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第15話 魔人の能力
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翌日、俺がトイレにこもっていると、突然スマホが鳴った。
『おいいいいいいい、これ、なんだよおおおおお!』
大智からのチャットが届く。
次の瞬間、彩からもパニックを伝える一方が届く。
『弘樹君! 昨日食べた居酒屋の料理、食中毒だよこれえええ! ああああ!』
それからしばらく、通話アプリのグループチャットは阿鼻叫喚だった。
全員がトイレという監獄から離れられない状況になっているようだが、なぜか腹痛は無い。それに、別に腹を下しているわけでもないのに、体内の捕虜が脱獄し、我先と勝手に門を出ていこうとするのだ。
しかも、それは出てきてから気が付くレベルで、俺は、実は、捕虜を少数名とり逃がしてしまった後だった。
『うう、言えない、こんなことになったなんて言えない……』
『弘樹どんなことだよ! あああ、でも俺も言えない。この年になって。ううう』
『脱水だけは気をつけろよー、あーははは』
どうやら裕也も捕虜の脱獄を許してしまったようだ。
しかし、同じ目にあっているにもかかわらず、忠司だけはなんか楽しそうだ。
ちくしょう、あの大将、なんか盛りやがったな。
『これな、食中毒じゃなくてな、大将が言うには、昨日最後に食べた唐揚げが原因だと思うぞ、バラムツとかっていう魚だそうだ、わはははは』
お前も同じ状況なんだよな。なぜ忠司は腹を立ててないんだ。
そしてなぜ少し楽しそうなんだ。
昨日食べたバラムツとやらの唐揚げは、確かに死ぬほど旨かった。本当に、あんなものは食ったことが無い。とろけ具合に油とうま味、歯ざわりや身の滑らかさが、他のどんな唐揚げをも凌駕していた。
どこぞの、なんの根拠があるか分からない金賞をとったとされる、鳥の唐揚げなんか目じゃない。こんな旨い食い物がこの世に存在するのか、と思うほどの衝撃のおいしさだった。それは間違いない。
しかし、忠司が原因はバラムツというので、俺は、トイレで座りながらスマホを使って、バラムツがどういう魚か調べてみた。
『……え、何、このバラムツって。この魚マジでヤバいじゃん!』
『なに? 毒あったの?』
彩が心配そうな感じで聞いてきた。
『いや、毒じゃなくて、深海魚の油が消化されなくて、ローションみたいになって出てくるって書いてある』
『いいやああああああ』
『翌日大変になるから、市場で売っちゃいけない魚らしい』
『いいいぃぃぃぃやああぁぁぁぁぁぁぁ』
全員の書き込みを見ていると、個人差があるのか、一番大変なことになっているのは彩の様だった。メンバーの中で最もオシャレで気位が高い彩が、最も最悪の事態になっているのを想像すると、たしかに少し面白い事態になっている。まぁ、腹が痛いわけじゃないから、笑っていられるのだが、こんなことは俺も初めての経験だ。
逃げられないように一生懸命、城門を死守するも、気づくと次々に捕虜が城門をすり抜けようとする。
『なんじゃこりゃああああ」
その日は、全員が休みだったが、午前中は全員の阿鼻叫喚チャットが続いていた。
大将、今度なにかお見舞いしてやるからな、おぼえとけよ。
◆
そんなことがあったりしながら、無事就職と研修期間を終え、俺たちは日々作業を続けていた。そうして、2か月近くがたったある日。
皆の話を聞いたところ、忠司はフルタイム勤務で残業もしているらしい。
俺と理香子と彩は週3日、大智と裕也は週4~5日のようだ。
全員がベーシックインカム入れて手取り30万以上の収入になり、毎週日曜は集まって飲みに行ったりする日々が続いている。
俺はと言えば、通常の検品作業以外に、現場監督、つまり検品作業のリーダーになったため、全員の歩留まりを管理したり、新しい作業員を探すべく、みんなと一緒に、新たな友達を作る作戦を行っている。
少し前には、理香子が近所のおばちゃん2人に声をかけてくれて、俺が会社の面接へ誘導し、先週には裕也が通っている剣道の道場の知人を1人連れてきた。それに以前公園で知り合った大学生のうち、一人が俺の会社で働きたいと言い出したため、そいつも連れて行った。
僅か3か月程度で、トータル10人を会社に紹介したことになる。
以前の契約では紹介するごとに給料が上がる事になっていたが、昇進を切っ掛けにその話は一度白紙に戻り、今となっては俺の給料はベーシックインカム入れて手取り月60万ほどになっている。俺的にはもうすでに大富豪だ。
みんなと酒を飲みに行く際、財布の中身を気にすることが一切なくなった上、酔ったときはタクシーで帰るようになった。
