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序章-赤坂村のベッコウ師-

02『蝶とカワヅザクラ』

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 着物と袴に着替えた上にブーツを履いたテフナは、自室を後にし…
和洋折衷の屋敷の正面玄関から庭先に出る。

「はぁ…もっと暖かくならないかなぁ…」
3月初めの朝ということもあり、テフナは身震いする。
「お嬢様、おはようございます…少し遅めのお目覚めですね。」
屋敷の本館から正面の門までの間に、広く広がる庭の草木を手入れする高齢の女性が、テフナに挨拶する。

「あはは…布団のお化けがなかなか離してくれなくてさぁ…なんてね、おきよさんもおはよう。いつもありがとうございます。」
テフナは冗談交じりに、源坂もとさか家に仕える中でも最も古株の下女メイドに対して返事をする。

「これ以上、鬼軍曹を待たせると不味いから行くね。」
手短に別れの言葉を伝えたテフナは、着物の袖、黒髪を半結びに束ねる為の赤いリボンを揺らしながら…
目新しい洋館に隣接する、古く赴きのある武家屋敷の方へと駆けていく。

ーーー

武家屋敷の一角にある弓術場に、佇む袴姿の少女は、遠くに置かれた円形の的がある方角を見つめている。
その少女の背後に、そろり…そろり…っとテフナが足音を立てない様に近付いた瞬間…

パン!っと一発の銃声が、弓術場内に響き渡る。

「ひぃ!…もう何も言わずに撃たないでよね…レイ。」
テフナに声を掛けられ振り返った【卜部うらべレイ】は、キリっとした目元と短髪が特徴の少女である。

レイが踵を返したことで揺らめいた着物の袖には、河津桜の花柄が刺繍されている。

「遅い…お寝坊なお嬢さんには、空薬莢でも拾ってもらおうかしらね…」
朝の稽古に遅れた事に注意したレイの右手には、45口径の銃弾を使用する半自動式拳銃セミオートピストルの【ミナカ式C型拳銃】が握られている。

「レイ、ゴメン!って…そうだね、私よりも弾を当てることが出来たら回収役してあげるよ。」
軽く謝罪したテフナは、【ミナカ式C型拳銃】の弾倉マガジンに45口径の実包カートリッジを7発装填している。

「っう…良いわよ…」
レイのキリっとした目元が一瞬、揺らぐ。
「やった、私から撃つね。」
逆に口角が上がったテフナは、数歩前に出て…20メートル先の的に狙いを付ける。

そして、一定の間隔で銃声が7発響く…

テフナによって放たれた銃弾は、見事に全長40センチ程の標的の中心部に、7発すべてが密集している。

「我ながら流石の命中精度だわ~」
ふふん!っとテフナが自画自賛する。

「流石ね…とは言え、私もいつまでも負ける訳にはいけないから。」
テフナから受け取った【ミナカ式C型拳銃】に新たな弾倉を装填したレイは自分に言い聞かせる様に呟く。

躊躇うことなく引き金を引いたテフナとは打って代わって、レイは慎重に狙いを定めて銃弾を放つが…
1発目と2発目は標的の中心部を捉えているが、3発目以降から徐々に左斜め上へと着弾の跡がずれていく。

「レイは逆に慎重すぎて、発砲の反動を制御しきれていないんだよ。」
レイが撃った標的から、レイの方へと視線を合わせたテフナが、僅かに口角を上げながらアドバイスする。

「おほん…私たちの敵である【雷クモ】に寄生された人間と普通の人間は、通常時の外見的な違いは無くて遠目では分かりにくいから…」
テフナの得意げな顔に対して、冷静を取り繕ったレイが大きく一歩、近付いて言葉を続ける。

「この距離感なら…軍刀こっちの方が早いのよね。」
そう告げたレイは自身の腰に差した鞘に収まる【ミナモト式軍刀】を指差す。

その軍刀は、源坂もとさか家にとって本家に当たる武家出身の刀匠が遺した…日本刀を基に、射撃から近接攻撃へと即座に対応し易さを重視し、片手でも扱える短い刀身に改修されている。

「うん、いつものレイの負け惜しみだね。」
テフナは、やれやれみたいな素振りをわざとらしく見せる。

「テフナの源坂家、レイの卜部家は武家なのだから…【ベッコウ師】としても刀で雷クモを討つべきなのよ!」
持論を語りながら右手で拳を作るレイの家は…かつて、源坂家に仕えていた家臣のうちの一つであり、現在でも親交が続いている。

「お嬢さん方、こちらにおられたのですか!自転車では学校に遅れますので、私が車で送りますよ。」
雑談している二人の間に割って入ったのは、源坂家専属の板前の男性である。

「えっ、本当だ!広田さんお願いします。」
弓術場にある時計に目を向けたレイが、急いで軍刀を竹刀袋にしまい支度する。

「車かぁ…村の皆に見られるから嫌なんだけどなぁ…遅刻の罰掃除よりマシか…」
そうぼやきながらテフナが履く黒いのブーツの側面には、ベッコウ師の証である赤い蜂が刺繍されている。

ーーー

テフナとレイを乗せたセダン車のダットサンが、未舗装の山道を下っていく…
その最中、牛車を引く初老の農夫とすれ違う。

「あぁ…また源坂様のところかい…大きな山の上に、大きなお家が有るのも考え物だね…」
そう溢した農夫は、赤坂村の中心部である町へと続く、長い長い山道をゆっくりと下っていく。
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