17 / 20
ヴァネッサという人
しおりを挟む
ソワール邸に到着した日から、リオナード様は私のベッドで寝るようになった。
間違いが起こらないよう扉は開けたまま。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
並んで寝てるけど、いつの間にか抱きしめられて寝ている。
小さい頃はお兄様に最初から抱きしめられて寝ていた。あったかくて安心した。
お姉様の部屋に行った記憶がない。
ふと思った。
お姉様はどんな気持ちで過ごしていたのだろう。
あまり話もしなかった。
次に帰ったときはお姉様の部屋に行ってみようと思った。
食事も一緒に食べている。
日中は、侯爵様とリオナード様がお仕事をしている間、時々忙しくなる。
主に慈善活動だ。
領地の孤児院の子供達用の服などに刺繍を施したり、編み物をしたり。
時々訪問して教育実習をする。
文字や計算は職員がやってくれるので、私たちは領地で職を持てるよう教師を連れて来る。
宝石についての講義をする者を連れてきて教えてもらう。
私と夫人は助手だ。
名前を覚えることから始めて、いくつかのクオリティの違う物を持ってきて現物で教える。
要するに目利きが出来るように育てたいのだ。
磨き方、採掘、加工。
そのうち金属について教える。
シンプルな指輪を作らせてみたり彫金をさせてみたり。
最終的に自分が採掘した原石を磨き加工し、台座を彫金し宝石をはめる。
小さな粒を限定しているが、孤児院を出るときは自分の作品を持って卒院できる。
過去の事例で鑑定の素質のある子は、古物商や貴族向けの高価な品を扱う店に弟子入りすることができたり、女の子なら宝石を磨いたり本物かどうか確認をする奥様付きのメイドになったり。
商家で買い付け人見習いになる子もいるらしい。
大体は一作業員か別の道に進むようだ。
「今日は何をしていたんだ?」
「今日は何もない日でした。多分数日はないです。
いっそ里帰りをしようかなと」
「4日後はお呼ばれしてるじゃないか」
あ、そうだった。
「街に行ってこようかな」
「一緒に行く」
「ビビ達と行けますから」
「嫌か?」
「ついてきても楽しくないですよ。
可愛いものを見て回るだけですから」
「買わないのか」
「欲しいなと思えば考えます」
穏やかな日を過ごし、3か月ぶりに里帰りした。
お姉様の部屋に入ると、いかにも自分じゃない人の部屋という空気がある。
ヴァネッサの専属メイドだった人に質問をした。
「お姉様のお気に入りはどれ?」
ドレスや宝石、ペンやブラシなど様々なお気に入りを教えてくれた。
「意外」
教えてくれたのはどれも可愛らしいものだった。
「身に付けることは少なかったですね」
「どうして?」
「自分には似合わないからと」
お姉様は長身で美人。身に付けるものも大人っぽい物が多かった。
「本は?」
「恋愛やファンタジーを好んでいました」
「あれ、これは?」
「日記です。
日記と言っても書きたいときに書いておられました」
分厚くて少し古い。
最初のページは汚い字だった。
日付けを見ると私が生まれる前だった。
“お兄さまとケンカした。
上手く言葉にできなくてみんなを怒らせる”
“ごめんなさいが言えない”
捲って行くと私が生まれて2ヶ月後の日付けだった。
“やっと妹に会えた。
私たちと顔が違う。
すごく小さくて目が丸い。
お兄様はエステルに夢中”
私が2歳のときは、
“お兄様はエステルだけが可愛いみたい。
いつも側にいる。
私達とは違って、小さくて可愛い。
エステルが笑うとお父様もお母様もお兄様も笑顔になる。
私は怒られてばかり”
私が3歳のときは、
“お兄様はエステルしか抱っこしない。
膝の上に乗せるのも、お菓子を食べさせるのも、
顔や頭にキスするのもエステルだけ。
私だって妹なのに。
お兄様にとって妹はエステルだけ”
ずっとすれ違いや素直になれないこと、私と兄のことが書いてあった。
お姉様が学園生になった辺りはリオナード様のことが出てくるようになった。
“廊下ですれ違っても無視するし、目があっても私を嫌そうな顔で見る。
これも顔合わせで失敗してからだ。弟ができたみたいと言ってしまい怒らせてしまった。
本当は仲良くして欲しかった。
今では彼の方が少し大きいけど、当時は私の方が大きかった。
デビュータントもエスコートしてくれたけど、ダンスはあまり目も合わせてくれないし、終わると友人達のところへ行ってしまった。
溝がどんどん深くなってしまった”
またページを捲っていくと、
“令息達が寄って来る。
あしらい方が分からない。
何度かリオナードが軽蔑の目で見ていた。
その内、彼は他の令嬢と付き合うようになった。
悲しかった。
自分も遊ぼうと思ったけど、私にはそんなことはできない。
彼が女性と関係を持っていく中でも、私にはフリしかできない。
素直になれていたら、兄様も私を少しは可愛がってくれたかな。
リオナードも優しくして、他の女性と付き合ったりしなかったかな”
またページを捲っていく、
“もうすぐ婚姻。
ルールを契約書にすることにした。
2人で前向きに会話をするなんて初めてだった。
私達を隔てるルールなのに。
本当は妾なんて迎えて欲しくない。
だけど嫌われたまま抱かれるなんて耐えられない。
嫌そうな顔をして子を産ませるためだけに体を使う。
そんなの無理だ。
だから白い結婚を提案した。
妾に産んでもらえと。
彼は安心した顔をした。
いつか心がなれるかしら”
そして最後のページは結婚の2日前、
