居酒屋ぼったくり

秋川滝美

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11巻

11-1

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 顔合わせ




 東京下町で居酒屋『ぼったくり』をいとな美音みねは、恋人であるかなめとの結婚を決意、それに伴って『ぼったくり』を店舗併用住宅に改装することにした。
 客たちへの説明や挨拶を終え、店は十二月二十日をもって無事休業に入ったものの、年明け早々に始まる工事や結婚式の準備に忙しい毎日である。
 妹のかおるがやってきてためらいがちに訊ねてきたのは、そんなある日のことだった。

「ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんたちが結婚したら、タクはどうなるの?」

 タクというのは、一昨年の夏、近所の公園に捨てられていた五匹の子猫のうちの一匹だ。すったもんだの末、要が引き取ってくれて、今は要が母の八重やえと住む家で暮らしている。
 要が美音と結婚して『ぼったくり』の上に引っ越してくるとしたら、タクはどうするのだろう、というのが馨の疑問らしい。

「タクの飼い主は要さんだし、やっぱり一緒にこっちに来るのかな?」

 馨は大の猫好き――というよりも動物から人間まで、ありとあらゆる生き物が好きだ。子どものころからペットを飼いたがっていたが、飲食業にたずさわっていた両親の反対で叶わず、両親が亡くなったあとは自分たちが店を引き継いでしまった関係で、今もペットは飼っていない。この商売を続ける限り仕方のないことだと了見りょうけんはしているのだろうけれど、生き物をこよなく愛でる馨としては、タクの今後が気になってならないに違いない。
 馨の質問を聞いた美音は、ちょっと答えに困ってしまった。
 子どもにせがまれて飼ってはみたものの、しばらくしたら当の本人が飽きて世話をしなくなり、やむなく親が面倒を見ている、というのはペットにまつわる話としてはよく聞く。要の様子から察する限り、タクもどうやらその状態にあるらしい。
 とはいっても、要の場合は飽きたりなまけたりで世話をしなくなったわけではない。仕事が忙しい上に出張も度々あるので、事実上不可能というだけで、自分が家にいるときはちゃんと世話をしているし、それなりにタクも要に懐いているようだ。
 ただし、タクは普段餌をくれる人間が誰かということはちゃんとわかっていて、八重と要を比べたとき、八重のほうがヒエラルキー上位だと判断しているらしい。
 引き取ってやったのはおれなのに、なんて薄情な! と要は憤慨するが、タクは涼しい顔……
 話を聞いた美音は、まったくあなどれない猫だと苦笑してしまった。
 八重は八重で、「もしも、ここに美音さんが入ってきたら、タクは美音さんとお前のどっちが上だと判断するのかしら?」なんて面白がっているそうだ。
 拾われたばかりのとき、タクは哺乳瓶からミルクを吸う力すらなかった。そんなタクに一晩中付き添い、手の上に垂らしたミルクを舐めさせ続けて命を繋いだのが美音である。
 もしもタクに、ちゃんとした記憶回路と『恩』という概念が備わっているならば、美音を要よりも上に位置させてもおかしくない、と八重は考えているらしい。
 結局、おれはこの三人のうちで最下位ってことか、と要はへこみまくっているが、タクも案外、美音のことなんてすっかり忘れているかもしれない。
 いずれにしても、命を繋いだ美音、それを引き受けた要、双方ともにタクの処遇については真剣に考える責任があった。

「要さんが『ぼったくり』の上に引っ越してくるなら、当然タクもついてくるんだよね?」
「うーん……でも……」
「『飲食業だし……』って言うんでしょ? もう聞き飽きたよ。でも、タクはもう要さんが飼ってるんだよ? 捨ててこいなんて言えないでしょ?」
「そんなこと言うわけないじゃない! そうじゃなくて……」
「じゃなくて?」
「タクがこっちに来ちゃったら、八重さんが……」

 ふたりの結婚にあたって、八重はひとりで今の家に残ることを選択した。新婚の邪魔をするなんてもっての外、困ることがあったらすぐ相談するし、どうにもならないときは長男のれいが住む家に戻るという手もある、と……
 そのほうが気楽だという本人の言葉に甘える形になったが、この上タクまでこちらに来てしまったら、八重は本当にひとりぼっちになってしまう。せめてタクだけでも八重のそばに残すべきなのではないか。そう思う反面、それでは要が拾った猫を無責任に置き去りにすることになるという思いもある。
 そもそも、飲食店の上で動物を飼うことにためらいがある。家と店が離れていたときでさえ、両親はかたくなに拒んでいた。だからこそ、今まで美音は生き物を飼うことをしなかったのだ。
 ところが、同じ両親に育てられたというのに、馨は至って気楽に言う。

