ミゼラブルの雫

玖莉李夢 心寧

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九話 特進

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 暫く歩き続けると、2枚の結界があった。一つ目は人避けのもので、ある程度の力がないと入り込むどころか近づくことすら不可能だろう。


  そしてそれは人だけに効くもので、俺たち妖怪や霊なんかには効果はない。


  もう一つは、悪しきモノ、妖怪や霊などと言ったものの侵入と脱出を防ぐもの。普通ならば妖怪である俺は通れないはずだが、妖怪といっても俺はただの妖怪ではないため出入りは簡単だ。


  詳しく言えば俺は妖怪とも違ってくるから問題はない。


  でも俺でなくても、ある程度力があるものは壊せそうな結界だ。こんな結界で大丈夫なのかと少し不安に思ってくる。


  余りに妖としてか弱い存在の雑鬼程度ならば大丈夫だと思うが……。まぁ、これを張っているという事は今までそれで大丈夫だったという風に思っていいのだろうか。


  何か問題があったとしてもその時はその時、だな。


  思考に浸っていると、雅幸が突然立ち止まった


 「どうかした? 雅幸」


  暫く沈黙した後、雅幸は言いにくそうにした後口を開いた。


 「お前の計画を知っていて言うのもあれだが……瀬那 隼人にはなるべく近づかない方がいい」


 「は……?」


  近づくなとはどういう事だろう。瀬那隼人はそんなに忠告をされる程危険人物だっただろうか。


  いや、確かに雪斗に対して数えきれないほどの理不尽な暴力を振ったり暴言を言ったりしたけれども。そんな取扱いに気を付けなければならない妖怪か悪霊を見るような目で言われると流石の俺も訝しむ。


  そういえば晴明は瀬那隼人の親衛隊は解散したと言っていた。それと何か関係があるのだろうか。


  問う様に雅幸を見つめるも、それ以上の言葉は返ってくることはなかった。


  それから少し歩くと、今度は外に出た。どこかで見覚えがあると思ったら、翔と話した森の近くだった。


 「今日は実践演習だから外なんだ。今は俺が行くまで自習になっている」


 「それってつまり、特進コースの授業って雅幸がやってるの?!」


 「そうだが……何を驚いているんだ今更」


  陰陽術を使えるのは知っていたけれど、まさか教鞭をとっていたなんて……。人に術を教えるのは下手だったが今は改善したのだろうか。陰陽術を人に教えるのはあまり好んでいない、というより苦手としていたはずだが。まぁ晴明よりはマシだろうか。


  晴明の場合、陰陽術の専門書を読めばあっという間に感覚だけで習得できてしまう。星見や占いもある程度知識を得たらあっさりとできてしまう天才型だった。


  その点雅幸は努力型。才能も勿論あったが努力あっての成功だった。が、やはり感覚に頼る所が多かった。晴明よりは術の習得には時間がかかっていたし、そのコツも知っているのだろうが教え方が抽象的すぎてわかりずらかったのを覚えている。


  実は雅幸、賀茂忠行だった頃は晴明せいめいの師匠だった。下手な雅幸の教鞭が成功したのは単に相手が晴明せいめいだったからだ。


  人に教えるのは初めてではないから、慣れているのだろうが、果たして生徒はきちんと術を習得できてるのだろうか。


  少し不安に思ってきた。


 「きちんと生徒の身になっているかどうかは兎も角、それで十分給料分は働けてるね。確か雅幸って古典の担当でしょ? 当時を生きた俺たちなんて古典と漢文はチートすぎるでしょ。古典の授業だけなんてぼったくりも良いところじゃん」


