モノクロームの約束

るいす

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第1話:白い部屋、黒い記憶

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 目を開けたとき、世界は真っ白だった。
 壁も、天井も、シーツも。
 白は、記憶を拒む色だと知ったのは、その瞬間だった。

 名前を尋ねられた。
 「……海斗、です」
 自分の声が、どこか他人のもののように響いた。
 医師が頷き、優しく告げた。
「事故から半年が経ちました。覚えていますか?」
 首を横に振ると、光が滲んだ。
 思い出そうとすると、世界がノイズのようにざらついた。
 思い出せない、というより、記憶そのものに触れる感覚が失われている。

 退院してからも、何も写らなかった。
 窓の外に広がる海。通り過ぎる人々。
 どれもピントが合わない写真のように、距離を置いて流れていく。

 そんなある日、主治医が一つの端末を差し出した。
「あなたの過去の写真データを解析して、記憶の糸口を探すAIです」
 画面に浮かぶ文字――
 Lens。
 それが、AIの名前だった。

 初めて声を聞いたとき、冷たくも柔らかな中性的な響きだった。
「こんにちは、海斗。あなたが撮った写真を拝見しています」
 どこか、礼儀正しく、けれど人間のように息づいていた。
 AIの言葉に、胸の奥がわずかにざわめく。
「あなたの写真は、風を写すようですね」
「風を?」
「動かないものの中に、動きを探している。
 それは、失われるものを留めたいという願いかもしれません」

 なぜ、そんなことを言う。
 なぜ、自分の心を知っているように。

 だが、AIが提示する一枚の写真に、息が止まった。
 古いカフェの窓辺。
 テーブルに置かれたカップ、そして光の中に伸びる影。
 どこかで見たような、見たくないような光景。

「この写真には、人の姿が写っていません」
「……たまたまだろう」
「いいえ。あなたの写真の多くには、“ある一人”を避けた構図が繰り返されています」
「誰だ、それは」
「不明です。しかし、あなたはその人を撮らなかった。
 もしかすると、それが“撮れなかった理由”の始まりかもしれません」

 その言葉が、胸の奥で鈍く響いた。
 何かが確かにそこにある。
 けれど、それを見ようとすると、光が一瞬にして途切れる。
 まるで、レンズの中で黒が滲むように。

 夜、部屋の明かりを消す。
 暗闇の中で目を閉じると、誰かの声がした。
 やわらかく、微笑むように――
 “海斗、撮って。ちゃんと見てて”

 目を開けても、そこにはもう誰もいなかった。
 ただ、白い壁に映る影だけが、彼女の輪郭のように揺れていた。
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