「大丈夫でしょ。だって、住居と店はきっちり分けてあるんだし、店に入らないようにしておけば問題ないよ」
「そうはいかないわよ。だって、うちはどんなお客さんが来るかわからない居酒屋なのよ。もしもお客さんが猫が嫌いな人だったらどうするの? 中には、嫌いじゃないけどアレルギーがある、って人もいるかもしれないわ。家に猫がいたら、やっぱり影響がゼロとは言えないんじゃない?」

 かつて同級生に、動物がとても好きなのに、お父さんがアレルギーで飼うことができないと言っていた子がいた。犬や猫にアレルギーがある人間は、けっして珍しい存在ではないのだ。

「そっか……アレルギー……」

 さすがにこれには馨も頷かざるを得なかったようで、ちょっと遠い目をして呟く。

「そういえば、マサさんやアキラさんが言ってた。換毛期かんもうきとかになると絨毯じゅうたんは猫の毛だらけ、普段だってうっかりすると洗濯物にもくっついてたりするんだって……。アレルギーを持ってるお客さんが来ちゃったら大変だよね」
「でしょ? だからって、連れてこないでなんて言えないし……」
「だよねー……」

 あの捨て猫騒動のとき、引き取ってくれたことにあんなに感謝しておきながら、今になって邪魔者扱いなんてできるわけがない。なにより、美音自身、タクと暮らせるなら嬉しいに決まっている。 
 いずれにしても、美音にとってタクの今後は悩ましすぎる問題だった。


     †


「タクねえ……。あたしにしてみれば、クロの兄弟猫が戻ってくるのは嬉しいけど、『ぼったくり』にとってはちょっと難儀だねえ」

 そう言いつつウメは、膝に抱いた飼い猫のクロの背中を撫でる。
 庭に向かってちんまりと正座するウメと膝の上で丸くなっている黒猫は、まるで一幅いっぷくの絵のようで、見ている美音はつい微笑んでしまう。
 ちなみにふたりがいるのはウメの家の縁側。美音は、結婚式で親代わりを引き受けてくれたウメに、式の相談をするために訪れていた。

「難しいね。生まれたあたりに戻ってくるんだから、タクにとってはそのほうがいいんじゃないかとも思うし、猫は家に付くっていうから今の住まいから動かすのは酷な気もするし……」

 どっちがいいんだろう、いっそタクが口をきければいいのに、とウメはため息をついた。

「ウメさん、タクが口をきけるってことは、たぶん兄弟猫のクロちゃんも口をきくんじゃない?」

 マサさんのところのチャタロウも、アキラさんのところのミクも、アキさんのところのマツジも、みんな揃ってしゃべり出しちゃったらそれこそ大変だわ、と美音は笑う。
 五匹揃って、それぞれの飼い主の悪口を言い出す『猫会』を想像したのか、ウメも困った顔になった。

「うちなんていっつも安物のネコ缶だーなんて言うのかねえ」
「言うかも」
「それはまた切ないね。たぶん猫同士はそういう会話もしてるんだろうけど、人間には聞こえないのが救いだね」
「でしょ? でもまあ、だからこそよく考えてあげなきゃいけないんでしょうけど」

 口がきけない者たちだからこそ……というのは、ウメの持論だし、美音もそのとおりだと思う。
 そして、口がきけても、いつだって「好きにしなさい」とばかり、寂しい気持ちも悲しい気持ちも表に出さない要の母、八重のことが頭をよぎる。
 八重はもうすぐ、ウメ同様ひとり暮らしになる。ウメは、近所に息子夫婦がいるし、『ぼったくり』に来れば常連たちとのやりとりもある。孤独と会話の少なさは認知症を助長すると言われているが、ウメの場合はその心配はかなり少ないはずだ。
 だが八重の場合、要が結婚して家を出てしまったら、一日中誰とも口をきかない日が出てくる可能性もある。しっかりした人だし、今のところ認知症の心配は少ないかもしれないが、あまりにも寂しい暮らしに思えた。

「まさか要さんのおっかさんまで『ぼったくり』の上に住むってわけにもいかないし、かといって美音坊たちがあっちに住むわけにもいかない。そんなことをしても、おっかさんは喜ばないに違いない。だとしたら、やっぱりあんたたちが頻繁に顔を出すしかないだろうね。もしこっちにタクを連れてくるつもりなら、タクも一緒にさ」

