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閑話
とある伯爵令息
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10歳の時に王宮の茶会に出かけた。
少し小さな子から同い年くらいの女の子も集まっていた。
男は男同士で集まっていたり、女の子と話していたりしている。
僕はあの子に興味があった。
眩い金髪に綺麗な紫の瞳の歳下の女の子。
王弟殿下のひとり娘と聞いた。
名前はリアーヌ。
チャンスを待ってやっと話しかけることができた。
待たされたことで少し興奮していた。
「婚約者はいるのか」
「いないわ」
「僕の婚約者にしてやる!」
「嫌」
立ち去ろうと背を向ける女の子の背中を押した。
男の友達にするように。
倒れるほどではない。ちょっと驚かす程度に軽く。
「キャ~!! お嬢様!!」
メイドが叫んだ。
「うぅ…」
女の子が倒れていた。
えっ…軽く押したのに。
公爵が駆け寄って女の子を抱き上げた。
夫人がそっと脚を確認する。
「血が出ているわ!手当てしないと!」
公爵夫妻は女の子を抱えて去っていった。
私の側には騎士が3人立ち、父と母を呼んだ。
そして王宮の中へ連れて行かれた。
待っている間、母上は泣いているし、父上は青ざめていた。
しばらくして公爵夫妻が入室してきた。
父上達が必死で謝っていた。
僕も頭を下げた。
「何故暴力を?」
えっ、暴力?
「……」
「何を話していた」
「結婚してやると言ったのに、嫌だと言って去ろうとしたから…」
「断られて突き飛ばしたのか」
「ちゃんと話も聞かずに去ろうとしたから…それに突き飛ばしたわけじゃありません!」
「では結婚の話をする前に何を話していた」
「…何も」
「リアーヌは社交が初めてだし、君と合わせたことはない。初対面で第一声が“結婚してやる”では、そんな態度を取られるのは必然ではないか」
「……」
「しかも突き飛ばしたという多くの目撃証言がある」
「友達にやるように、ちょっと押しただけです。
軽く…軽く押しただけなのに…うぐっ…うぅっ…」
「女の子は骨格も筋肉も違う。育ち方も違うんだ。それに歳下だろう。君とは身長も違ったはずだ。
君の友達は君と同じように駆け回って運動し筋肉も体力もある。
リアーヌは大人しく本を読んだり抱っこされているような子だから、ちょっと押しただけでも惨事になる。
頭を打ち付けたり、顔に傷を負うこともある。男の子相手でもやらない方がいい」
「ごめんなさい」
「手と膝を擦りむき、膝からは出血していた。
特に女の子は傷跡は大きな枷となる。
心にも傷ができるんだ。怖い、痛い、男の子は嫌だって」
「はい」
「今回は公爵家としては不問にするが、伯爵、よく教育してくれ」
「申し訳ございませんでした」
「それと、リアーヌが1歳の頃から第一王子が溺愛している。乳母のように世話をして大切に育てたのは第一王子と言っても過言ではない。
宥めはするが、ただでは済まさないだろう。
その時は正直に答えて謝るしかない」
帰ってからものすごく叱られた。
1週間部屋で謹慎となった。
その間に第一王子が訪ねてきた。
「怪我をさせたのはここの令息で間違いないかな」
両親と僕でひたすら謝った。
「私はね、唯一大事にしているリアーヌを傷付けられてとても腹が立っているんだ」
「申し訳ございません。息子は令嬢と接したことがなく、令息の友人と遊ぶ時のように軽く押しました。転ばせようとしたのではございません!」
「軽くだったんです。ごめんなさい」
「…しかも私の愛するリアーヌに“結婚してやる”と言ったんだって?
この私が7年もリアーヌを育て、可愛がり、愛しているのに?
私でさえ許可を得られていないのに?」
「緊張していて、それしか言葉が浮かばず…女の子と話すことなんてなかったから…ごめんなさい」
「…すっかり男の子に嫌悪を示しているよ」
「ごめんなさい」
「…この件は保留だ。次何かしたら今回の分と一緒に報復するぞ」
「近寄らせません!」
「躾ますので!」
「ごめんなさい!」
王子殿下が帰ってしばらくして父上が大きなため息をついた。
「助かった~」
「今後絶対にリアーヌ様に近寄ってはダメよ!」
「近寄りません」
それ以来、視界に入らないように努めたがデビュータントで再会してしまった。
「迷ってしまって…会場はどちらですか」
ずっと住んでいるのに!?
