碧い表紙の夢日記

ニコごり

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5月

3話 5月の空は突然に、にびいろに。

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所々絵の具がついたカーテンは風に遊び、埃っぽい美術室に爽やかな風が通り抜けた。しかし、5月の風はまだ少しだけ肌寒く、碧は捲っていたブラウスの袖を解いた。

「ところで碧、美術展に出す絵のアイデアは決まったの?」

 茜が急に真面目な顔になって訊く。

「まだ。」

 碧は目を逸らし、壁に貼り付けたいくつものラフ案を見つめた。
 碧は美術系に強い高校への進学を志望している。夏休みに開催される中学生美術展は県内の美術系志望の受験生にとっての登竜門であり、美術展でアピールできるかどうかは模擬テストでいい偏差値を取れるかどうかということに等しい。

 窓からそよぐ風が碧のスケッチたちをパタパタと揺らした。

「そうなんだ。」

 茜は腰掛けていた机から飛び降り、窓ガラスにもたれ、表彰状の飾られた棚を見て俯いた。雲が流れて窓から溢れていた光は消えて陰った。

「茜は?そろそろ塾とか忙しくなるんじゃ…。」

 初めて見る茜の憂いた表情に碧は少し戸惑った。絵が決まらないのは私の問題なのに、どうして茜がそんな表情をするんだろう。碧にはわからない。

「碧、すごいよな。あの賞状、ほとんど碧のなんだもん。残りは萌黄で私はひとつも。」

 茜は恥ずかしそうに、苦しそうに笑った。そんな茜の笑顔は碧の胸を締め付けた。確かに、茜は器用だからそれなりに良い絵は描いていたが、賞をとることはなかった。しかし、これまでそのことを茜が気にしたことはなかったのだ。はじめての状況に碧はただ口籠ることしかできない。
 風はもう止んでカーテンは床に向かい垂れていた。空には突然に雲がかかって美術室は元の薄暗い部屋に戻った。碧はきまりが悪くなって蛍光灯のスイッチを入れに立ち上がる。

「ごめん、ネガティブになっちゃったな。私としたことがね。じゃ、塾だからかえるわ。まったねー!」

 スイッチに手をかけようとする碧を横切って茜は駆け足に美術室を飛び出した。しばらくして雲は流れ、また美術室の一角に光がさした。碧のスケッチは再び風に揺れ、たくさんのトロフィーや賞状を意地悪に輝かせた。
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