 結婚するにあたって美音は、『ぼったくり』の常連で同じ商店街で薬局をいとなむシンゾウに、店の休みをもう一日増やしてはどうか、と提案された。その話を知っているウメは、休みを増やすなら多少は時間に余裕ができるのではないか、と言うのだ。

「面倒だって思うかもしれないけど、ちょくちょく行っておやりよ」
「面倒なんて……」
「いや、美音坊じゃなくて要さんのほう。男坊主ってのは、外に出てしまえば、案外親のことなんて構わなくなりがちだし、そこは美音坊がしっかり手綱を握ってさ」

 うちのカナコみたいに、とウメは鼻をふふんと鳴らした。あからさまな嫁自慢ではあるが、ちっとも嫌な感じはしない。ウメの息子であるソウタと妻のカナコは、美音から見てもうらやましくなるような夫婦だし、しゅうとめのウメからこんなふうに褒められるのも素敵だ。
 八重に褒められたいわけではないが、夫婦円満のためにも見習うべきところは多かった。

「わかった、そうします。ありがとう、ウメさん」

 そんな答えを返しながらも、八重はそれで満足してくれるだろうか、と一抹の不安を覚える美音だった。


     †


 店の片付けをあらかた終え、自分自身の荷物の分別ぶんべつにかかっていたある日、仕事帰りの要が自宅を訪れた。要は珍しく、美音の顔色をうかがうように覗き込んで訊ねる。

「あのさ、もし嫌なら断ってくれていいんだけど……」
「なんでしょう?」
「うちのクソ爺とクソ兄貴が君に会いたいって言ってるんだ」
「え……? でも、もうお祖父様にはお目にかかってますよ? お兄様とも電話でお話ししましたし」

 以前、祖父の松雄まつおは『ぼったくり』を訪れたし、兄の怜は二度電話をかけてきた。いずれも美音と要を別れさせる目的だったのだが、美音がまったく聞く耳を持たなかったせいで、インターネット上の掲示板に『ぼったくり』の悪評を書き込むという作戦が実行された。それでも彼らの思うような効果は上がらなかった。それどころか、常連や近隣が束になっての抗戦ぶりに、松雄と怜はさぞや驚いたことだろう。
 今では彼らも美音と要の仲を認めてくれているようではあるが、美音としてはやはり気まずさを消しきれない。まるきり初対面というわけではないし、できれば改まっての挨拶云々は避けたい気持ちが大きかった。
 要は、自分の身内がいかに理不尽なおこないをしたかわかっているせいか、ひどくすまなそうに言う。

「あっちにしてみればこの間のことは『ノーカン』、つまり、なかったことにしてほしいんじゃないかな。その上で、初めて会う、みたいなシチュエーションにしたいとか……。ごめん! 本当に勝手だし、どのつら下げてって話だよな」

 だから、断ってくれても……と要は念を押すように言った。

「こんな話、おれのところで切り捨てちゃおうかと思ったんだけど、さすがにそれもできなくて。あんな連中でも、身内には違いないし……」
「そりゃそうですよ。なにより、あの一件は私も悪いんです。そもそも、賞味期限切れのうなぎを使ったりしなければ、お祖父様たちもあんなことはなさらなかったでしょうし……」

 火のないところに煙は立たないと言うではないか。つけいる隙を作ったのは他ならぬ自分だ、という自覚はある。だから、要の祖父や兄が、なかったことにしてくれと言うのであれば、素直に頷ける気持ちがあった。

「あのときは、私もずいぶん失礼な対応をしたと思いますし『ノーカン』にしていただけるのなら、むしろありがたいです。結婚する以上、ご家族に挨拶なしってわけにはいきませんしね」
「おふくろにはもう会ってもらってるし、おれとしてはどうでもいいんだけどね。でも、ここで会わせないといつまでもごちゃごちゃうるさそうなんだ。それぐらいなら、さっさと会ってもらったほうがいいかなと思って」
「私が言うのも失礼ですけど、確かにそんな気がします」
「だろ?」

 そう頷いたあと、要は内ポケットから携帯電話を取り出し、早速電話をかけ始めた。
 ところが、しばらくは普通に話していたのに、途中でにわかに声が大きくなった。続いて、なにかを必死に断り始める。