しかし、給料が上がったにもかかわらず、内藤さんからの話がほとんどなく、新しい仕事はほぼしていない。
これでこんなに給料をもらってもいいのか、と罪悪感を感じるまま、数カ月が過ぎた頃、突然事態が動いた。
◆
「北村ー! どこだー!」
げっ、この声は内藤さんだ。
いつものように作業をしていて、そろそろ昼時を迎えようとしていたその時、作業場の館内に突然、俺を呼ぶ激しい声が鳴り響いた。
「は、はい、今行きます!」
俺は、手元の検品作業を中断し、内藤さんの元へ小走りで向かう。
「おー北村、久しぶりだな」
「お久しぶりです、あれから連絡があまりなかったので伺おうと思ってたところです」
「そうそう、準備に少し時間がかかってな、このあとお昼に話をしたいんだが、昼飯終わったら堀川の事務所にこれるか?」
「はい、わかりました、行きます」
「じゃ、あとでよろしくな、歩留まりさげんなよ!」
パキッと決まったスーツを翻し、帰り際、背中越しに俺を指さしてそういうと、さっそうと去っていく姿は、ある種のヒーローの様だった。
なんかわからんが、いよいよ新しい仕事にかかわることになるみたいだな。
そして俺は、元居たラインへ戻り、午前の検品作業を終わらせると、昼休みに事務所へ向かった。
◆
「失礼します」
「ああ、北村君お疲れ様です」
堀川さんは落ち着く人だ。穏やかで緩やかでしなやかで良い。
それに比べて、今となっては直属の上司にあたる内藤さんは色々とすさまじい。応接ソファーにデカデカと腰掛けている。さっきは気づかなかったが、高級スーツの下は夜のビル街をあしらった柄ワイシャツ、ネクタイに至ってはオレンジと紫の毒々しいペイズリー柄で、センスが謎過ぎてもう言葉に出来ない。
「よくきた! よし、じゃ早速だけど話を進めようか!」
雑談する間もない。相変わらずこの人は仕事が早く、狭い事務室にはデカい声だ。
「北村! お前テレビでろ!」
一瞬考えこんだが、理解が及ばない。
「……は!?」
「うちがスポンサーやってるテレビ番組が有るんだが、その番組への出演枠が決まったんでお前、それ出ろ!」
「え、ええええ? 俺が、テレビにでるんですか!?」
「うん? だからそういってるじゃないか」
内藤さんは堀川さんが出したお茶をすすりながら、不思議そうに俺を見ている。
「え、なんで私が?」
「お前、広報課だろうが」
「あ、まぁ、はい、そうですけど……し、深夜とかですよね?」
「何言ってんだお前、7チャンネルの水曜夜9時だよ、司会者はアップダウンっていうお笑いコンビがやってる報道番組寄りな奴だ、まぁワイドショー的なバラエティだな。お前見たことないか?」
「え、ちょ、えええええええ!?」
その番組は、テレビが見られなくなりつつある昨今でも、飛ぶ鳥を落とす勢いで視聴率を稼ぐ、ニュースや時事ネタを面白く報道する報道バラエティ番組だ。テレビをほとんど見ない俺でも、当然知らないわけはない。
「うちは、あの番組のスポンサーなんだわ。んで、まぁ、俺が無理言って番組内のコメンテーターとして、一人枠を設けてもらってな。その根回しや準備に数か月かかったって訳だ。だから出ろ!」
「お俺、あ、私……、そんな面白い事とか言えませんよ?」
「んなのプロに任せときゃいいだろ、お前が滑ればプロが美味しい訳だ、そんな事気にするな」
「え、で、でも、お、私、特にイケメンでもないですよ?」
「イケメンしかテレビ出ちゃいけないのか?なら他の奴に頼むしかないな。そんなことはどうとでもなるさ、この俺がサポートするんだから大丈夫だ」
「そうです、けど……」
「なんだ? お前やりたくないのか?」
「い、いいえ、めっそうもない! です。はい……、で、でも、色々と怖くて」
「なぁ、北村。初めてってのはな。色々と怖いもんだ。でも、そのうちな、だんだんと気持ちよくなって来るってもんなんだよ! なっ堀川! ガハハハハ」
そういって、堀川さんの肩をバンバンたたく光景は、いつぞやに見たことがある。
今回は堀川さんはグラグラではなく骨折しそうなほどガクンガクンしている。
「私はそこで何をすれば……」
「そんなの知らんよ、放送作家に聞け。お前はそこでうちの会社の代表として座ってるだけだ。まぁ、マネキンみたいなもんだな。台本読んでそれらしいことを言ってれば、プロが何とかしてくれるだろうさ」
「そんなもんですか」
「そんなもんだ、心配することない。だから出ろ!」
「はぁ、でもなんで私なんでしょう?」
「ん? そりゃ、お前は先を見通す力が有る有能社員だと私が思ったからだ。それに、この俺がお前のマネージャーやるんだぞ、だから大丈夫だ。なぁ堀川」
「北村君の人々を導く力が認められたって事ですかね」
う、それは、給料が欲しかったからで……。
働きたくない気持ちは今もあるんですけど!