説明をすると頭を下げて立ち去っていった。
さらに学園で再開する。
「講堂を探しているのですが」
「…そこの扉だよ」
目の前の扉なんだけどな。
構内見取図が逆さだよ。
この子は1人で行動しない方がいい。
たまたま父と王宮に来ていた時に第一王子とすれ違った。
「王子殿下」
「…何かな」
「お声がけをしてしまい申し訳ございません。
姫様についてご報告が」
「…まずは聞こうか」
「私から接触したわけではありません。姫様が迷子になっている所を、立て続けに居合わせ、尋ねられたので道を教えました。
王宮に住んでいるのに王宮で迷子になっておられました。
学園では目の前にある講堂の場所を聞かれました。
構内地図を逆さまに持っておられました。
お節介なのは分かっておりますが、付き添いを付けた方がよろしいかと。地図などの見方も教えて差し上げた方が…」
「ありがとう。対処するよ。
今日は?」
「父が許可を出しに来るついでに外食をしようと誘われてついて来ました」
「何の許可?」
「分かりません。税関係だと思うのですが」
「そう。気をつけて」
「はい。失礼いたしました」
怖かった~!!
翌日。
「旦那様、王宮から書簡が届きました」
「…昨日の昼前に出したのに、もう許可がおりてる」
「税関係のですか?」
「ああ。普通1か月はかかるのに」
「……すごいですね」
きっと第一王子殿下が融通してくれたんだ!
この時から第一王子殿下についていこうと思った。
しかし、
「すみません、第四準備室はどこですか?」
「…構内見取図、向きが違います。向こうに向かって歩いて突き当たりを左に曲がってください。少し歩くと右側に小さな廊下がありますからそこに入って左の扉です」
「……ありがとうございました」
間があったので、様子を見ていると、突き当たりで右に曲がった。
何で!?
走って追いかけた。
結局目的地まで、案内して、荷物を持ってあげて教室まで送ってあげた。
名前を聞かれたが
「第一王子殿下を慕う者です」
とだけ答えて早足で立ち去った。
殿下!付き添い一択でしたよ!
すぐに細かな報告書を書き上げて第一王子殿下に送った。
“不敬かもしれませんがひとりで外に出してはいけないレベルです。学園内も不安しかありません。何とかお願いします”
“関わらないよう最善は尽くしております”
返事は王宮への招待だった。
青ざめながら指定された時間に殿下の執務室へ向かった。
「リアーヌから聞いたよ。迷惑をかけたね」
「お力になれず申し訳ございません」
「何故右に曲がるんだろうね」
「はい、不思議な現象を目にしました」
「赤ちゃんの頃から抱っこして連れ回したから、自分で道を覚えたりすることが身についていないんだろうね」
「あの様子では、帰りも確実に迷われるだろうとお節介をやいてしまいました」
「君の予測通り迷っただろうね。ありがとう」
「あの…付き添いは」
「学園内に付き添いは無理だからね」
「…教師に姫様に頼み事をするなと命じるとか」
「駄目だね」
「色分けして矢印や看板で誘導したらいかがでしょう」
「具体的には?」
「足元の床か壁に矢印を書きます。例えば一階の職員室や校長室があるエリアに行きたければ水色の矢印を追うのです。曲がる方に矢印を向かせます。案内図もそのエリアには水色を使います。
看板は天井から下げるかして路上の案内板のようにします。
ただし、ほぼ姫様専用だと思いますので予算は学園から出せないかと
「君は次男だよね。卒業後はどうするか決めてるのかな」
「試験を受けて王宮の事務員から始められたらと思っております」
「そうなんだ。その案を校長に説明して学校で使っている業者を紹介してもらってくれるかな。
話を詰めて実行してくれ。君が監督責任者だ」
「私にはとても…」
「君の発案だ。君が一番詳しく説明できる。
費用はこちらで用意する。校長への手紙は今書いて渡すから登校したら渡してくれ」
「…かしこまりました」
校長に手紙を手渡すと慌てて業者のリストを用意させた。
手紙を渡した翌日には多額の寄付があったようだ。
そして殿下が視察に来ている。
「構内見取図が白黒と色付きがあるのは何故?」
「色付きは価格が変わります。ですので有料にしました。失礼ながら色付きが必要なのは僅かな生徒です。必要としない他の生徒に配るのは無駄です。
殿下から多額の寄付をいただきましたが無駄遣いを防げるのならそうしたいと思いました。
有料といっても実費ですから学食の飲み物を買う程度のものです。生徒にとってはなんてことはありません」
「納得した。よくやった」
「ありがとうございます」
その後、殿下からメッセージカードが届いた。
“リアーヌはひとりで目的地に着いた”
嬉しくて涙が出てきた。
卒業する時が来た。1ヶ月前に新卒用の王宮職員採用試験を受けた。
合格をもらい、配属は勤務初日に教えるとのことだった。
卒業し、初出勤をした。新人全員が集められ、共通の注意事項を教えられた。あとは配属先で個別の指導をしてもらうことになる。
名前を呼ばれ、渡されたのは青い蝋印。
「その色は滅多に貰えないけど大変な職場だから頑張ってな」
…殿下、まだ怒っているのかなぁ…。
領地にでも行こうかな。
封を開けると“第一王子殿下・執務室”と書いてあった。
えっ死刑宣告?