「だから、今は休業中だって言ってるだろ? そんなの無理だって」
「美音だって、今は店の改装や結婚式準備の真っ最中。そんな時間はないよ」
「そもそも、そんなことをしなきゃならない筋合いは……」

 そこで要は、心配そうにうかがっている美音の視線に気付いたのか、ふう……と息を吐いた。さらに、耳元から電話を離して、美音に話しかける。

「爺……と兄貴が美音の料理を食ってみたいんだってさ。噂に名高い『ぼったくり』の料理に興味きょうみ津々しんしん、本当につらの皮が厚い連中だ!」
「なんだ、そんなことですか……」

 お安い御用……と答えかけて、美音は言葉を切った。
 料理を作るのは簡単だが、場所がない。店は無理だし、この家に佐島さじま建設の会長と社長を呼びつけるわけにもいかない。要の言うとおり、片付けの真っ最中、足の踏み場もないのだ。かといって、佐島家の本宅で、というのはもっと無理だ。
 現在、要と八重が住んでいるのは、都内にしてはけっこう大きな三階建ての一軒家である。要は仕事三昧ざんまいだし、家の管理はほとんど八重に任せきり。佐島家の本宅は、その八重ですら、もう大きな家の管理はできないと逃げ出すほどの家だと聞いた。きっと『大邸宅』と呼ぶレベルだろう。
 そんな家の台所で、普段どおりの料理が作れるだろうか。正直、美音には自信がなかった。

「お料理をするのは全然構いませんけど、場所が……」

 戸惑う美音に、要はあからさまにほっとした顔になる。何度断ってもしつこく食い下がる相手に、辟易へきえきしていたのだろう。

「じゃあ、料理すること自体はOKなんだね?」
「それは全然。でも、あんまり大きなおうちでは……」
「でっかい台所なら仕事がしやすいかと思ったんだけど、そうでもないのか……。あ、じゃあいっそおれの家なら? 前に一度、あそこで料理をしてくれたよね」

 あの台所ならどうだろう、と要は相変わらず電話の相手を放置したまま訊ねた。
 要の家の台所は、確かに覚えている。夏風邪を引いた八重のために茶がゆを炊いた場所だ。
 ずいぶん機能的に作られていたし、一度使ったことがあるからそれなりに勝手もわかる。少なくとも、佐島家本宅よりもコンパクトな造りのはずだ。

「あそこなら、たぶん大丈夫です」
「OK、じゃあうちにしよう」

 その後要は、電話の向こうとこっちに質問を繰り返しながら日時を決めた。言葉遣いや内容から、電話をかけてきたのは兄の怜だったようだ。それは、最後の挨拶からもわかった。

「じゃあ兄貴、またな」

 その瞬間、美音はあることに気付いてはっとした。終話ボタンを押そうとしている要を慌てて止める。

「要さん! ちょっと待ってください!」
「なに?」
「なにか苦手なものとかあれば、お聞きしておきたいんですが」
「聞き出してわざと山盛り入れてやるとか?」
「そんなことしません!」
「冗談だよ。兄貴も爺もおれと同じ。苦手なものは……」
「納豆?」
「ビンゴ」

 要は笑い、電話の相手を「納豆フルコースだってさ」なんて脅している。そして、唖然としている美音を尻目にあっさり電話を切った。
 納豆のフルコースが出てきて一番困るのは自分のくせに……と美音は噴き出しそうになる。
 母は京都生まれ、西の人間の息子としては納豆を食品と認めないのは正しい、と要は言い張るのだ。
 東京生まれの東京育ち、西で暮らしたこともないくせに、こんなときばっかり西の人間のふりして……とつい苦笑してしまう。
 とはいえ、美音も要同様、母は西の人間だ。美音自身、納豆はどちらかというと苦手な部類、店の献立にもあまり使わない。もっともそれは、納豆を料理すると調理器具に匂いが移ってしまう、それでは心底苦手な人に嫌な思いをさせかねない、という父の方針によるものだが……。いずれにしても、要が納豆大好き人間じゃなくてよかったと思う。
 食の好みが一致するというのはかなり大事なことだ。出会いは最悪に近かったけれど、要の祖父と兄が揃って納豆が苦手だというのなら、案外上手くやっていけるのではないか。
 緊張感満載の訪問を前に、美音はほんのちょっとだけほっとしていた。


