私の弟子は魔王様

玖莉李夢 心寧

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9話 何だか混沌になりました

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ルークがアルのもとに行ってから次の日の正午。ルークに町の広場に来るように言われて行ってみると、中央の噴水の近くにアルが居るのが見えた。


  挙動不審なアルの姿に町行く人がちらりとアルを見ては怪訝そうな顔をしていた。


  当のアルもそのことや私が来ていることにも気づいていない。


 「もう一人前かと思ったらまだこれだものね。まだまだ要修行かしら」


  アルを見たことで今までのモヤモヤも寂しさも晴れていた私は、笑みを零しながら気配を完全に絶ちアルの背後に回った。


 「アル、周りの様子や私に気付かないなんて修行不足ね。要修行しなさい」


 「し、師匠!」


  驚きのあまりアルは飛びのいて私の顔を凝視した。……と思ったら一気に顔を赤くした。


 「す、すみません師匠! 久しぶりに師匠の顔が見れてなんだか感動したと言うかほっとしたというか……」


  もはや何を言いたいのか分からず、私は呆れたように溜息をついた。


 「落ち着きなさい。私はルークに呼び出されたんだけど、ルークは?」


 「えっと……いません。元々俺と師匠が話を出来るようにと取り計らってくれたんです」


 「……そういう事ね」


  ルークにしては仕事が早い。

  アルとは久しぶりに顔を合わせて一瞬忘れていたが私はあるに謝らなきゃいけない。


 「アル、この前はごめんなさい!」

 「師匠、この前はすみませんでした!」


  私とアルの声が重なった。思わず頭を下げていたのを上げてお互いに顔を合わせた瞬間笑い後込み上げてきた。


 「ぷっ、ふふふっ。師匠の私に似なくてもいいのに」


 「ふっはははっ。師匠の姿を見て修行してきましたから似てしまうのは当然でしょう」


  お互いに十分笑い終えた所で、私は話戻した。


 「話は戻すけど、本当にごめんなさい」


 「師匠……」


 「実の所なにが悪かったのか分からない。でも、アルの心を傷つけたのは確かだから。本当にごめんなさい」


  私はアルの顔を直視できず思わず瞼を伏せた。


 「師匠。謝らないでください。謝らなければいけなのは俺の方です」


  私を落ち着かせるように、ひどく優しい声色でアルは言った。


 「俺の方こそ突然あんなこと言ってしまって。今更焦れたのがこの結果です。師匠がそういう鈍い所がある人だと知っていたのに。ルークさんの事をよく見てきて良く身に染みてるのに」


  私が鈍い? そんなことはないと思うのだが……。人の表情の変化には聡いのに。


 「師匠は鈍いので理解できていないみたいですけど、要は気にしなくていいという事ですよ」


  鈍いと言うところには不満しか感じない。というか気にするなと言われても納得がいかなかった


 「アル……」


  何で、と聞こうとしようとしたとき、アルは遮るようにして私の頬を手で優しく包んだ。



  驚いている間にアルの顔がすぐ近くにあることに気付いた。


 「こんなに疲れた顔をして……。師匠を混乱させてとても困らせてしまったようですね。本当にすみません」


  申し訳なさそうに眉を下げるアル。長い睫毛が影を作り、愁いている姿はどこか艶めかしい。


  多分今の私は頬が赤く染まっていることだろう。何だか気恥ずかしく感じているのだから。


  惚けていると、アルの唇が私の耳に触れた。


 「でも、俺はきっとこれからも師匠を困らせてしまいます。師匠に伝わるように俺もこれからは積極的になると決めましたから」



  囁くようにして発せられた言葉に、私は思わず身を固くした。これは本当に大変だ。頬どころか耳まで真っ赤になっているのではないだろうか、私!


  カチンコチンに固まった私の手を引きながら、アルは微笑んだ。


 「これから紹介したい人がいるんです。いつまでも師匠に誤解されたくないので」


  アルの言葉に私はもしや、と思いながらアルに着いていく。


  暫く歩いた先に一軒の家に辿り着いた。レンガ造りの素朴なもので、一派庶民が住む定番の作りだった。


  アルがノックすると「はーい」という可愛らしい声が聞こえたかと思うと、玄関の扉が開き現れた人物に私はやっぱりとばれないように小さく溜息を零した。


  やっぱり結構親しいんじゃないかと心の中で愚痴る。家に上がれるなどよっぽど親密でなければできないことだ。これで恋愛感情を抱いていないと言われる方が無理がある。


 「こんにちは、ミリー。待たせてすみません」


 「本当よ! やっと了承したと思ったらこんなに待たされるんだもの! それで?! ディアナ様は?!」


  薔薇色の頬を膨らませ可愛らしく起こったかと思うと、ミリーは鼻息を荒くしてアルに迫った。何だか美少女が台無しになっており、まるで美青年を襲う野獣のようだった。


 「ちょっと、ミリー落ち着いて……」


  アルが嗜めるも、ミリーは興奮が収まらないようだった。何故かアルに庇われるようにして後ろにいた私は唖然としていると、何かを隠していると気づいたのか後ろを覗き込もうとしていた。


  というかディアナ様って何?! なんで私そんな風に呼ばれてるのだろうか。なんだか変なフラグが立った気がするのは私の気の所為?


  思考に浸っていると不意に、ミリーと目があった瞬間、ロックオンされたのだろうと私は悟った。


  獲物を狙うような目に背中に悪寒が走った。


 「ディアナ様ぁぁああぁあああ! やっとお会いできました!!」


 「ひっ!」


 「し、師匠!」


  ミリーの訳の分からない叫びとアルの焦ったような声に私の蚊の鳴くような悲鳴がかき消された。


  次の瞬間私の体に衝撃が走る。ミリーが私に抱き付いてきたからだ。


 「あぁ! なんて抱き心地がいいの! それにとってもいい匂い! 間近で見るディアナ様のなんて美しい事こと! 私人生で最高に幸せだわ!」


  頬を紅潮させながら私の胸に顔をうずめてグリグリと擦りつけながら、クンクンと匂いを嗅いでくるミリーに私は固まるしかなかった。


  何なんだ、この変態は。この変態が、あのミリー? 辺りが混沌カオスとなっているなか私の頭の中には疑問が渦巻いた。


  そんな中、「だから合わせたくなかったんだ」、と言いながらアルが空を仰ぎ見ていた。
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