なるようになれと開き直って執務室に向かった。
「入れ」
「失礼いたします」
「自己紹介だ。君からどうぞ」
「トーマス・コレックと申します。コレック家の次男です。よろしくお願いします?」
「…何で疑問系なんだ」
「あの、処罰の為に呼ばれたのでは」
「そんなわけあるか」
「首席補佐のドミニク・カークランドです」
「次席補佐のテオ•ローマンです」
「補佐のジョシュアです」
「侍従のザック・ヴェルドリッヂです」
失神しそうな名門揃いだ。平民もいるのだな。
「当面はジョシュアとザックから教わりながら雑用だ。よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします」
青い宝石の付いたピンを付けて働くことになった。
エリートが集う職場だ。
何故お前が?という目を向けられることもあったが気にしないようにした。
ある時ジョシュア様と食事をとっていると。
「不思議だよな~」
わざと私達の横で呟きながら通る令息がいた。同卒同期の侯爵家四男だ。
「あんなのよくあるから気にしなくていい。
自分より格下がエリートと呼ばれるのが気に食わないんだ。私は特に平民だからね」
「私は何で選ばれたのか未だに分かりません」
「実力を認められたからだよ。他に何があるのさ」
「えっ?」
「カイル殿下は実力主義だ。縁故など通用しないし、学園の成績が1位だとしても関係ない。
トーマス君は殿下に実力を示す機会があったはずだ」
「私は子供の頃に大失態をして殿下を怒らせたことがあるのです。だから王宮に呼ばれた時は処刑でもされるのかと」
「挽回したということだ。おめでとう。
裏切りだけは絶対するなよ」
「私は殿下をお慕いしておりますので、そのようなことはあり得ません」
「…殿下にはリアーヌ様がいるからね?」
「はい。…えっ!違います。尊敬の意味の“慕う”です!」
「安心したよ。新しすぎる風かと思った」
「婚約者は決まっていませんが、私は女性と結婚したいです」
「伯爵家なのに?」
「子供の頃の大失態のせいです」
「でもこれから、縁談が来ると思うからよく厳選した方がいいよ。殿下に影響すると困るから」
「えっ」
「妻の家が悪事を働いていたり、殿下狙いの令嬢だったり、裏表のある性格で社交で悪評だったりとかさ。側近の評判は殿下に影響するからね」
ジョシュア様の言う通り、縁談が増えてきた。
ある程度集まった時に殿下に相談してみた。
「自分で選ばないの?」
「好きな人はいませんし、私は次男ですから平民になります。そして殿下の足手纏いにならない相手となると分からないので独身でいるのもいいかなと思っております」
「明日、釣書持ってきて」
「はい」
翌日
「結構あるね」
と言いながら、ひとつにつき5秒程見て3つに分けた。
「この山は駄目な縁談。訳アリだ。
真ん中は家門には問題はない。こっちの2つは優良物件だ」
中を見てみると年上の侯爵令嬢と、5つ下の伯爵令嬢だった。
「侯爵令嬢の方は相手が浮気相手を孕ませて破棄したんだ。伯爵令嬢は外国で育って去年戻って来た。親が外交官だ。
会って茶でも飲んで話をしてこい」
「…また失敗しないでしょうか」
「またとは?」
「姫様の時以来、怖くて令嬢に近寄ったことがありません。話しかけられたら返事をしますが。また怪我をさせたり、緊張して失言するのが怖くて…」
「親戚は?」
「従姉妹の交流は特にありません」
「ジョシュア!」
「はい、殿下」
「孤児院の件、トーマスと行ってきてくれ」
「かしこまりました」
少し小さな子から同い年くらいの女の子も集まっていた。
男は男同士で集まっていたり、女の子と話していたりしている。
僕はあの子に興味があった。
眩い金髪に綺麗な紫の瞳の歳下の女の子。
王弟殿下のひとり娘と聞いた。
名前はリアーヌ。
