【完結】悪魔に祈るとき

ユユ

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セレスト 悪夢

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【 セレストの視点 】



真っ暗から始まる。
手探りしても何も手に当たらない。
起きると牢屋の中のベッドだった。
かいたことのない種類の汗が全身を覆う。
そして翌日は、その暗闇で地面が裂けて裂け目が焼けるように光っている。欲しかったはずの光が不気味で仕方ない。そしてまた目覚めると牢屋だ。
心臓の鼓動だけが私の感覚を支配する。

次はそこから鋭い爪の黒い手が出てきたところで目が覚めた。握りしめた手をひらくと、自分の食い込んだ爪の痕がくっきり残っていた。
夢が続いているのを理解した。

ここに閉じ込められて6日。
昨日は、裂け目から出てきたこの世のものではない何かは、鋭い爪が伸びていて、蝙蝠の翼のようなものが生えていて、頭部にツノのようなものが生えていた。

漆黒の鱗。

私を見下ろし顔を近付けると、瞳孔に浮かび上がっている紋が光る。

隣の檻房の人はそんな夢は見ていないと言っているし、牢番には静かにしろと怒られる。



「聴取の時間だ」

牢番が私を別の部屋に案内した。部屋の中には高貴そうな男性と、騎士服を着た男性が立っていた。

「名はセレストだな」

「はい」

「貴族令嬢への傷害という罪状に間違いがないか」

「はい」

「ダニエルの恋人で間違いないか」

「はい」

「ダニエルの子を孕っているということで間違いないか」

「はい」

「怪我を負わせた理由は?」

「侮辱を受けました」

「侮辱ねぇ。侮辱に聞こえたのか」

「はい」

「夢を見るか?」

「はい?」

「悪夢を見るか?」

「…どうしてそれを」

「さて、君の身柄はネルハデス伯爵家から国王陛下直属の特務部が引き継いだ。ネルハデス領で取り調べをする」

「国王陛下?」

「君が投げたポットで眉辺りを数針縫ったリヴィア嬢は、この国の第一王子殿下の婚約者候補として契約を交わしている。そのリヴィア嬢の顔に怪我を負わせたら、普通には死ねない」

「第一王子の婚約者!?」

「“殿下”くらい付けられないのか」

「知らなかったんです!」

「たが、嫁入り前の貴族令嬢だと知っていただろう。それだけでも十分に重罪だ」

「私は伯爵家の血を受け継ぐ子を、」

「それも罪なのは分かるな?」

「妊娠がですか?」

「ネルハデス伯爵令息の子を孕ったと偽ることだよ」

「偽ってなんか、」

「嘘はわかるのだよ。だから国王陛下直属でいられる。まあ、そこは今回はいい。リヴィア嬢への傷害だけで十分だからな」

「ダニーは、ダニエルは?」

「宿にいるよ。あまり金がないようだからいつまでいるのか分からないがな」

「宿?」

「廃嫡されて追い出されたからな」

「私はどうなるのですか」

「まず、観察させてもらおう」

「観察?」

「悪夢を見たものは複数人いて、3人は耐えきれずに自害した。1人は教会に住み込んで下働きをしながら祈りをささげているよ。元は侯爵令息だった者がな。残りは寝まいと必死になった挙句、気がふれてしまったよ」

隊長と呼ばれていた人は去り、部下が残って毎朝どんな夢だったか聞いてきた。

「いつも通り、地面が裂け、化け物が出てきました。
昨夜は化け物が段々とランタンのように光り始めて、眩しくて熱かったので、逃れようと這いつくばって逃げました。でもその化け物が脚を掴みした。そこで目が醒めました」

私は囚人服の裾を捲り脹脛を見せた。
掴まれた痕がくっきり残っていた。

「夢なのか、現実なのか分かりません。夢のはずなのに痣ができていました。
お願いです!神父様を呼んでください!」

「駄目だ」


さらに翌朝、

「私の魂に痕を付けたと言っていました」

「誰が?」

「化け物です。だから何処へ行こうとも分かると」

「他には」

「お腹の子が私を殺すと」

「そうか」

「この夢はリヴィアさんが見せているのですか」

「人間にそんなことはできない」

「私を助けてはくれないのですね」

「……」


翌朝、

「平民ダニエルから預かった」

渡されたのは何かの書類だった。裏を見るとダニーからの手紙だと分かった。

“セレスト

私は君を信じていた。

私が失ったものは誰にでも手に入るものではなかった。限られた者しか手にできない次期ネルハデス伯爵ものだった。

そして私は家族を失った。
大切に育ててくれた両親、歳の離れた可愛い妹。
君はその妹の顔に傷を負わせた。

だけど、それでも、君が一番大切だった。
腹の子が私以外の子種で孕んだ子だと知るまでは。

君とはお別れだ。

ダニエル”


