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† 十五の罪――見えない星(肆)

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「っぶねぇ……ッ!」
 間一髪――いずれも直前で燃え尽きたようだ。
「あぶないのは、これからだよ! 第三形態“解放リベラーティオ”――ファルクス!」
 今度は双鎌と成した両腕を振りかざし、斬り込んでくる。
「この……ッ、次から次へと……!」
 手の内だけではない。もはや、このパワーは妖屠にしても規格外だ。
 まともに受けられる威力ではないので、後退する他ない。
 離れれば、今度は飛び道具を喰らう。あらゆる距離において、あちらが優位だった。
「なあ、あんた自身はそれでいいのかよ。死んでからも弄ばれた挙句、利用されるだけの存在であり続ける――そういうの、あんたが最も嫌ってただろが。なんだよ……それも忘れちまったのかよ」
「話術でどうにかしようったってそうはいかないよ。死者には肉体からだだけでなく、精神こころもない。これは体術とともに復元された最低限の知性から、反射でしゃべってるに過ぎなくてね。歩んできた道も、想いも、とっくにわすれてしまったようだ」
 彼の眼光は鋭いが、そこにあるのは圧力だけで、感情はまったく見当たらなかった。
 それでも――――
「忘れてしまうかもしれない。それでも……それでも残っている、そんなことで左右されないような奥底に根ざしてるもの――それがきっと、本物のあんただ」
 呼吸が苦しい。心臓が、肺が、息もつかせぬ攻防に、悲鳴を上げている。立っているだけでも精一杯だったが、多聞さんの猛攻に、止まることすら許されない。
 ドクン――と、乱れた脈とは異なる鼓動が込み上げる。肉体が追い詰められるに従って、心は彼の力に縋ろうとする一方だ。
 しかし、ここでルシファーを使うわけにはいかない。
 何より――――
(この人は、自分の力で超えたいんだ……!)
 今一度、得物の感触を確かめる。
(こっちの手は知り尽くされてる……百回やれば百回あっちが勝つ。千回やっても千回あっちが勝つかもしれない。でも、一万回――一万回なら、万に一つは勝機があるはずだ。この一戦で、その奇跡を掴んでやる――――)
 ガードごとはね飛ばされた俺を、射抜くように見据える、色のない瞳。
「短期間にかなり強くはなったけど、ここまでで限界なようだね」
「……まだ剣は折れちゃいねーよ。剣があれば戦える。たとえ折れようと、手持ち無沙汰になった両の拳で殴りゃいい。腕もやられたら蹴りをくれてやる。足もダメなら噛みつくさ。どんな苦境であれ、策と根気の限り食い下がれ。そう教え込んだのは他でもねー、あんただ。その弟子である俺は――俺の心は、誰にも折れない……!」
 俺の宣誓を聞き届けると、鉛のような目つきで彼は静かに沈黙を破った。
「ならば――その剣ごと、叩き折ってみせよう」


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