チャンスを待ってやっと話しかけることができた。
待たされたことで少し興奮していた。
「婚約者はいるのか」
「いないわ」
「僕の婚約者にしてやる!」
「嫌」
立ち去ろうと背を向ける女の子の背中を押した。
男の友達にするように。
倒れるほどではない。ちょっと驚かす程度に軽く。
「キャ~!! お嬢様!!」
メイドが叫んだ。
「うぅ…」
女の子が倒れていた。
えっ…軽く押したのに。
公爵が駆け寄って女の子を抱き上げた。
夫人がそっと脚を確認する。
「血が出ているわ!手当てしないと!」
公爵夫妻は女の子を抱えて去っていった。
私の側には騎士が3人立ち、父と母を呼んだ。
そして王宮の中へ連れて行かれた。
待っている間、母上は泣いているし、父上は青ざめていた。
しばらくして公爵夫妻が入室してきた。
父上達が必死で謝っていた。
僕も頭を下げた。
「何故暴力を?」
えっ、暴力?
「……」
「何を話していた」
「結婚してやると言ったのに、嫌だと言って去ろうとしたから…」
「断られて突き飛ばしたのか」
「ちゃんと話も聞かずに去ろうとしたから…それに突き飛ばしたわけじゃありません!」
「では結婚の話をする前に何を話していた」
「…何も」
「リアーヌは社交が初めてだし、君と合わせたことはない。初対面で第一声が“結婚してやる”では、そんな態度を取られるのは必然ではないか」
「……」
「しかも突き飛ばしたという多くの目撃証言がある」
「友達にやるように、ちょっと押しただけです。
軽く…軽く押しただけなのに…うぐっ…うぅっ…」
「女の子は骨格も筋肉も違う。育ち方も違うんだ。それに歳下だろう。君とは身長も違ったはずだ。
君の友達は君と同じように駆け回って運動し筋肉も体力もある。
リアーヌは大人しく本を読んだり抱っこされているような子だから、ちょっと押しただけでも惨事になる。
頭を打ち付けたり、顔に傷を負うこともある。男の子相手でもやらない方がいい」
「ごめんなさい」
「手と膝を擦りむき、膝からは出血していた。
特に女の子は傷跡は大きな枷となる。
心にも傷ができるんだ。怖い、痛い、男の子は嫌だって」
「はい」
「今回は公爵家としては不問にするが、伯爵、よく教育してくれ」
「申し訳ございませんでした」
「それと、リアーヌが1歳の頃から第一王子が溺愛している。乳母のように世話をして大切に育てたのは第一王子と言っても過言ではない。
宥めはするが、ただでは済まさないだろう。
その時は正直に答えて謝るしかない」
帰ってからものすごく叱られた。
1週間部屋で謹慎となった。
その間に第一王子が訪ねてきた。
「怪我をさせたのはここの令息で間違いないかな」
両親と僕でひたすら謝った。
「私はね、唯一大事にしているリアーヌを傷付けられてとても腹が立っているんだ」
「申し訳ございません。息子は令嬢と接したことがなく、令息の友人と遊ぶ時のように軽く押しました。転ばせようとしたのではございません!」
「軽くだったんです。ごめんなさい」
「…しかも私の愛するリアーヌに“結婚してやる”と言ったんだって?
この私が7年もリアーヌを育て、可愛がり、愛しているのに?
私でさえ許可を得られていないのに?」
「緊張していて、それしか言葉が浮かばず…女の子と話すことなんてなかったから…ごめんなさい」
「…すっかり男の子に嫌悪を示しているよ」
「ごめんなさい」
「…この件は保留だ。次何かしたら今回の分と一緒に報復するぞ」
「近寄らせません!」
「躾ますので!」
「ごめんなさい!」
王子殿下が帰ってしばらくして父上が大きなため息をついた。
「助かった~」
「今後絶対にリアーヌ様に近寄ってはダメよ!」
「近寄りません」
それ以来、視界に入らないように努めたがデビュータントで再会してしまった。
「迷ってしまって…会場はどちらですか」
ずっと住んでいるのに!?