  俺がそう言い切ると、雅幸は顔を引きつらせた。


 「お前、それは失礼すぎるだろ。お前の心配は杞憂だ。……今の時代は分かりやすい教科書がある」


  つまりは他力本願だというわけか。何とも言えない視線を送ると、雅幸は視線を逸らした。


 「まぁ、いいけど。それより、沢山の霊力が集まっているあそこが授業をするところ?」


  少し歩く先の森の開けた場所を指さすと、雅幸は頷く。


  数は40から50程。一クラス分より少し多いくらいだろうか。特に力が強いのは数名。そのうちの一人は晴明だろう。後は復讐対象の人間だろう。


  近づくほど騒がしさが聞こえてくる。


  特に耳に着くのはあのキンキン声。忘れもしない、俺を殺した声。


 「くっ……」


  1000年間抑えていた激情が表に溢れ出そうになり、思わず下唇を噛む。


  すると、暖かい感触が俺を包み込まれていた。視界は雅幸の胸元が占め、やっとその腕に抱かれていることに気付く。


 「それ以上噛むと血が出るぞ。後、俺と晴明とあいつもいるから安心しろ」


  落ち着かせるような声色に肩の力が緩む。


  それにしてもあいつ、とはまさかあいつなのだろうか。


  俺が会いたかったかつての友、3人のうちの最後が。


  思わず口の端が上がる。下がった気分が一気に上がった。


 「そうか、あいつが……」


  相変わらず色男で男女構わず落としまくっているのだろうか。その姿が目に浮かび、想像に難くなかった。


  意を決し再び歩みを進める。


  聞こえてくる話し声に耳を澄ませる。


 『新しく入る奴ってどんなのだろうな!』


 『さぁ。日向に惚れなければ別に誰でもいいですけど』


 『そんな奴だったら俺がすぐに風紀で取り締まってやる』


 『俺は~、可愛い子だったら誰でもいいかなぁ~。でも確かその子って食堂での子だよね』


 『はっ、それが何だ。高々悪霊を祓っただけだ。所詮たいしたことはないだろ』


 『そっかー! 帝が言うならそいつ大したことないよな! でも面白いやつだったらいいな!』


 『あっ、それは俺も思う~』


  何故だろう。凄くイライラしてくる。ちなみに順に、やたらと五月蠅い転校生こと小枝 日向、次がすました態度の副会長の御子柴 古都、偉そうな風紀委員長の小鳥遊 辰巳、ゆるくて語尾が伸びる会計の一宮 美澄、またまた偉そうな俺様会長の芦屋 帝である。


  存在そのものが気に食わないって、こういう事を言うのだろうか。


  兎も角気にしていないフリをしながら雅幸と共にそいつらの視界に入る所まで行く。


 「またせたな、お前ら。こいつが例の転校生で今日から特進コースに入ることになった烏丸だ。烏丸、一応自己紹介をしてくれ」


 「はい。京都から転校してきました、烏丸 雅斗いいます。よろしゅうお願いします」


  できる限り最大級に優雅に一礼し、営業スマイルを湛えると、ぴゅ~という口笛の音がした。そちらを向くと会計がいた。


 「うわ~可愛い子が入ってくれて嬉しいなぁ~。今晩どお?」


 「結構です」


  無視したら無視したらで面倒臭そうなため、一応答える。「え~」という不満げな声が聞こえるも右から左に流す。


  転校生の方からも「なんだよ男女かよ」とか聞こえてきたがこの際無視だ。相手にする価値はない。


  そんな事よりも俺はかつての友の一人を探す。ぐるっと見た所、晴明と翔を見つけ、そしてあいつも見つけた。


 「業平」


  思わずそう呟くと、相手もそれを聞こえていたのか俺に向かって優しく微笑んだ。すると周りの生徒から黄色い声が上がる。


 「久しぶりだね、雅斗。元気にしてた?」


  相変わらずの色男っぷりに、思わずクラッとしそうである。久しぶりに見ると心臓に悪い。

  かつての友、こと業平の現在の名前は伊勢業平。この学園の庶務である。前世はかの有名な在原業平。六歌仙の一人で百人一首にでているし、伊勢物語の主人公でもある。前世で付き合った人の数は3733人という驚異の数をたたき出すプレイボーイだった。


  そして昔のように艶やかな紺色の襟足の長いさらりとした髪と暗い藍色の瞳は美しかった。


  親しそうな雰囲気に晴明を除く周りの生徒たちが訝しげな表情と声をあげていた。


  其処には転校生の「ずるい! なんでお前業平を呼び捨てで呼んでるんだ!」という騒音が聞こえたが、こちらそ馴れ馴れしくその名を呼ぶなと言いたい。


  そこをすかさず雅幸がフォローする。


 「そういえば、烏丸は土御門と伊勢とは幼馴染だったな。二人とも烏丸をみてやってくれないか」


  二人は快くそれを承諾するも、翔は自分もやりたかったと不満げだった。


  転校生も不満なのか、剥れていた。眼鏡と前髪がもっこりすぎて表情は分からなかったがきっとそうだろう。


  ふと視線を違う方に向けて息を呑みそうになった。そこにいるのは瀬那 隼人。そいつは終始爽やかな笑みを浮かべているが、それは普段通りの姿だ。雅幸が言っていたような危険な気は感じない。


  雅幸の思い過ごしだろうか。それなら、いいのだが。


  他の復讐対象をみるも、最初に声を掛けてきた会計以外は眉間にしわを寄せたりじっくりと観察するような視線しか送ってこない。会長と風紀委員長はガンをつけてくるし、副会長と瀬那、小枝はじっくりと観察するような視線を送ってくる。武井と口数の少ない書記は興味なさそうな顔をしていた。


  会計とはいうと、何か面白い物を見つけたような顔をしているが気のせいであってほしい。


  何か面倒なことが起きそうな気がするのは、俺の気のせいだろうか。
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