「お前、働きたくないんだろ? ワハハハ」
超能力者か、このオッサンは。
「だってお前、今も週3勤務らしいじゃないか、そういうことだろ? 働かずに金が欲しいって事だろ? 頭使って楽して稼ぎたい、俺はそういうの大好きだ。いいじゃないか労働意欲なんか無くても。だから楽して稼げるテレビに出ろ!」
「う、は、はい。分かりました」
「よし決定!」
そういうと内藤さんはぴしゃりと膝を叩き、少し上向き加減で話を進める。
「じゃ、あとはスケジュールや出演料だな。それはテレビ会社から別払いで出るから覚えておいてくれ。たぶん1回の出演で10万くらいは出るだろう、まぁあとで聞いといてやる、少なかったらすまんな」
「え、マジっすか!? あ、いえ、本当ですか?」
週1回の収録で、月4回出演。1回10万となると40万だ。
今の給料と合わせて、俺、月給100万になるじゃねーか!?
「ん、そりゃそうだろ。お前に払ってる給料は社内での働きに対しての対価だ。お前がテレビにでて会社のイメージアップをする予定だったから会社から払う給料が上がったわけだ、それと実際にテレビ局へ行って収録する労働対価は別にきまってるだろ。まぁスポンサーはうちだからマッチポンプみたいなもんだがな。会社の看板になる訳だ。この仕事は責任重大だぞ、ウヒヒヒ」
そういうと、内藤さんは悪魔の様な笑みをこぼす。
「うっ、くっ……」
でも、そのすべての対価が月給100万って事か。
俺は思った。この人は本当の意味でやり手なんだろう。
他人に与える印象も去ることながら、テレビ局に人を食い込ませる手腕や、行動力はすさまじい。感心して内藤さんを見て、改めて思う。服のセンスもすさまじい。
「分かりました」
「じゃあ明日は俺の会社の方に来い、色々準備が必要だしな」
「あ、はい、サイテリジェンスですね。出社は9時くらいでいいですか?」
「なんだ、やる気だな!」
そうして俺は、なんか突然降って来た様な、大人気番組への出演が決まった。
もちろん全国放送だ。このご時世でも、時々20%近い視聴率をただき出す化け物番組だ。
そんな番組でつまらない発言をしようものなら、日本中に叩かれて炎上し、骨も残らない。
俺は何をしたらいいんだ……。
数字の計算は得意だが、答えの出ない問題は、高速回転する俺の脳だと煙ばかりが出てしまう。
しかし、内藤さんは大丈夫だという。
プロに任せておけという。
本当にそれで大丈夫なのだろうか。
不安は尽きないし、変な汗もかいている、心細い、怖い、でも嬉しい、でも恐ろしい。はぁぁぁ、理香子ぉ、俺に勇気をくれー。
脂汗を書きながら身震いを隠しつつ少し下を向いて、そんなことを考えていると、内藤さんがにやりと笑い、突然言い出した。
「お前、今、女の事考えてるだろ?」
やっぱり、こいつは超能力者か悪魔だ。いや、人だから魔人だな。
そうして心を読まれたことに驚いた表情をしていると、自分の膝を叩きながら言い放つ。
「こんな話してて女の事考えていられるなんて、やっぱお前で正解だ! ワハハハハ」
「頑張ってくださいね、北村君」
冷めたお茶を下げて、新しいお茶を持ってきてくれた堀川さんが、俺に期待のまなざしをよこしながら、やさしく微笑んでくれている。
「ありがとうございます、がんばってみます」
俺は断り切れない申し出に、上昇した体温と苦笑いを浮かべながら、固く握った拳を少し小刻みに振動させて、謎の手汗だらけになっている。
こうして俺は、明日から始まると思われる、このペイズリー柄の魔人が描いてる今後の事を考えると、怖くもあり、そして少し楽しみでもあったのだった。
『おいいいいいいい、これ、なんだよおおおおお!』
大智からのチャットが届く。
次の瞬間、彩からもパニックを伝える一方が届く。
『弘樹君! 昨日食べた居酒屋の料理、食中毒だよこれえええ! ああああ!』
それからしばらく、通話アプリのグループチャットは阿鼻叫喚だった。