“素直になれないまま明後日には妻になる。
やり直したい。
最初からやり直して、愛される妹、愛される花嫁になりたい”
涙が止まらなかった。
間違いが起こらないよう扉は開けたまま。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
並んで寝てるけど、いつの間にか抱きしめられて寝ている。
小さい頃はお兄様に最初から抱きしめられて寝ていた。あったかくて安心した。
お姉様の部屋に行った記憶がない。
ふと思った。
お姉様はどんな気持ちで過ごしていたのだろう。
あまり話もしなかった。
次に帰ったときはお姉様の部屋に行ってみようと思った。
食事も一緒に食べている。
日中は、侯爵様とリオナード様がお仕事をしている間、時々忙しくなる。
主に慈善活動だ。
領地の孤児院の子供達用の服などに刺繍を施したり、編み物をしたり。
時々訪問して教育実習をする。
文字や計算は職員がやってくれるので、私たちは領地で職を持てるよう教師を連れて来る。
宝石についての講義をする者を連れてきて教えてもらう。
私と夫人は助手だ。
名前を覚えることから始めて、いくつかのクオリティの違う物を持ってきて現物で教える。
要するに目利きが出来るように育てたいのだ。
磨き方、採掘、加工。
そのうち金属について教える。
シンプルな指輪を作らせてみたり彫金をさせてみたり。
最終的に自分が採掘した原石を磨き加工し、台座を彫金し宝石をはめる。
小さな粒を限定しているが、孤児院を出るときは自分の作品を持って卒院できる。
過去の事例で鑑定の素質のある子は、古物商や貴族向けの高価な品を扱う店に弟子入りすることができたり、女の子なら宝石を磨いたり本物かどうか確認をする奥様付きのメイドになったり。
商家で買い付け人見習いになる子もいるらしい。
大体は一作業員か別の道に進むようだ。
「今日は何をしていたんだ?」
「今日は何もない日でした。多分数日はないです。
いっそ里帰りをしようかなと」
「4日後はお呼ばれしてるじゃないか」
あ、そうだった。
「街に行ってこようかな」
「一緒に行く」
「ビビ達と行けますから」
「嫌か?」
「ついてきても楽しくないですよ。
可愛いものを見て回るだけですから」
「買わないのか」
「欲しいなと思えば考えます」
穏やかな日を過ごし、3か月ぶりに里帰りした。
お姉様の部屋に入ると、いかにも自分じゃない人の部屋という空気がある。
ヴァネッサの専属メイドだった人に質問をした。
「お姉様のお気に入りはどれ?」
ドレスや宝石、ペンやブラシなど様々なお気に入りを教えてくれた。
「意外」
教えてくれたのはどれも可愛らしいものだった。
「身に付けることは少なかったですね」
「どうして?」
「自分には似合わないからと」
お姉様は長身で美人。身に付けるものも大人っぽい物が多かった。
「本は?」
「恋愛やファンタジーを好んでいました」
「あれ、これは?」
「日記です。
日記と言っても書きたいときに書いておられました」
分厚くて少し古い。
最初のページは汚い字だった。
日付けを見ると私が生まれる前だった。
“お兄さまとケンカした。
上手く言葉にできなくてみんなを怒らせる”
“ごめんなさいが言えない”
捲って行くと私が生まれて2ヶ月後の日付けだった。
“やっと妹に会えた。
私たちと顔が違う。
すごく小さくて目が丸い。
お兄様はエステルに夢中”
私が2歳のときは、
“お兄様はエステルだけが可愛いみたい。
いつも側にいる。
私達とは違って、小さくて可愛い。
エステルが笑うとお父様もお母様もお兄様も笑顔になる。
私は怒られてばかり”
私が3歳のときは、
“お兄様はエステルしか抱っこしない。
膝の上に乗せるのも、お菓子を食べさせるのも、
顔や頭にキスするのもエステルだけ。
私だって妹なのに。
お兄様にとって妹はエステルだけ”
ずっとすれ違いや素直になれないこと、私と兄のことが書いてあった。
お姉様が学園生になった辺りはリオナード様のことが出てくるようになった。
“廊下ですれ違っても無視するし、目があっても私を嫌そうな顔で見る。
これも顔合わせで失敗してからだ。弟ができたみたいと言ってしまい怒らせてしまった。
本当は仲良くして欲しかった。
今では彼の方が少し大きいけど、当時は私の方が大きかった。
デビュータントもエスコートしてくれたけど、ダンスはあまり目も合わせてくれないし、終わると友人達のところへ行ってしまった。
溝がどんどん深くなってしまった”
またページを捲っていくと、
“令息達が寄って来る。
あしらい方が分からない。
何度かリオナードが軽蔑の目で見ていた。
その内、彼は他の令嬢と付き合うようになった。
悲しかった。
自分も遊ぼうと思ったけど、私にはそんなことはできない。
彼が女性と関係を持っていく中でも、私にはフリしかできない。
素直になれていたら、兄様も私を少しは可愛がってくれたかな。
リオナードも優しくして、他の女性と付き合ったりしなかったかな”
またページを捲っていく、
“もうすぐ婚姻。
ルールを契約書にすることにした。
2人で前向きに会話をするなんて初めてだった。
私達を隔てるルールなのに。
本当は妾なんて迎えて欲しくない。
だけど嫌われたまま抱かれるなんて耐えられない。
嫌そうな顔をして子を産ませるためだけに体を使う。
そんなの無理だ。
だから白い結婚を提案した。
妾に産んでもらえと。
彼は安心した顔をした。
いつか心がなれるかしら”
そして最後のページは結婚の2日前、