説明をすると頭を下げて立ち去っていった。
さらに学園で再開する。
「講堂を探しているのですが」
「…そこの扉だよ」
目の前の扉なんだけどな。
構内見取図が逆さだよ。
この子は1人で行動しない方がいい。
たまたま父と王宮に来ていた時に第一王子とすれ違った。
「王子殿下」
「…何かな」
「お声がけをしてしまい申し訳ございません。
姫様についてご報告が」
「…まずは聞こうか」
「私から接触したわけではありません。姫様が迷子になっている所を、立て続けに居合わせ、尋ねられたので道を教えました。
王宮に住んでいるのに王宮で迷子になっておられました。
学園では目の前にある講堂の場所を聞かれました。
構内地図を逆さまに持っておられました。
お節介なのは分かっておりますが、付き添いを付けた方がよろしいかと。地図などの見方も教えて差し上げた方が…」
「ありがとう。対処するよ。
今日は?」
「父が許可を出しに来るついでに外食をしようと誘われてついて来ました」
「何の許可?」
「分かりません。税関係だと思うのですが」
「そう。気をつけて」
「はい。失礼いたしました」
怖かった~!!
翌日。
「旦那様、王宮から書簡が届きました」
「…昨日の昼前に出したのに、もう許可がおりてる」
「税関係のですか?」
「ああ。普通1か月はかかるのに」
「……すごいですね」
きっと第一王子殿下が融通してくれたんだ!
この時から第一王子殿下についていこうと思った。
しかし、
「すみません、第四準備室はどこですか?」
「…構内見取図、向きが違います。向こうに向かって歩いて突き当たりを左に曲がってください。少し歩くと右側に小さな廊下がありますからそこに入って左の扉です」
「……ありがとうございました」
間があったので、様子を見ていると、突き当たりで右に曲がった。
何で!?
走って追いかけた。
結局目的地まで、案内して、荷物を持ってあげて教室まで送ってあげた。
名前を聞かれたが
「第一王子殿下を慕う者です」
とだけ答えて早足で立ち去った。
殿下!付き添い一択でしたよ!
すぐに細かな報告書を書き上げて第一王子殿下に送った。
“不敬かもしれませんがひとりで外に出してはいけないレベルです。学園内も不安しかありません。何とかお願いします”
“関わらないよう最善は尽くしております”
返事は王宮への招待だった。
青ざめながら指定された時間に殿下の執務室へ向かった。
「リアーヌから聞いたよ。迷惑をかけたね」
「お力になれず申し訳ございません」
「何故右に曲がるんだろうね」
「はい、不思議な現象を目にしました」
「赤ちゃんの頃から抱っこして連れ回したから、自分で道を覚えたりすることが身についていないんだろうね」
「あの様子では、帰りも確実に迷われるだろうとお節介をやいてしまいました」
「君の予測通り迷っただろうね。ありがとう」
「あの…付き添いは」
「学園内に付き添いは無理だからね」
「…教師に姫様に頼み事をするなと命じるとか」
「駄目だね」
「色分けして矢印や看板で誘導したらいかがでしょう」
「具体的には?」
「足元の床か壁に矢印を書きます。例えば一階の職員室や校長室があるエリアに行きたければ水色の矢印を追うのです。曲がる方に矢印を向かせます。案内図もそのエリアには水色を使います。
看板は天井から下げるかして路上の案内板のようにします。
ただし、ほぼ姫様専用だと思いますので予算は学園から出せないかと
「君は次男だよね。卒業後はどうするか決めてるのかな」
「試験を受けて王宮の事務員から始められたらと思っております」
「そうなんだ。その案を校長に説明して学校で使っている業者を紹介してもらってくれるかな。
話を詰めて実行してくれ。君が監督責任者だ」
「私にはとても…」
「君の発案だ。君が一番詳しく説明できる。
費用はこちらで用意する。校長への手紙は今書いて渡すから登校したら渡してくれ」
「…かしこまりました」
校長に手紙を手渡すと慌てて業者のリストを用意させた。
手紙を渡した翌日には多額の寄付があったようだ。
そして殿下が視察に来ている。
「構内見取図が白黒と色付きがあるのは何故?」
「色付きは価格が変わります。ですので有料にしました。失礼ながら色付きが必要なのは僅かな生徒です。必要としない他の生徒に配るのは無駄です。
殿下から多額の寄付をいただきましたが無駄遣いを防げるのならそうしたいと思いました。
有料といっても実費ですから学食の飲み物を買う程度のものです。生徒にとってはなんてことはありません」
「納得した。よくやった」
「ありがとうございます」
その後、殿下からメッセージカードが届いた。
“リアーヌはひとりで目的地に着いた”
嬉しくて涙が出てきた。
卒業する時が来た。1ヶ月前に新卒用の王宮職員採用試験を受けた。
合格をもらい、配属は勤務初日に教えるとのことだった。
卒業し、初出勤をした。新人全員が集められ、共通の注意事項を教えられた。あとは配属先で個別の指導をしてもらうことになる。
名前を呼ばれ、渡されたのは青い蝋印。
「その色は滅多に貰えないけど大変な職場だから頑張ってな」
…殿下、まだ怒っているのかなぁ…。
領地にでも行こうかな。
封を開けると“第一王子殿下・執務室”と書いてあった。
えっ死刑宣告?