全員がトイレという監獄から離れられない状況になっているようだが、なぜか腹痛は無い。それに、別に腹を下しているわけでもないのに、体内の捕虜が脱獄し、我先と勝手に門を出ていこうとするのだ。
しかも、それは出てきてから気が付くレベルで、俺は、実は、捕虜を少数名とり逃がしてしまった後だった。
『うう、言えない、こんなことになったなんて言えない……』
『弘樹どんなことだよ! あああ、でも俺も言えない。この年になって。ううう』
『脱水だけは気をつけろよー、あーははは』
どうやら裕也も捕虜の脱獄を許してしまったようだ。
しかし、同じ目にあっているにもかかわらず、忠司だけはなんか楽しそうだ。
ちくしょう、あの大将、なんか盛りやがったな。
『これな、食中毒じゃなくてな、大将が言うには、昨日最後に食べた唐揚げが原因だと思うぞ、バラムツとかっていう魚だそうだ、わはははは』
お前も同じ状況なんだよな。なぜ忠司は腹を立ててないんだ。
そしてなぜ少し楽しそうなんだ。
昨日食べたバラムツとやらの唐揚げは、確かに死ぬほど旨かった。本当に、あんなものは食ったことが無い。とろけ具合に油とうま味、歯ざわりや身の滑らかさが、他のどんな唐揚げをも凌駕していた。
どこぞの、なんの根拠があるか分からない金賞をとったとされる、鳥の唐揚げなんか目じゃない。こんな旨い食い物がこの世に存在するのか、と思うほどの衝撃のおいしさだった。それは間違いない。
しかし、忠司が原因はバラムツというので、俺は、トイレで座りながらスマホを使って、バラムツがどういう魚か調べてみた。
『……え、何、このバラムツって。この魚マジでヤバいじゃん!』
『なに? 毒あったの?』
彩が心配そうな感じで聞いてきた。
『いや、毒じゃなくて、深海魚の油が消化されなくて、ローションみたいになって出てくるって書いてある』
『いいやああああああ』
『翌日大変になるから、市場で売っちゃいけない魚らしい』
『いいいぃぃぃぃやああぁぁぁぁぁぁぁ』
全員の書き込みを見ていると、個人差があるのか、一番大変なことになっているのは彩の様だった。メンバーの中で最もオシャレで気位が高い彩が、最も最悪の事態になっているのを想像すると、たしかに少し面白い事態になっている。まぁ、腹が痛いわけじゃないから、笑っていられるのだが、こんなことは俺も初めての経験だ。
逃げられないように一生懸命、城門を死守するも、気づくと次々に捕虜が城門をすり抜けようとする。
『なんじゃこりゃああああ」
その日は、全員が休みだったが、午前中は全員の阿鼻叫喚チャットが続いていた。
大将、今度なにかお見舞いしてやるからな、おぼえとけよ。
◆
そんなことがあったりしながら、無事就職と研修期間を終え、俺たちは日々作業を続けていた。そうして、2か月近くがたったある日。
皆の話を聞いたところ、忠司はフルタイム勤務で残業もしているらしい。
俺と理香子と彩は週3日、大智と裕也は週4~5日のようだ。
全員がベーシックインカム入れて手取り30万以上の収入になり、毎週日曜は集まって飲みに行ったりする日々が続いている。
俺はと言えば、通常の検品作業以外に、現場監督、つまり検品作業のリーダーになったため、全員の歩留まりを管理したり、新しい作業員を探すべく、みんなと一緒に、新たな友達を作る作戦を行っている。
少し前には、理香子が近所のおばちゃん2人に声をかけてくれて、俺が会社の面接へ誘導し、先週には裕也が通っている剣道の道場の知人を1人連れてきた。それに以前公園で知り合った大学生のうち、一人が俺の会社で働きたいと言い出したため、そいつも連れて行った。
僅か3か月程度で、トータル10人を会社に紹介したことになる。
以前の契約では紹介するごとに給料が上がる事になっていたが、昇進を切っ掛けにその話は一度白紙に戻り、今となっては俺の給料はベーシックインカム入れて手取り月60万ほどになっている。俺的にはもうすでに大富豪だ。
みんなと酒を飲みに行く際、財布の中身を気にすることが一切なくなった上、酔ったときはタクシーで帰るようになった。
