君がいない夏

るいす

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第1章:消えた夏

第5話:ナオキの背中

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 迷っていることを、認めたくなかった。
 でも実際のところ、俺の手は、ページをめくるたびに震えていた。

 彼女の夢を、俺が継いでいいのか。
 それを“勝手なこと”だと、誰かに言われるんじゃないか。
 それ以前に――俺には、できるのか。

 その日は夕方から大学の図書館にこもっていた。
 誰とも話したくなくて、課題用の本を読むふりをして、じっと時間をやり過ごしていた。

 「おーい、ユウトー」

 不意に、間の抜けた声が聞こえてきて顔を上げる。
 ナオキだった。手にはアイスコーヒーを二つ持っている。

 「やっぱここかよ。お前、またひとりで引きこもってんのな」

 「ああ、ごめん。今、ちょっと――」

 「いや、別に怒ってねーし。差し入れ。俺の分はもう飲んだけど」

 と、笑ってペットボトルを机に置く。

 ナオキは、俺と違って人付き合いがうまい。
 明るくて、誰にでも話しかけるタイプ。でも、妙に空気を読むところがあって、俺が話したくないときは、無理に踏み込んでこない。

 それが、逆にありがたかった。

 しばらく無言で過ごしたあと、ナオキがぽつりと呟いた。

 「でさ。あの子の夢、どうすんの?」

 その一言に、思わず手が止まる。

 「……なんで、知ってるの?」

 「お前の顔見りゃ、だいたいわかる。ずっと、何か考えてる顔してたし。あと、深雪さんのノート……持ってんだろ?」

 視線が、俺のカバンのファスナーに落ちる。
 その中には、日記とラフ画の入った封筒がある。何も言ってなかったのに、ナオキは気づいていたらしい。

 「さ。どうすんの?」

 「……わかんないよ、正直。怖い。俺が何かして、彼女のことを汚すような気がして」

 ナオキは黙って聞いていた。
 俺の言葉を遮らず、否定もせず、ただ少し目を伏せていた。

 「……俺さ」

 しばらくして、ナオキが静かに口を開く。

 「中学のとき、兄貴亡くしたんだ。事故だった。バイク。止まらなかった車に跳ねられて、即死」

 驚いて、言葉を失った。

 「兄貴、絵描き目指してた。漫画とかイラストとか、アホみたいに描いててさ。『描いた絵、本にしたい』って言ってたのに……叶わなかった」

 ナオキは笑っていた。でも、どこか寂しそうだった。

 「でさ、俺、残されたスケッチブック見て思ったんだよ。『これ、俺じゃ無理だな』って。何もできなかった。できると思わなかった。でも――」

 彼は、俺の方を真っ直ぐに見た。

 「お前には、その手があるだろ」

 「やらなかったら、一生後悔すると思うよ。
  やって後悔すんのと、やらずに悔やみ続けんの、どっちがマシかって話だ」

 それは、強くて、優しい言葉だった。

 ミユキの夢は、彼女のものだ。
 でも、その続きを描くかどうかは――今、この手に委ねられている。

 ナオキが帰ったあと、俺は改めてノートを開いた。

 ラストのページに、まだ何も描かれていない白い空白。

 その余白が、今は少しだけ、まぶしく見えた。
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