“素直になれないまま明後日には妻になる。
やり直したい。
最初からやり直して、愛される妹、愛される花嫁になりたい”
涙が止まらなかった。
598
あなたにおすすめの小説
無愛想な婚約者の心の声を暴いてしまったら
雪嶺さとり
恋愛
「違うんだルーシャ!俺はルーシャのことを世界で一番愛しているんだ……っ!?」
「え?」
伯爵令嬢ルーシャの婚約者、ウィラードはいつも無愛想で無口だ。
しかしそんな彼に最近親しい令嬢がいるという。
その令嬢とウィラードは仲睦まじい様子で、ルーシャはウィラードが自分との婚約を解消したがっているのではないかと気がつく。
機会が無いので言い出せず、彼は困っているのだろう。
そこでルーシャは、友人の錬金術師ノーランに「本音を引き出せる薬」を用意してもらった。
しかし、それを使ったところ、なんだかウィラードの様子がおかしくて───────。
*他サイトでも公開しております。
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜
よどら文鳥
恋愛
伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。
二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。
だがある日。
王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。
ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。
レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。
ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。
もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。
そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。
だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。
それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……?
※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。
※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)
公爵令嬢「婚約者には好きな人がいるのに、その人と結婚できないなんて不憫」←好きな人ってあなたのことですよ?
ツキノトモリ
恋愛
ロベルタには優しい従姉・モニカがいる。そのモニカは侯爵令息のミハエルと婚約したが、ミハエルに好きな人がいると知り、「好きな人と結婚できないなんて不憫だ」と悩む。そんな中、ロベルタはミハエルの好きな人を知ってしまう。
あなたは愛を誓えますか?
縁 遊
恋愛
婚約者と結婚する未来を疑ったことなんて今まで無かった。
だけど、結婚式当日まで私と会話しようとしない婚約者に神様の前で愛は誓えないと思ってしまったのです。
皆さんはこんな感じでも結婚されているんでしょうか?
でも、実は婚約者にも愛を囁けない理由があったのです。
これはすれ違い愛の物語です。
『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛
柴田はつみ
恋愛
王国随一の名門に生まれたリディア王妃と、若き国王アレクシス。
二人は幼なじみで、三年前の政略結婚から穏やかな日々を過ごしてきた。
だが王の帰還は途絶え、宮廷に「王が隣国の姫と夜を共にした」との噂が流れる。
信じたいのに、確信に変わる光景を見てしまった夜。
王妃の孤独が始まり、沈黙の愛がゆっくりと崩れていく――。
誤解と嫉妬の果てに、愛を取り戻せるのか。
王宮を舞台に描く、切なく美しい愛の再生物語。
【完結】ハーレム構成員とその婚約者
里音
恋愛
わたくしには見目麗しい人気者の婚約者がいます。
彼は婚約者のわたくしに素っ気ない態度です。
そんな彼が途中編入の令嬢を生徒会としてお世話することになりました。
異例の事でその彼女のお世話をしている生徒会は彼女の美貌もあいまって見るからに彼女のハーレム構成員のようだと噂されています。
わたくしの婚約者様も彼女に惹かれているのかもしれません。最近お二人で行動する事も多いのですから。
婚約者が彼女のハーレム構成員だと言われたり、彼は彼女に夢中だと噂されたり、2人っきりなのを遠くから見て嫉妬はするし傷つきはします。でもわたくしは彼が大好きなのです。彼をこんな醜い感情で煩わせたくありません。
なのでわたくしはいつものように笑顔で「お会いできて嬉しいです。」と伝えています。
周りには憐れな、ハーレム構成員の婚約者だと思われていようとも。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
話の一コマを切り取るような形にしたかったのですが、終わりがモヤモヤと…力不足です。
コメントは賛否両論受け付けますがメンタル弱いのでお返事はできないかもしれません。
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる