【完結】愛で結ばれたはずの夫に捨てられました

ユユ

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賓客は頻客

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そんな単語はないのは知っている。でも頻繁に来るお客様で頻客様とこっそり呼んでいる。

「レイシア、早くアレクサンダーを診てやってくれ」

セラス領、オプリーズ家の馬牧場にお世話になり始めて5年が経った。

「子爵様、ダニエルさんを呼びします」

「うちのアレクサンダーのご指名は君だよレイシア」

「あ!おじさん!」

「テオ、また背が伸びたか?」

「1週間で?」

「こら、テオ。子爵様とお呼びしなさい。それに敬語はどうしたの」

「レイシア、私はテオと友達になったんだ。だからこうやって気兼ねなく話をすることを誓い合った。な?テオ」

「うん!」

「テオ、降りなさい。子爵様のお召し物が汚れてしまうでしょう」

子爵様がテオを抱っこしてしまった。

「私が抱っこしたのだから私の自由だ」

「全く自由ではございません」

「そう言うな。君はアレクサンダーを診てくれ。私はテオと遊んでくるから」

「子爵様!?」


アーサー•セラス子爵は茶色の髪に緑色の瞳をしている。驚くほど息子のテオとよく似た瞳だった。
3ヶ月前、子爵の愛馬アレクサンダーが怪我をして子爵邸に呼ばれた。ダニエルさんについてきて欲しいとお願いされて同行した。前脚の骨にヒビが入っているようで、ダニエルさんが子爵に諦めることを勧めた。アレクサンダーが私を見つめ涙を流しながら私の手に鼻を擦り付けた。私が治せたらアレクサンダーは殺されずに済む。アレクサンダーもそれが分かっていて“死にたくないから治して”と泣いて頼んでいるかように見えた。
子爵が顔を逸らした隙にこっそり力を使った。骨折だからと少しだけ力を強めに込めたら思ったより光が出てしまい気付かれてしまった。
アレクサンダーは何事もなかったかのように走り出した。

『信じられない』

私とダニエルさんは応接間に招かれ人払いの上で説明を求められた。

『何のことでしょう』

『子爵様は心配のあまり幻覚を見てしまわれたのでしょう』

『そなた達は嘘が下手だな』

『……』

『……』

口外しないという約束をしてもらい、仕方なく動植物専門の治癒師だと打ち明けた。

『何で……そうか、ロット家は治癒師を2人誕生させていたのだな。それなのに絶縁を?』

『人の治癒ができなければ価値がないと言われました』

『よくわかった。アレクサンダーを治してくれてありがとう』

それ以来、子爵は毎週アレクサンダーに乗って馬牧場に顔を出す。アレクサンダーの経過観察とかアレクサンダーが会いたがったからと理由を付けている。実際にアレクサンダーは私にすごく懐いたから否定できない。

「アレクサンダー、リンゴ食べる?」

「ヒヒン!」

「よしよし。アレクサンダーは良い子ね。綺麗だしカッコいいわ」

「ヒヒン!!」

「何言っているかわかるの?」

「ヒヒン」

「アレクサンダーが人間だったらお嫁さんにして欲しいな」 

「ヒヒ~ン!!」

アレクサンダーは気性の荒い馬で、ダニエルさんが仔馬の頃から苦労して調教し、子爵もかなり通って何とか乗せてもらうことができるようになったらしい。子爵は愛馬が2頭いて、一頭は牝馬なのだけどアレクサンダーは見向きもしないらしい。
愛してると言いながらこっそり妾に子を産ませていた男とは大違いだ。

アレクサンダーがものすごく賢いのか、私の力のせいなのか。

「おいおい、それはないだろう。飼い主は私だぞ?」

テオと遊んで肩に乗せて帰ってきた子爵が私に近寄ろうとするとアレクサンダーが立ちはだかって威嚇し始めたのだ。

「アレクサンダー、威嚇したらダメよ?」

「ヒヒン」

「あり得ない…命の恩人だからってレイシアに懐いて、私を敵認定しなくたっていいだろう」

「ウフフ、さっき求婚したからかもしれませんわ。アレクサンダーが人間になったらお嫁さんにして欲しいってお願いしましたの」

「おまえってやつは。人間になったらって言われたんだろう?今世は無理だろう」

「子爵様、レイシア、テオ、昼食が用意できましたよ」

マーガレットさんが呼びに来てくれた。すっかり子爵は食事までして帰るようになった。子爵邸の方が豪華でしょうに。

 
テーブルについて食事をしながら子爵がテオに話しかけてくれる。

「テオは好き嫌いしないな」

「残したら作ってくれたヘレンさんが悲しむから」

「そうか、偉いな。私の子供の頃とは雲泥の差だな」

「なにそれ」

「テオが良い子で私が悪い子だったって意味だよ。あらゆる野菜を嫌がったんだ」

「でも食べてるよ?」

「恥ずかしいことだと知って食べるようになったんだ。集まりがあって、食事のときに野菜を残しているのが私だけで笑われたんだよ、赤ちゃんみたいだって」

「おじさんの小さい頃ってどんな感じ?」

「子供のときの私を描かせた絵があるから見においで」

「行く」

「駄目よ」

「え~」

「レイシア、そんなことを言わずに」

「礼儀も知りませんからご迷惑ですわ」

「子供の声を聞けば父も母も喜ぶよ」

セラス子爵は2度結婚したけど子が授からなかった。本人は養子でも迎えればいいと思ったみたいだけどご両親が彼の子であることに拘り、お嫁さんはプレッシャーに耐えかねて離縁を申し出た。2人目のお嫁さんも同じだった。
今はご両親は隠居しているけど、あれこれ縁談を探して持ってくるらしい。
先月もお見合いさせられて、前妻2人との離縁理由を教えたら断られたと話してくれた。

子供の声というのは実子限定だと思うとは言葉にできなかった。
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