     †


「要さんのおうちで料理? それをお祖父さんとお兄さんに食べてもらうの? だったら、あたしも一緒に行くよ!」

 翌日、話を聞いた馨は鼻息荒く宣言した。これには美音もびっくりである。

「え……? でも、たぶん私ひとりで大丈夫……」
「なに言ってるの! 相手は、お姉ちゃんと要さんの仲を裂こうとして、あんなことをした人たちなんだよ! 虎の穴に飛び込むようなものじゃん。ひとりで行かせられるわけがないよ!」
「それはありがとう、って言いたいとこだけど……」

 そこで美音は、表情を読むようにじっくり馨の顔を見つめた。咄嗟とっさに目をらした妹に、くすりと小さな笑みが漏れる。

「本当は、要さんの家を見てみたいだけじゃない?」
「うわ、ばれた! で、でも半分、半分だけだよ? 半分はちゃんと心配してるんだからね!」
「はいはい、ありがとね。とっても心強いわ。でも大丈夫、取って食われるわけじゃないでしょう」
「わかんないよ?」

 いきなり正座させられて、尋問されるかも……と馨は茶化した。
 ドラマの見すぎじゃないのか、と苦笑したが、馨の言葉には心底姉を心配する気持ちがこもっている。要の自宅への興味はゼロじゃないにしても、心配を数値化できるとしたら、半分ではとどまらない量だろう。

「本当に大丈夫よ。いくら難しい相手だったとしても、伊達だてに何年も客商売をやってるわけじゃないわ」
「お客さんとの関係と、これから家族になる人間とじゃ話が違うよ。とにかく、あたしも一緒に行くから!」

 料理を作りに行くとはいっても、こちらが訪問者であることに違いはない。行くから、と言われても、勝手に人数を増やしていいものかどうか、判断に迷うところである。
 だがそこで、返事に困っている美音に気付いたのか、馨がぱっと顔を輝かせた。

「ねえ、もういっそ、まとめて家族紹介ってことにしてもらったら?」
「家族紹介?」
「うん。結婚するときって親だけじゃなくて、兄弟に会ってもおかしくないでしょ? これから家族になるんだから、顔合わせは必要だよ」

 結婚式そのものが顔合わせの場になることもあるだろうけれど、要と美音の結婚式は参加者の数も多そうだ。親族以外の招待客が山ほどいる中でゆっくり紹介はできないだろう。それなら、前もって顔合わせを済ませておくというのもひとつの方法だ、と馨は言うのだ。

「そう言われればそうね……。じゃあ、まとめて顔合わせってことにできませんか、って要さんに頼んでみようかな……」

 そう呟きながら、美音はひとり、ふたりと指を折り始める。人数を把握したあと、これならいける、と判断し、早速要に電話を入れた。

「顔合わせ?」
「ええ。どうせならお祖父様とお兄様だけじゃなくて、お祖母様とお兄様の奥様にもお目にかかれればいいな、って……だめですか?」
「だめなわけがないよ。実は、兄貴たちが君の料理を食べるって話を聞いて、兄貴の嫁さんやお祖母さんにけっこうちくりちくりやられてたんだ。でも、人数が増えると君が大変だってことで、なんとか勘弁してもらった」

 どこかで必ず機会を設けるから、と当てのない約束をしてしまったらしい。しばらくはなんとかごまかせるだろうけれど、この先どうしよう……と要自身が困っていたそうだ。

「なんだ……じゃあちょうどよかったんですね」
「渡りに船。でも本当に大丈夫?」
「もちろん。一度に済むし、人数が多いほうがあれこれごまかしがききます」
「みんなが君に注目するよ?」
「それは平気です。これでも私、客商売ですから」

 店の客が自分を見ることには慣れている。しかも、要の祖父と兄はどちらかというと寡黙かもくな部類らしいし、間を持たせるための会話なんて望めそうにない。それなら人数を増やし、女性陣にも参加してもらったほうが、気詰まりな沈黙を避けられるのではないか。
 美音はそんなふうに考えたのである。

「そのかわり、こちらからも馨を連れていかせてください。その人数だと、やっぱり助手がほしいですし……」
「是非。顔合わせなんだから、馨さんがいなくちゃ話にならない」
「ですよね。それで、人数は……」

 そこでふたりは、参加予定者を数え始めた。

「お祖父様とお祖母様、お兄様ご夫婦にお母様……五人でOKですか?」
「プラス君と馨さんとおれ。顔合わせなんだから、呑んだり食ったりはみんなでしないと」
「そうでした」

 じゃあ、全部で八人ですね、と人数を確定したあと、美音は早速献立を考え始めた。


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