なるようになれと開き直って執務室に向かった。
「入れ」
「失礼いたします」
「自己紹介だ。君からどうぞ」
「トーマス・コレックと申します。コレック家の次男です。よろしくお願いします?」
「…何で疑問系なんだ」
「あの、処罰の為に呼ばれたのでは」
「そんなわけあるか」
「首席補佐のドミニク・カークランドです」
「次席補佐のテオ•ローマンです」
「補佐のジョシュアです」
「侍従のザック・ヴェルドリッヂです」
失神しそうな名門揃いだ。平民もいるのだな。
「当面はジョシュアとザックから教わりながら雑用だ。よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします」
青い宝石の付いたピンを付けて働くことになった。
エリートが集う職場だ。
何故お前が?という目を向けられることもあったが気にしないようにした。
ある時ジョシュア様と食事をとっていると。
「不思議だよな~」
わざと私達の横で呟きながら通る令息がいた。同卒同期の侯爵家四男だ。
「あんなのよくあるから気にしなくていい。
自分より格下がエリートと呼ばれるのが気に食わないんだ。私は特に平民だからね」
「私は何で選ばれたのか未だに分かりません」
「実力を認められたからだよ。他に何があるのさ」
「えっ?」
「カイル殿下は実力主義だ。縁故など通用しないし、学園の成績が1位だとしても関係ない。
トーマス君は殿下に実力を示す機会があったはずだ」
「私は子供の頃に大失態をして殿下を怒らせたことがあるのです。だから王宮に呼ばれた時は処刑でもされるのかと」
「挽回したということだ。おめでとう。
裏切りだけは絶対するなよ」
「私は殿下をお慕いしておりますので、そのようなことはあり得ません」
「…殿下にはリアーヌ様がいるからね?」
「はい。…えっ!違います。尊敬の意味の“慕う”です!」
「安心したよ。新しすぎる風かと思った」
「婚約者は決まっていませんが、私は女性と結婚したいです」
「伯爵家なのに?」
「子供の頃の大失態のせいです」
「でもこれから、縁談が来ると思うからよく厳選した方がいいよ。殿下に影響すると困るから」
「えっ」
「妻の家が悪事を働いていたり、殿下狙いの令嬢だったり、裏表のある性格で社交で悪評だったりとかさ。側近の評判は殿下に影響するからね」
ジョシュア様の言う通り、縁談が増えてきた。
ある程度集まった時に殿下に相談してみた。
「自分で選ばないの?」
「好きな人はいませんし、私は次男ですから平民になります。そして殿下の足手纏いにならない相手となると分からないので独身でいるのもいいかなと思っております」
「明日、釣書持ってきて」
「はい」
翌日
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会って茶でも飲んで話をしてこい」
「…また失敗しないでしょうか」
「またとは?」
「姫様の時以来、怖くて令嬢に近寄ったことがありません。話しかけられたら返事をしますが。また怪我をさせたり、緊張して失言するのが怖くて…」
「親戚は?」
「従姉妹の交流は特にありません」
「ジョシュア!」
「はい、殿下」
「孤児院の件、トーマスと行ってきてくれ」
「かしこまりました」
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それに伴い、たくさんの方から感想をいただくようになりました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただけたらと思いますので、中にはいただいたコメントを非公開とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきますし、削除はいたしません。
7/16 最終部がわかりにくいとのご指摘をいただき、訂正しました。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
初耳なのですが…、本当ですか?
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