蕾娘

菊名 重陽

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五話 あねさまの櫛

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「あなたのおぐしをこうしてくしけずるのも、これがさいごよ」
「どうして?あねさま、お手々が痛くなったの?」
「いいえ、私は旅をやめるの」
「あねさまと一緒じゃなくなるの?」

「ご一緒いっしょしたいひとがいるの。この里山で治したひとよ、たくさんお話をして……。ずっとそばに居たいと思ったの。私これから先、そのかたと手をつないで生きてゆきたいのよ」
「わたしだって、あねさまと手をつなげるのに……」
「そうね。今はこうして朱鷺ときのお手々ててを握っていましょうね。おわかれはさびしいけれど――あなたもいつか、手を取り合って生きてゆきたいと思えるひとと出会うでしょう」

「このくしを私だと思ってちょうだいね。あなたが手をつないでいたいと思うひとと並んだら、姉様あねさまはあなたのお髪ぐしをこうして結い上げて、季節のお花で飾りましょうね。かわいいかわいい朱鷺とき、どんな花飾りが似合うかしら。さ、お手々を繋いで。今日のお花を摘んで、花飾りを作りましょうね」

 あの日、目もとをこすって濡れた手の甲は今では姉様あねさまによく似て、繋いだ手の温かさを思い起こします。
 つと、手負いのひとの手に触れ脈をとりますと、こわばりはあるもののとくとくと脈打っております。そっと手を握ると温かく、握り返されないことが――言いようもなくさびしいのです。

 脈打つ
 
 わたしのからだ

 女所帯の旅の一座。旅先で時々行われる、一連のあのいやしい「まじない」
 一族の女は、時おり一座からおりてゆく。姉様あねさまのように。

 厭悪えんおしていた「あれ」は、治す手立てだったのではあるまいか。わたしがふしだらだから、こんなことを思いつくのかと恥ずかしく……でも、それでも……

 わたしのからだに流れるすべてでもって、このかたを治したい
 振り払われてもいい、握り返されなくとも構わない。このひとの手に、身に、生きる力を――
 あねさま、どうかわたしにお力添えをくださいまし。
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