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王子たちの求愛
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しおりを挟む「……あきらかに何かありましたよね」
運転しながら横目でこちらを見る爽くんに、なんて答えたらいいのかわからずにバカ正直に狼狽える。
「おととい、莉子先輩たちの同期会だったんですよね。蓮兄と何かあったんですか?」
水瀬の名前に過剰に反応し、助手席でビクリと身体が跳ねた。自分でも呆れるほど意識してしまっている現状にため息が漏れる。
あの居酒屋での一瞬のキスのあと。
『佐倉が好きだ』
逃げ回っていた私に引導を渡すように、しっかりと目を合わせて告白をされた。
あの水瀬が私を好きだと面と向かって言ってくれたのだ。
嬉しくなかったわけじゃない。キスだって……驚いたけど嫌悪感なんて全くなかった。
水瀬が私を想ってくれている。そんな甘い予感はずっとどこかで持っていた。
だけど……私はそれに応えることは出来なかった。
だって水瀬はとにかくモテる。
同期の贔屓目なんかじゃなく、社内中の女子社員が騒ぐほど整った顔立ちの御曹司。
七光じゃなく仕事だって相当出来るのは、営業で同じ時間を二年過ごしたら嫌というほどわかったし、今回のプロジェクトでだって痛感した。
とはいえ水瀬帝国の王子だとからかってはいても、別に生きている世界が違うとは思わない。
特に今は一社員として働いているし、入社式での初対面から“御曹司だから”と特別視する気持ちは私には一切なかった。
だから同期として気のおけない関係を三年以上も続けてこられた。
でも、恋愛だけは別だと思っている。
この水瀬ハウス工業は一族経営の会社。彼は将来的にはトップか、それに近い役職に就くのを約束されている。
そんな人の相手には、やはりそれなりの人があてがわれると思うのは当然のこと。
爽くんも言っていた。自分はいつか親の決めた相手と結婚するだろうと。
私には割り切った関係は無理。いずれ違う人と結婚するだろうとわかっている人と付き合っていけるほど、たくましい神経はしていない。
もう恋愛で相手を疑って嫉妬して疲弊するなんてこりごりだ。
「……なにもないよ」
そう。なにもなかった。
好きだと言われたけど、キスだってされたけど、私は何も答えなかった。
どれだけ水瀬の気持ちが嬉しいと思っていても、キスが嫌じゃなかったと感じていても、それに応えるだけの自信はない。
きっと私の言葉なんて欠片も信じていないだろうけど、爽くんは「そうですか」とそれ以上聞いてくることはなくてホッとした。
仕事中に口説くのは流儀に反するらしい。
チャラい見かけでキテレツな恋愛観の割りに、やはり真面目なのだと思う。
そんな所は良い後輩だなと好感を持つけど、やはり恋愛対象として見られるかと言えば答えはノーだった。
爽くんに言った『モテる彼氏はいらない』というのも嘘じゃない。
でもそれ以上に、爽くんが自分の彼氏になるという未来が想像出来なさすぎた。
『ただでさえモテるのに、過去の女の子達にも嫉妬しなきゃいけないなんて疲れ果てそう』なんて言ったけど、爽くんの過去に嫉妬する気持ちが微塵も沸いてこない。
それなら穏やかな付き合いが出来るんじゃないかと考えはしたものの、やっぱり恋愛感情がない限りお付き合いをしようとは思えなくて。
自分でも矛盾した考えだとわかってはいる。
嫉妬に苦しむ恋はしたくない。でも嫉妬心が沸かないなんて恋じゃない。
やはり私は恋愛に向いていないんだろうと、何度考えても同じ結論が出る。
結局爽くんがどれだけ本気だとアピールをしてくれても、私にはお断りするしか出来なかった。
ここ一ヶ月は水瀬の部署と一緒に動いているプロジェクトに手一杯だったけど、次は大学寮の建て替えの営業も大詰め。
今日は女子寮の安全面の話を全面に押し出して話し、かなり好感触だった。もしかしたら本当に残り三つの寮すべてうちで請け負えるかもしれない。
それなのに気持ちが弾まないのは、やはり一昨日告白してきた水瀬のことが頭から離れないから。
会社のすぐ手前の信号で止まった車。フロントガラスからは見きれるほど高い自社ビルを構えるこの地域は、近くに主要駅があるためどの時間帯も人通りが多い。
目の前の横断歩道を歩く人混みの中に、水瀬の姿を見つけた。
相変わらず身体にぴったりとフィットした上質なスーツを纏い、周りの人より頭一つ高い長身と憎らしいほど整った顔面はどこからでも目を引くオーラが滲み出ている。
「あ、蓮兄……」
爽くんも運転席から水瀬の姿に気が付いたらしい。
でも私の意識は爽くんの呟きよりも、水瀬の隣を歩いている女性に向けられていた。
水瀬よりは小柄であるものの、女性にしては背が高くスタイルの良い女性の姿。
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