しかし、給料が上がったにもかかわらず、内藤さんからの話がほとんどなく、新しい仕事はほぼしていない。
これでこんなに給料をもらってもいいのか、と罪悪感を感じるまま、数カ月が過ぎた頃、突然事態が動いた。
◆
「北村ー! どこだー!」
げっ、この声は内藤さんだ。
いつものように作業をしていて、そろそろ昼時を迎えようとしていたその時、作業場の館内に突然、俺を呼ぶ激しい声が鳴り響いた。
「は、はい、今行きます!」
俺は、手元の検品作業を中断し、内藤さんの元へ小走りで向かう。
「おー北村、久しぶりだな」
「お久しぶりです、あれから連絡があまりなかったので伺おうと思ってたところです」
「そうそう、準備に少し時間がかかってな、このあとお昼に話をしたいんだが、昼飯終わったら堀川の事務所にこれるか?」
「はい、わかりました、行きます」
「じゃ、あとでよろしくな、歩留まりさげんなよ!」
パキッと決まったスーツを翻し、帰り際、背中越しに俺を指さしてそういうと、さっそうと去っていく姿は、ある種のヒーローの様だった。
なんかわからんが、いよいよ新しい仕事にかかわることになるみたいだな。
そして俺は、元居たラインへ戻り、午前の検品作業を終わらせると、昼休みに事務所へ向かった。
◆
「失礼します」
「ああ、北村君お疲れ様です」
堀川さんは落ち着く人だ。穏やかで緩やかでしなやかで良い。
それに比べて、今となっては直属の上司にあたる内藤さんは色々とすさまじい。応接ソファーにデカデカと腰掛けている。さっきは気づかなかったが、高級スーツの下は夜のビル街をあしらった柄ワイシャツ、ネクタイに至ってはオレンジと紫の毒々しいペイズリー柄で、センスが謎過ぎてもう言葉に出来ない。
「よくきた! よし、じゃ早速だけど話を進めようか!」
雑談する間もない。相変わらずこの人は仕事が早く、狭い事務室にはデカい声だ。
「北村! お前テレビでろ!」
一瞬考えこんだが、理解が及ばない。
「……は!?」
「うちがスポンサーやってるテレビ番組が有るんだが、その番組への出演枠が決まったんでお前、それ出ろ!」
「え、ええええ? 俺が、テレビにでるんですか!?」
「うん? だからそういってるじゃないか」
内藤さんは堀川さんが出したお茶をすすりながら、不思議そうに俺を見ている。
「え、なんで私が?」
「お前、広報課だろうが」
「あ、まぁ、はい、そうですけど……し、深夜とかですよね?」
「何言ってんだお前、7チャンネルの水曜夜9時だよ、司会者はアップダウンっていうお笑いコンビがやってる報道番組寄りな奴だ、まぁワイドショー的なバラエティだな。お前見たことないか?」
「え、ちょ、えええええええ!?」
その番組は、テレビが見られなくなりつつある昨今でも、飛ぶ鳥を落とす勢いで視聴率を稼ぐ、ニュースや時事ネタを面白く報道する報道バラエティ番組だ。テレビをほとんど見ない俺でも、当然知らないわけはない。
「うちは、あの番組のスポンサーなんだわ。んで、まぁ、俺が無理言って番組内のコメンテーターとして、一人枠を設けてもらってな。その根回しや準備に数か月かかったって訳だ。だから出ろ!」
「お俺、あ、私……、そんな面白い事とか言えませんよ?」
「んなのプロに任せときゃいいだろ、お前が滑ればプロが美味しい訳だ、そんな事気にするな」
「え、で、でも、お、私、特にイケメンでもないですよ?」
「イケメンしかテレビ出ちゃいけないのか?なら他の奴に頼むしかないな。そんなことはどうとでもなるさ、この俺がサポートするんだから大丈夫だ」
「そうです、けど……」
「なんだ? お前やりたくないのか?」
「い、いいえ、めっそうもない! です。はい……、で、でも、色々と怖くて」
「なぁ、北村。初めてってのはな。色々と怖いもんだ。でも、そのうちな、だんだんと気持ちよくなって来るってもんなんだよ! なっ堀川! ガハハハハ」
そういって、堀川さんの肩をバンバンたたく光景は、いつぞやに見たことがある。
今回は堀川さんはグラグラではなく骨折しそうなほどガクンガクンしている。
