならなかったことにしたくないね」
それは冗談半分のようでいて、どこか本気だった会話。
あかり自身、もう忘れかけていた。
けれどそれが、まるで脚本のような書き方で、ノートに書き残されていた。
(秋葉は……あのときのやり取りを、物語にしようとしてたんだ)
明確なプロットは書かれていない。
けれど、キャラクター設定らしきメモがある。
・彼女:名前未定。声は小さめ、でも選ぶ言葉はまっすぐ。
・彼:話しすぎない。説明しない。自分の中で反芻するタイプ。
その二人のやり取りを中心に、短い断章のような台詞が続いていく。
「ここにいるよ」
「言葉にしないと、誰も気づけない」
「じゃあ、聞こえるように、言ってみて」
あかりはページを閉じた。
これをAIに渡せば、きっと“それらしい物語”は生成される。
論理的な整合性も、文体の一貫性も保証される。
でも、それでは彼が遺したものが“ただの素材”にされてしまう。
この手帳に記された言葉たちは、秋葉が“言葉にならなかった記憶”を拾い上げようとして、もがいた痕跡だった。
AIでは辿れない。
なぜならそこには、揺らぎとためらい、迷いと未練が入り交じっていたからだ。
それを形にすることができるのは――
彼と、その記憶を共有した自分だけだ。
「わたしが、完成させるんじゃない。わたしが、綴じるんだ」
あかりは、そう静かに言った。
このプロットノートにタイトルはない。
でも、物語の核はここにある。
彼が書けなかった“はじまり”。
彼が封じた“終わり”。
そのどちらも、自分の中にある。
だから今度は、自分の記憶を辿って物語を構築するしかない。
それは、AIにも誰にもできないことだ。
そして、そうすることこそが――
秋葉翔吾という作家への返答なのだと、あかりは気づいていた。
《あかりさん。先日お渡しした資料以外に、もうひとつ預かっていたものが見つかりました》
文芸サロンの女主人からの短いメッセージとともに、添付されていたのは一冊の写真。
革の表紙が日に焼け、端が少し破れている古びた手帳だった。
翌日、あかりは再び文舎を訪ねた。
「これね、ずっと棚の奥に紛れていたの。あの子が原稿と一緒に置いていった時、封筒には入ってなかったのよ。だから、気づかなくて」
手渡された手帳は、A6判よりやや小さく、手のひらにすっぽりと収まった。
開くと、そこにはびっしりと走り書きされた文字が並んでいた。
――字に、見覚えがあった。
大学時代、合評会用に回された原稿。
短い手紙、貸し借りの本のメモ。
間違いなく、秋葉翔吾の字だった。
ページの端には日付もタイトルもない。
ただ、ところどころに強く押し込まれたような筆圧の跡。
丸で囲まれたセリフ。斜線で消されたプロット。
矢印、記号、補足。
「約束したわけじゃない。でも、“また会えたらいいな”って、それは約束と同じなんだよ」
→誰のセリフ? →彼女? →“残された側”に変更?
あかりは、その一節を見て言葉を失った。
(これ、私……)
大学三年の秋。
講義帰りに、喫茶店で一緒に本を読んでいたときに、ふと漏らした言葉だった。
「また会えたらいいね」
「それって、約束になるのかな?」
「ならないけど……ならなかったことにしたくないね」
それは冗談半分のようでいて、どこか本気だった会話。
あかり自身、もう忘れかけていた。
けれどそれが、まるで脚本のような書き方で、ノートに書き残されていた。
(秋葉は……あのときのやり取りを、物語にしようとしてたんだ)
明確なプロットは書かれていない。
けれど、キャラクター設定らしきメモがある。
・彼女:名前未定。声は小さめ、でも選ぶ言葉はまっすぐ。
・彼:話しすぎない。説明しない。自分の中で反芻するタイプ。
その二人のやり取りを中心に、短い断章のような台詞が続いていく。
「ここにいるよ」
「言葉にしないと、誰も気づけない」
「じゃあ、聞こえるように、言ってみて」
あかりはページを閉じた。
これをAIに渡せば、きっと“それらしい物語”は生成される。
論理的な整合性も、文体の一貫性も保証される。
でも、それでは彼が遺したものが“ただの素材”にされてしまう。
この手帳に記された言葉たちは、秋葉が“言葉にならなかった記憶”を拾い上げようとして、もがいた痕跡だった。
AIでは辿れない。
なぜならそこには、揺らぎとためらい、迷いと未練が入り交じっていたからだ。
それを形にすることができるのは――
彼と、その記憶を共有した自分だけだ。
「わたしが、完成させるんじゃない。わたしが、綴じるんだ」
あかりは、そう静かに言った。
このプロットノートにタイトルはない。
でも、物語の核はここにある。
彼が書けなかった“はじまり”。
彼が封じた“終わり”。
そのどちらも、自分の中にある。
だから今度は、自分の記憶を辿って物語を構築するしかない。
それは、AIにも誰にもできないことだ。
そして、そうすることこそが――
秋葉翔吾という作家への返答なのだと、あかりは気づいていた。
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