その日の夜、

例の化け物は現れなかった。

私の腹は大きく膨らんでいて、産気づいていた。
助産師達が声をかけていた。

「大丈夫よ!まだもう少しかかるけど頑張って!」

痛くない。陣痛がない?

「キャア!大変!お腹が!」

助産師が青ざめて私の腹を指差した。

囚人服の腹の部分が赤く染まる。
助産師が囚人服を捲り上げると、腹がボコボゴと内側から隆起していた。
その内の一つから何かが皮膚を裂いて出ていて、そこから出血していた。

それでも痛くない。

裂け目はどんどん広がって、ついに這い出てきた。

異様に大きな黒い瞳で、瞳孔も彩光も白い部分も無い。
頭に毛は生えていない。鼻がない。
溶けた様な皮膚は赤黒く、指はそれぞれ3本しかなかった。かなり長い。

「ひいっ!!」

皆、腰を抜かしたり失神してしまった。

クチャッ クチャッ 

腹に視線を戻すと腹を破って出てきたソレは私の腹を食べ始めていた。

「止めて!」

クチャッ クチャッ 

「誰か!助けて!」

ピチャ

長い舌で自分の顔を舐め、また食べだした。

視線を周囲に移すと、さっきまでいた助産師達が1人もいない。

「誰か!誰か!」

バリバリッ バリバリッ

ソレは肋骨を食べていた。
痛みも全くない。感覚がない。

《セレスト!セレスト!!》


ガバっ

セレストは飛び起きて周囲を見渡すと牢屋で、格子付きの小窓からは牢番が覗き込んでいた。

「はあっ はあっ」

「悪夢を見たのか?叫んでいたぞ」

「神父様を!神父様を呼んでください!!」

「罪人の為に神父は呼べない」


それから毎晩、お産の夢をみる。
腹を破るソレは、私の身体を食べてしまう。

「あ、」

お腹のソレが腹を蹴った。


夢を見始めてから2週間は経った。
今日の夢は違った。
普通に産んだ赤ちゃんは今までとは違い、人間だった。だけど中身は普通ではなかった。

景色が変わり、私は貼り付けにされていた。

「魔女を殺せ!」

「悪魔を産んだ魔女を焼き殺せ!」

大勢が私を取り囲み石を投げた。
そして足元に火をつけられると燃え上がり、炎に炙られた。

「熱…」くない。

熱くない。痛くもない。違和感だけはある。脚が重く動かない。

もう一つ、攻撃の的があった。

首が胴から切り離されているのに瞬きをして、こっちを見ている。

ニヤリ

私と目が合うと笑った。

何故か私が産んだ子だとわかる。

「うちの息子は2歳だったのに!生きたまま食べられたのよ!」

「うちの6歳の娘は血を抜き取られたわ!」

「うちの息子の綺麗な眼球も食べたんだろう!」

「うちの娘の内臓を返せ!!」

そう言いながら、切り離された胴や頭部に向かって石を投げつけていた。


《おい、セレスト! おい!》

目覚めると牢番が覗いていた。

「また悪夢か」

「すみません。やっと分かりました」

「? 静かにしていろ」


数時間後の朝食のフォークで腹を滅多刺しにした。
柄にはキツく布を巻き、握りやすくして何度も刺した。激痛に耐えながら動く限り刺した。

「馬鹿!!何やってるんだ!!」

けたたましく笛が鳴り、その後ドアの鍵を開ける音がした。

ギィ

私の首に手を当てている。

「脈はある」

「駄目……この子を世に放っては駄目……」


暫くして誰かが来た。

「悪夢が酷かったのか、腹の子は産んではいけないと思ったようで、自分で刺しました」

「そうか。夢の内容は?」

「書き留めました」

「もう用はない」

鉄が擦れる音の方へ目線を移すと、騎士服の男が剣を抜き、振り上げた。



「腹の子は?」

「刺し殺されました」

「この女と一緒に死体を燃やせ」

「かしこまりました」
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