「私はそこで何をすれば……」
「そんなの知らんよ、放送作家に聞け。お前はそこでうちの会社の代表として座ってるだけだ。まぁ、マネキンみたいなもんだな。台本読んでそれらしいことを言ってれば、プロが何とかしてくれるだろうさ」
「そんなもんですか」
「そんなもんだ、心配することない。だから出ろ!」
「はぁ、でもなんで私なんでしょう?」
「ん? そりゃ、お前は先を見通す力が有る有能社員だと私が思ったからだ。それに、この俺がお前のマネージャーやるんだぞ、だから大丈夫だ。なぁ堀川」
「北村君の人々を導く力が認められたって事ですかね」
う、それは、給料が欲しかったからで……。
働きたくない気持ちは今もあるんですけど!
「お前、働きたくないんだろ? ワハハハ」
超能力者か、このオッサンは。
「だってお前、今も週3勤務らしいじゃないか、そういうことだろ? 働かずに金が欲しいって事だろ? 頭使って楽して稼ぎたい、俺はそういうの大好きだ。いいじゃないか労働意欲なんか無くても。だから楽して稼げるテレビに出ろ!」
「う、は、はい。分かりました」
「よし決定!」
そういうと内藤さんはぴしゃりと膝を叩き、少し上向き加減で話を進める。
「じゃ、あとはスケジュールや出演料だな。それはテレビ会社から別払いで出るから覚えておいてくれ。たぶん1回の出演で10万くらいは出るだろう、まぁあとで聞いといてやる、少なかったらすまんな」
「え、マジっすか!? あ、いえ、本当ですか?」
週1回の収録で、月4回出演。1回10万となると40万だ。
今の給料と合わせて、俺、月給100万になるじゃねーか!?
「ん、そりゃそうだろ。お前に払ってる給料は社内での働きに対しての対価だ。お前がテレビにでて会社のイメージアップをする予定だったから会社から払う給料が上がったわけだ、それと実際にテレビ局へ行って収録する労働対価は別にきまってるだろ。まぁスポンサーはうちだからマッチポンプみたいなもんだがな。会社の看板になる訳だ。この仕事は責任重大だぞ、ウヒヒヒ」
そういうと、内藤さんは悪魔の様な笑みをこぼす。
「うっ、くっ……」
でも、そのすべての対価が月給100万って事か。
俺は思った。この人は本当の意味でやり手なんだろう。
他人に与える印象も去ることながら、テレビ局に人を食い込ませる手腕や、行動力はすさまじい。感心して内藤さんを見て、改めて思う。服のセンスもすさまじい。
「分かりました」
「じゃあ明日は俺の会社の方に来い、色々準備が必要だしな」
「あ、はい、サイテリジェンスですね。出社は9時くらいでいいですか?」
「なんだ、やる気だな!」
そうして俺は、なんか突然降って来た様な、大人気番組への出演が決まった。
もちろん全国放送だ。このご時世でも、時々20%近い視聴率をただき出す化け物番組だ。
そんな番組でつまらない発言をしようものなら、日本中に叩かれて炎上し、骨も残らない。
俺は何をしたらいいんだ……。
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脂汗を書きながら身震いを隠しつつ少し下を向いて、そんなことを考えていると、内藤さんがにやりと笑い、突然言い出した。
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「こんな話してて女の事考えていられるなんて、やっぱお前で正解だ! ワハハハハ」
「頑張ってくださいね、北村君」
冷めたお茶を下げて、新しいお茶を持ってきてくれた堀川さんが、俺に期待のまなざしをよこしながら、やさしく微笑んでくれている。
「ありがとうございます、がんばってみます」
俺は断り切れない申し出に、上昇した体温と苦笑いを浮かべながら、固く握った拳を少し小刻みに振動させて、謎の手汗だらけになっている。
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